インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

百番会

きょうは東京・目黒の喜多六平太記念能楽堂におきまして、趣味の「お能」の発表会でございます。趣味の習い事の発表会、それもお能のそれと申せば、何といいましょうか、どこかこうセレブリティな雰囲気を想像される向きもあるやもしれませぬ。

いや確かに、みなさんお着物をお召しになっていて、確かにそういう雰囲気もなきにしもあらず……さりながら、そこはそれ、うちのお師匠の流儀(能楽喜多流)ならではの質実剛健さをいかんなく発揮しておりまして、今回の発表会は「百番会」という趣向になっております。

百番会というのは、その名の通り仕舞と独吟を百番、一日中「ぶっ通し」で早朝から夕刻まで連綿と披露していくというもの。一番あたりまあ五、六分というところでしょうが、それが百番ともなれば単純計算でも六百分。つまりは約十時間連続で次々に上演されていくわけでありまして……もはや発表会というより部活の強化合宿と申し上げたほうがよろしいかもしれませぬ。

でも私、こういうお師匠の趣向は、大好きです。百番もありますから、ひとりあたり二番は仕舞を舞うか独吟を謡い、ほかの方の仕舞の地謡にも入ることになります。玄人の先生や大先輩方と一緒に謡うのならまだしも、時には自分が地頭を勤めなければならないこともあり、総じてとても勉強になるという次第でして。

しかもうちのお師匠の不文律として、発表会の際は無本(むほん)つまり謡本を見ずに謡うことが求められます。すべての詞章(謡の文言)を暗記していなければならないわけで、それもできれば仕舞の行き道(どのように舞うかというその経路のようなもの)を理解した上で、おシテ(仕舞を舞う方)の舞にきちんと寄り添うように謡わねばなりませぬ。

言ってみれば素人の我々にとってはかなりの「無理筋」なのです。その無理筋なところを涼しい顔で私に「じゃ、今度の百番会は八つほど地謡に入ってくれますか?」とおっしゃるお師匠に、これは大変なことになったと思いつつも、ついつい仕事は二の次で謡や仕舞の稽古をしてしまう。これが何よりも楽しいのでござります。

今日はぜんぶ過たずに謡い、舞うことができるかしらと緊張のあまり、きわめて怪しい文体になってしまいました。


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