インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

能楽

能や狂言に関する記事です。

能「頼政」の地謡

二日間にわたる国立能楽堂での発表会、終わりました。私は一昨日に仕舞二番の地謡、舞囃子「呉服」と能「猩々」の地謡、昨日は自分の舞囃子「邯鄲」と、最後にかかった能「頼政」の地謡に出ました。自分の舞囃子はまあ、いちおう型通りに舞うことはできまし…

能楽堂の「めくり」

今年は発表会を国立能楽堂で行っておりまして、出番がない時間(……がほとんどです)は見所(客席)へ見に行ったり、楽屋で謡をさらったりしています。そのほかに、コロナ対策ということで楽屋へ入る方々の体温チェックなどをする受付に座ったり、見所の端で…

偉くなるのは自分でなるんだよ

私の書棚には何冊かの「芸談」が積ん読になっています。芸談というのは、主に伝統芸能の分野で、演者が自分の技芸についてあれこれと語っているもの。私が読んでいるのは能楽師の芸談が多いですが、それらはひとに勧められて以前古本屋さんで買い集めたもの…

申し合わせ

今日は仕事を一時間ほど早退して、千駄ヶ谷の国立能楽堂にやってきました。来週の5月3日と4日にお能の発表会があるのですが、私は能二番と仕舞二番の地謡、それに自分の舞囃子に出ます。今日はその「申し合わせ」なのです。申し合わせはまあ「リハーサル」の…

見るものではなくやるもの

先日、目黒の喜多能楽堂へ稽古に行ったとき、稽古場の前で二十代とおぼしきスーツ姿のお若い男性を見かけました。稽古場はいくつかあって、その日は私のお師匠以外にも稽古をされている能楽師の方がいらっしゃったのですが、たぶんその方のお弟子さんでしょ…

能は「つまらない」か

先日『ゆる言語学ラジオ』の堀元見氏がnoteで、能は「既得権益だらけ」であり「顧客のニーズを満たそうとかそういう気持ちは全くない」とおっしゃっていることについて書きました*1。qianchong.hatenablog.com能には「市場原理は働いて」おらず「進化しなく…

能は「既得権益」か

『ゆる言語学ラジオ』の堀元見氏がnoteで能について書いておられるのを見つけ、購入して読んでみました。note.comはじめて能をご覧になったそうですが、観劇全体の印象として「顧客のニーズを満たそうとかそういう気持ちは全くない」と厳しいことをおっしゃ…

盧生の戸惑いがいじらしい

お能の稽古はここのところずっと『邯鄲』の舞囃子を続けています。もう一年近く続けていますが、どこまで行っても次々に課題が見つかって「仕上がる」ということがありません。平行して『邯鄲』の謡も稽古していますが、昨日はシテ(主人公)の盧生(ろせい…

もっとぶっ飛んでいてもーーデジタル若者能を観て

先日、横浜能楽堂で行われた「デジタル若者能」という公演を見てきました。能楽シテ方喜多流能楽師の塩津圭介師が中心となって毎年開催されている、特に若い世代の方々に手軽な観劇料で能楽に親しんでもらおうという企画の、いわば「スピンオフ版」です。not…

発表会の非日常

きょうは一年に一回のお能の発表会です。今年は五月に国立能楽堂で大きな会が催される予定だったのですが、ちょうどコロナ禍の緊急事態宣言が発令されたところで、直前で中止になってしまいました。その日のためにお稽古していた舞囃子『邯鄲』は来年以降に…

パントマイムと仕舞

パントマイム・アーティストのが~まるちょば氏が『マツコの知らない世界』に出演されていました。tver.jp短い尺ながら、パントマイムの歴史から説き起こし、実演しながらパントマイムの可能性と限界の両方に言及されていて、その分かりやすい話し方とともに…

薙刀のお稽古

ほそぼそと続けている「お能」のお稽古は、秋の温習会に向けて『船弁慶』の仕舞を練習しています。船弁慶の「キリ」、つまり平知盛の亡霊が海上で嵐を巻き起こしながら薙刀を使って源義経ら一行に襲いかかるという、一番最後に盛り上がる超スペクタクルな場…

喜多流養成会

平日のお昼に、ぽかっと時間が空いたので、目黒の喜多能楽堂に出かけてきました。能楽喜多流の若手能楽師、まだ『道成寺』を披く前の二十歳代の方々が舞囃子や能を披露される会です。なかにはおひとり、ティーンエイジャーの方も。いずれも以前から舞台で拝…

手拍子が苦手です

先日YouTubeでたまたま見かけたこちらの動画。ストリートピアノのパフォーマンス中にサックス奏者が飛び入りで参加して、すばらしい演奏を披露しています。www.youtube.com最初にキーを確認しただけで、ここまでのセッションができるというのがすごいなと思…

能楽と劇団四季

先日、夕飯を作りながらテレビをつけていたら、NHKで『サンドのお風呂いただきます』という番組をやっていました。お笑いコンビのサンドイッチマンが様々な家庭のお風呂を体験に行くというこの番組、今回は「特別編」ということで、あの劇団四季の舞台裏に潜…

薙刀でした

先日いくつかの新聞朝刊に載った、この宝島社による全面広告。共感を寄せる声がある一方で、写真の出典や写真とコピー(文章)の齟齬などをめぐって、疑問の声にもいろいろと接しました。疑問の声を総合してみると「この写真は1941年の太平洋戦争開戦前に撮…

コロナ禍におけるお稽古

日本経済新聞のネット記事に、コロナ禍は伝統芸能にも少なからず影響を与えているという記事が載っていました。リンク先は会員限定なのですが、私は職場でとっている「紙」の方で読みました。www.nikkei.com落語など演芸の寄席でも興業の中止がかなり深刻な…

能『楊貴妃』の物語設定

能の曲(演目)に『楊貴妃』というのがあります。日本の伝統芸能である能に中国のお話が出てくるのは不思議だと思われるかもしれませんが、実は能には「中国物」と呼ばれる、中国の古典に取材した演目が数多くあります。能が成立した室町時代の日本人が、い…

国立能楽堂の楽屋

東京は千駄ヶ谷にある国立能楽堂。これまで能の公演を見に来たことは何度もありますが、楽屋に入れていただいたのは初めてです。五月にここで温習会(発表会)があり、今日はその申し合わせ(リハーサルのようなものです)があるのです。楽屋は広々としてい…

腰痛は能のお稽古で治す

週末に自堕落な生活態度で読書三昧していたら、ひどい腰痛がぶり返しました。ちょっと歩いていても「カクッ」と腰折れしてしまいそうな勢いです。こういうときは、とにかく安静第一……ではありません。腰痛は動かして治す! 受け身の安静や湿布薬やマッサージ…

「常在戦場」ってこういうことかしら

コロナ禍の不安におびえながらも、お能の稽古を続けています。五月に国立能楽堂で発表会がある予定なのですが、その頃感染状況はどんな感じになっているでしょうか。最悪、延期か中止になることもあるかもしれません。あるいは「無観客に」……? 不安の種は尽…

俺の家の話

ドラマ好きの同僚から「面白いよ、まだ間に合うよ」とお勧めされて TVer で見た『俺の家の話』第一話。能楽「観山流」宗家一家のお話で、ところどころに能楽が出てきて確かに面白かったです。www.tbs.co.jp「観山流」というくらいだから観世流の「もじり」か…

能楽のファンを増やすために

能楽喜多流能楽師の金子敬一郎師が、能楽とプロレスの共通点についてツイートされていました。能とプロレス。ずいぶん畑違いに見えるかもしれませんが、舞台上・リング上での演者同士・選手同士の駆け引きは似ているものがあると思っています。— 喜多流 能楽…

「なにもない」に戻っていきたい

大学生の頃に、アルバイト先の女性スタッフ(別の大学の学生さん)とこんな会話をしたことがありました。血気盛んな私が「いつかこの世界に爪痕を残すような仕事をしたい」と言ったら、その学生は「えー? 私はできるだけ何も残さないようにしたいけど」と言…

自然で無理のない身体の使い方

腰痛とはかれこれ数十年来の付き合いです。数年前から体幹トレーニングや筋トレを続けてきたおかげで、最近は以前のような深刻な状態に陥ることはなくなりましたが、それでもちょっと油断していると「じんわり」とした腰痛の兆候が現れます。腰が張っている…

能楽のファンを増やすためには(その2)

『ドグラ・マグラ』や『少女地獄』などで有名な作家・夢野久作氏。氏はお若い頃、元黒田藩の能楽師範だった梅津只圓師のもとで能楽の修行をされていた時期があるそうです。その稽古の様子を記した『梅津只圓翁伝』は私の大好きな評伝文学なのですが、夢野氏…

能楽のファンを増やすためには

能楽はできれば能楽堂に足を運んで観たいものですけど、コロナ禍でこの半年ほどは足が遠のいていました。遠のくも何も、ほとんどの公演が中止になってしまっていたのです。最近また徐々に上演されるようになってきたものの、演目の間の休憩時間に換気をした…

新札と熨斗袋

今朝の東京新聞に落語家の笑福亭たま氏が寄稿されていました(東京新聞はこうして週に一度伝統芸能欄があるから好き)。いわく、落語家の出演料は当日現金払いで、しかも新札で渡すのが礼儀と。 落語家が同業者に共演を頼む場合、いちばん大事なことは「相手…

詩の引用がカッコいい

しつこく能『融』と中国の詩についてです。この能には、もうひとつ中国の詩が引かれています。それは賈島の『題李凝幽居』に出てくる“鳥宿池中樹/僧敲月下門(鳥は宿す地中の樹/僧は敲く月下の門)”です。 賈島「題李凝幽居」 相原健右・訳 閑居少鄰竝 静…

能『融』と蘇軾の『水調歌頭』

昨日書いた能『融』の舞について、続きです。能の終盤に出てくるこの舞(早舞)は、秋の月光に照らされながら源融(みなもとのとおる)の亡霊が月を愛でつつ舞うというシーンで、静かに「遊興」の境地を楽しむような風情を感じさせる(師匠の受け売りです)…