インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

能楽

能や狂言に関する記事です。

能『楊貴妃』の物語設定

能の曲(演目)に『楊貴妃』というのがあります。日本の伝統芸能である能に中国のお話が出てくるのは不思議だと思われるかもしれませんが、実は能には「中国物」と呼ばれる、中国の古典に取材した演目が数多くあります。能が成立した室町時代の日本人が、い…

国立能楽堂の楽屋

東京は千駄ヶ谷にある国立能楽堂。これまで能の公演を見に来たことは何度もありますが、楽屋に入れていただいたのは初めてです。五月にここで温習会(発表会)があり、今日はその申し合わせ(リハーサルのようなものです)があるのです。楽屋は広々としてい…

腰痛は能のお稽古で治す

週末に自堕落な生活態度で読書三昧していたら、ひどい腰痛がぶり返しました。ちょっと歩いていても「カクッ」と腰折れしてしまいそうな勢いです。こういうときは、とにかく安静第一……ではありません。腰痛は動かして治す! 受け身の安静や湿布薬やマッサージ…

「常在戦場」ってこういうことかしら

コロナ禍の不安におびえながらも、お能の稽古を続けています。五月に国立能楽堂で発表会がある予定なのですが、その頃感染状況はどんな感じになっているでしょうか。最悪、延期か中止になることもあるかもしれません。あるいは「無観客に」……? 不安の種は尽…

俺の家の話

ドラマ好きの同僚から「面白いよ、まだ間に合うよ」とお勧めされて TVer で見た『俺の家の話』第一話。能楽「観山流」宗家一家のお話で、ところどころに能楽が出てきて確かに面白かったです。www.tbs.co.jp「観山流」というくらいだから観世流の「もじり」か…

能楽のファンを増やすために

能楽喜多流能楽師の金子敬一郎師が、能楽とプロレスの共通点についてツイートされていました。能とプロレス。ずいぶん畑違いに見えるかもしれませんが、舞台上・リング上での演者同士・選手同士の駆け引きは似ているものがあると思っています。— 喜多流 能楽…

「なにもない」に戻っていきたい

大学生の頃に、アルバイト先の女性スタッフ(別の大学の学生さん)とこんな会話をしたことがありました。血気盛んな私が「いつかこの世界に爪痕を残すような仕事をしたい」と言ったら、その学生は「えー? 私はできるだけ何も残さないようにしたいけど」と言…

自然で無理のない身体の使い方

腰痛とはかれこれ数十年来の付き合いです。数年前から体幹トレーニングや筋トレを続けてきたおかげで、最近は以前のような深刻な状態に陥ることはなくなりましたが、それでもちょっと油断していると「じんわり」とした腰痛の兆候が現れます。腰が張っている…

能楽のファンを増やすためには(その2)

『ドグラ・マグラ』や『少女地獄』などで有名な作家・夢野久作氏。氏はお若い頃、元黒田藩の能楽師範だった梅津只圓師のもとで能楽の修行をされていた時期があるそうです。その稽古の様子を記した『梅津只圓翁伝』は私の大好きな評伝文学なのですが、夢野氏…

能楽のファンを増やすためには

能楽はできれば能楽堂に足を運んで観たいものですけど、コロナ禍でこの半年ほどは足が遠のいていました。遠のくも何も、ほとんどの公演が中止になってしまっていたのです。最近また徐々に上演されるようになってきたものの、演目の間の休憩時間に換気をした…

新札と熨斗袋

今朝の東京新聞に落語家の笑福亭たま氏が寄稿されていました(東京新聞はこうして週に一度伝統芸能欄があるから好き)。いわく、落語家の出演料は当日現金払いで、しかも新札で渡すのが礼儀と。 落語家が同業者に共演を頼む場合、いちばん大事なことは「相手…

詩の引用がカッコいい

しつこく能『融』と中国の詩についてです。この能には、もうひとつ中国の詩が引かれています。それは賈島の『題李凝幽居』に出てくる“鳥宿池中樹/僧敲月下門(鳥は宿す地中の樹/僧は敲く月下の門)”です。 賈島「題李凝幽居」 相原健右・訳 閑居少鄰竝 静…

能『融』と蘇軾の『水調歌頭』

昨日書いた能『融』の舞について、続きです。能の終盤に出てくるこの舞(早舞)は、秋の月光に照らされながら源融(みなもとのとおる)の亡霊が月を愛でつつ舞うというシーンで、静かに「遊興」の境地を楽しむような風情を感じさせる(師匠の受け売りです)…

舞の寸法と見計らい

漫才師・ナイツのお二人に『棒君ハナワ』という漫才があります。「暴君」じゃなくて「棒君」。刑事ドラマに客演した塙宣之氏のセリフが「棒読み」だとネットで叩かれたことをネタにした作品です。ナイツ - - - 「棒君ハナワ」/『ナイツ独演会「エルやエスの…

コロナ禍と演劇

コロナ禍は社会のあらゆる場所で、思いもよらなかった影響を及ぼしつつあります。特に人が集まる閉鎖空間は「三密」が容易に形成されてしまうため、いまだ「コロナ以前」の状態を取り戻せていません。私の職場でも教室のドアや窓を開け放しつつエアコンをつ…

桑田真澄氏の解説にうなる

TBSの『サンデーモーニング』を見ていたら、スポーツコーナーに桑田真澄氏が登場していました。私、このコーナーはメイン解説者のおじさんがいつも腹に据えかねることばかりおっしゃるので消しちゃうのですが、今日は桑田氏なのでそのままテレビをつけていま…

大人の「お稽古ごと」が貴重である理由

コロナ禍でしばらくお休みしていた能のお稽古に出かけてきました。お師匠は日本各地を飛び回ってお稽古されているのですが、お弟子さんの中にはやはり「三密」でのお稽古に不安を感じる方もいらっしゃるそうで、ましてや緊急事態宣言の発出後は都道府県をま…

自宅でのバーチャルなお稽古

週末はできるだけ外出を控えるということでずっと家にこもっていました。せっかくの週末、仕事をする気にもならないので(こらこら)積ん読してあった本を片っ端から読んでいます。でもそれだけでは腰を痛めるので適度に運動、あとは家事。それからお能の稽…

薄暗がりが好き

私は「薄暗がり」が好きです。と言ってもそれは屋内についてだけで、屋外に出たらぱあっと明るいほうが好きですが。特に今日のような雪が降っている日など、しんと静まり返った家の中で電灯はつけず、雪の白さに反射してわずかに入ってくる外の明るさだけで…

能楽を外語で発信することについて

一昨日は休日だったので、東京は千駄ヶ谷の国立能楽堂へお能を観に行きました。能楽堂へ向かう途中、交差点で何やら困ったご様子で佇む海外からの観光客とおぼしきご婦人が。「あ、これはたぶん……」と思って声をかけたら、予想通り能楽堂へ行く道が分からな…

『台湾、街かどの人形劇』

昨日の東京新聞朝刊に、台湾のドキュメンタリー映画『紅盒子(邦題:台湾、街かどの人形劇)』に関する記事が載っていました。映画のオフィシャルサイトは、こちら。記事には台湾の伝統的な人形劇である「布袋戲(ポテヒ・ほていぎ)」が「娯楽の多様化を背…

能楽を盛り上げる「熱」について

勤務先の学校では、世界各地から集まった約80名ほどの外国人留学生が、日本語と通訳・翻訳などを学んでいます。せっかく日本で学んでいるのだからということで、日本文化に関するカリキュラムもいくつか組まれているのですが、そのうちのひとつに伝統芸能鑑…

能の謡を覚える

職場の学校での文化祭が終わって、後片付けも完了しました。一般教室を使って舞台を設営しているので、片付けが終わってしまうとまた元の見慣れた教室風景が戻ってきます。さっきまで照明が当たり、効果音が流れ、熱演が繰り広げられていたのに、なんだか夢…

「能楽研修生ゼロ」の衝撃

先日、能楽はきわめて「現場性」を重んじる芸術形式なのではないか、だからその制約もあって観客動員が難しく、ひいては「ファン」の獲得も容易ではない……といった話を書いたのですが、昨日の東京新聞にはこんな記事が載っていました。国立能楽堂が行ってい…

能楽の「現場性」について

娯楽のジャンルが多岐にわたる現代。それも家から一歩も出なくたってネットで何でも済ませられるこの時代に、わざわざ数少ない能楽堂に足を運び、そこそこなお値段のチケットを買って、三時間も四時間もそこに座り、必ずしもすべてが理解できるわけではない…

能舞台の簡素さと能装束の豪華さ

伝統芸能の能って、舞台はあんなにも簡素なのに、なぜ装束(衣装)はあんなにもデコラティブなのか……そんなことを思いながら展示を見ました。新宿は甲州街道沿いにある文化学園服飾博物館で現在開催中の「能装束と歌舞伎衣装」という展覧会です(11月29日ま…

能「邯鄲」の謡に見るカタストロフ性

先日は目黒の喜多能楽堂で、塩津圭介師がシテを勤めた能『邯鄲』を観てきました。中国の伝奇小説『枕中記』が元になっていると伝えられるこの「邯鄲の夢」のお話、何度観ても面白いです。当日配られたパンフレットの解説を村上湛氏が書いておられますが、そ…

芸談としての『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』

現在、留学生向けの「東アジア近現代史」という授業を担当しているのですが、先日は古今東西のプロパガンダに関する生徒の発表でした。みなさんとても興味深いプレゼンを展開していて逆にこちらが勉強になるほどです。そのなかで、参考資料としてYouTubeの映…

下着ブランド名としての「Kimono」をめぐって

Twitterで「#kimono」や「#KimOhNo」というハッシュタグのついた多くの着物(和服)写真がアップロードされていました。アメリカのタレント、キム・カーダシアン氏が自らプロデュースした矯正下着のブランド名を「Kimono」としたことに対して、日本の伝統的…

本当の翻訳の話をしよう

村上春樹氏と柴田元幸氏の『本当の翻訳の話をしよう』を読みました。雑誌『MONKEY』に掲載された、小説(なかでもアメリカ近現代の)や翻訳に関する対談を収めた一冊です。本のタイトルはティム・オブライエンの『本当の戦争の話をしよう 』へのオマージュで…