インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

靴を放り投げる

毎朝通っているジムで興味深いのは、年齢や性別を問わず、ほとんどの方がご自分の靴を「ぽーん」と放り投げることです。このジムは規模がけっこう大きくて、受付の横にシューズボックスがずらっと並んでおり、利用者はそこで靴を脱いでシューズボックスに入れ、その鍵を持ってロッカールームに向かうようになっています。

逆にトレーニングが終わって帰るときは、そのシューズボックスから自分の靴を出して履くわけですが、そのときに多くの方が靴をぽーんと放ってフロアに落とし、靴を履いて帰って行かれるのです。これ、スニーカーのようなカジュアルな靴だけではなく、ビジネスパーソンとおぼしき方の革靴でも同じです。これが興味深いなあと(観察してしまってごめんなさい)。

いえ、べつにお上品ぶるわけでも、決して育ちがいいわけでもないんですけど、私はこれができなくて、いつもかがんで靴をフロアに置き、履いています。ようするに靴を放ることができないんですね。ジムのみならず、自宅で靴を履くときも同じです。

同僚に聞いたら、もしそれがジムであれば、靴が「あっちゃこっちゃ」向かない程度の高さから、揃えてぽーんと放るかな、と言われました。でもたとえばお高い会席料理を食べに来たとか、そういうシチュエーションだったらかがんで揃えて置くかもしれないと。

マンガ家のじゃんぽ〜る西氏が、お連れ合いのカレン西村氏*1と結婚される前に書いていたマンガで「カレンさんのご自宅での身のこなし」というシーンがありました。その前段で西氏がロシア人のフライトアテンダントの動きが「大きくて雑だと思った」と言ったところ、フランス人の友人トマ氏から……「それはお前が日本人だからそんなことを思うのだ」「俺も日本に1年いたことがあるからそういうことに気がつくようになったがそうでなかったら気づかない」「西欧人は全くそんな事を感じないよ」……と言われるシーンも描かれています。

でもいまや、身のこなしについてはもはや「西欧人」だの「日本人」だのという違いは少なくなってきているのかもしれません。ジムで多くの方が靴を放り投げるのを見て、そんなことを思いました。


▲じゃんぽ〜る西『かかってこいパリ』35ページ

*1:マンガ連載当時は「カレン」さんでしたが、現在は「カリン」さんと表記されているようです。

「向き不向きがある」の危うさについて

先日読んだアンダース・エリクソン氏とロバート・プール氏の共著『超一流になるのは才能か努力か?』で、もうひとつ考えさせられたのは、「生まれながらの天才」はいるのかという問題です。

人間の資質に関する議論のなかでも、生まれつきの才能が能力を決定するうえで大きな役割を果たすという考え方は根強い。一部の人は生まれつき才能に恵まれており、他の人よりも楽に傑出したスポーツ選手や音楽家、チェスプレーヤー、物書き、数学者などになれる。もちろん能力を伸ばすためにある程度の練習は必要だが、それほど才能に恵まれていない人と比べれば練習量ははるかに少なくて済む一方、最終的に到達できるレベルははるかに高い、という見方だ。(274ページ)

天才とまでは言わなくても、人は誰しも「持って生まれた才能」というものがある。あるいは何ごとかに対して「向き不向き」というものがある。だからどんな技術やスキルにせよ、たやすく習得してしまえる人がいる一方で、いつまでたっても上達がおぼつかない人がいる。ーーそうした考え方に、私も漠然と同意してきました。自分がこれまで学ぼうとして挫折してきたあれこれや、教える立場になってから見てきた学生さんたちを念頭に置くなどしてのうえで、です。

たとえば私は、これまでにこのブログで「向き不向き」の存在を強調した文章を何度も書いてきています。さきほどこのキーワードで検索をかけてみたら、なんと26本も記事がありました。

向き不向き の検索結果 - インタプリタかなくぎ流

とくにスポーツと語学の共通点について書いた文章が多いです。その主旨はようするに、それらがいずれも身体の様々な器官を動員して行う一種の身体能力であるとすれば、「誰もがプロのアスリートになれない」というのはたいがいの方が同意するのに、いっぽうで「誰もがプロの語学(なかんずく英語)遣い手になるべき」というのはおかしいではないか……というものでした。語学にだってスポーツ同様に向き不向きはあるのだからと。これは主に、幼少時から英語教育に狂奔する日本の現状に疑問を呈したものでした。

しかし上掲の本によれば、スポーツにせよ語学にせよ、生まれ持った才能という意味での「向き不向き」の存在を裏づける証拠は一つもないとのこと。それでも結果的にある分野で、他の人びとよりも優れた能力を発揮する人が出てくる理由は、ひとえに膨大な量の練習、それも常に自分の能力よりもちょっと上のスキル習得を自分に課し続ける「限界的練習」によるものだと説明されています。

なるほど、つまり、もし何かのスキルに「向き不向き」があるとすれば、それはそうした練習(しかもこの本でも認めているように、それはかなりの部分まで楽しくないものです)を自らに課し続けることができるかどうか、そういう部分についての「向き不向き」ということになるのでしょう。辛抱強い性格であるとか、スキルの向上を信じる前向きでポジティブなタイプであるとか……。

ともあれ「向き不向き」という言葉を不用意に使えば、それは「持って生まれた才能」を必要以上に絶対視してしまうという意味で危険かもしれないと思いました。もっとも、辛抱強いとかポジティブであるという資質そのものが「持って生まれたもの」なんじゃないの、と考えてしまうと堂々巡りに陥りそうです。

たぶんそこは親御さんの育て方や、教わるとき(特に入門時)の先生の指導方法などが大きく影響してくるのでしょう。その意味でも、教える立場の端くれである私が、軽々に「向き不向きがある」と言ってしまってはいけないなと反省した次第です。


https://www.irasutoya.com/2018/06/blog-post_667.html

もう大勢は決している

ここのところ毎朝、東京新聞参院選における主要各政党の「公約点検」を掲載していて読んでいます。今朝のテーマは「ジェンダー平等と多様性」。選択的夫婦別姓同性婚の是非、外国籍の人びとに対する政策などが取り上げられています。

www.tokyo-np.co.jp

経済政策や外交・防衛政策などでは各党にそれぞれの違いがありますけど、ことこの問題に関する限り、もう大勢は決していると言わざるをえません。与党の一角を占める公明党ですら選択的夫婦別姓同性婚の法整備に前向きです。ほぼ自民党だけがひたすら旧態依然としたまま。

「JAPAN CHOICE」の投票ナビで自分の考えに近い政党をマッチングしてもらっても、こんな感じ。自民党だけが「突出」しています。

その自民党の候補にしても「ヤシノミ作戦」のサイトによると、選択的夫婦別姓同性婚の両方に、あるいはどちらか一つに賛成している人はいるんですよね。少数派ではありましょうけど。

頑迷に反対している自民党の現職議員あるいは候補者は、勉強不足を恥じていただきたいと思います。そしてそんな人たちに投票して国会に送り続ける有権者、あるいは投票に行かないことでこれまた結果的に国会に送り続ける有権者のみなさんも。

2005年にスペインで同性婚が法制化された際、当時のサパテロ首相が演説で述べたとされる「同性婚を認める最初の国となる栄誉は逃したが、それを認めた最後の国になる不名誉は回避できた」。同性婚はまだ間に合いますが、選択的夫婦別姓については2010年に当時の上川陽子法務大臣参院予算委員会で答弁したとおり「夫婦の同氏制を採用している国は、我が国以外には承知しておりません」。すでに最後の国という不名誉を被っちゃってます。

もう大勢は決しているとはいえ、選択的夫婦別姓同性婚の法制化は、まだまだ楽観できません(最近も大阪地裁で「国が同性婚を認めないのは合憲」という判決が出ていますしね)。もっともっと声をあげていかないと。私も私の「持ち場」で、やれることをやっていきます。

ベテラン勢がなかなかやめない理由

アンダース・エリクソン氏とロバート・プール氏の共著『超一流になるのは才能か努力か?』という本を読みました。留学生の通訳クラスで行っている「講演通訳」の授業で、学生のひとりがおすすめしてくれた一冊です。いかにも自己啓発本といったタイトルで、ふだんならたぶんあまり手に取らない種類の本ではあるものの、おすすめされて興味を持ったのです。はたして、読んで正解でした。とても興味深い気づきがたくさん詰まっていました。


超一流になるのは才能か努力か?

いろいろあった気づきのうちで、まず最初に付箋を貼ったのは、「運転歴二〇年のドライバーは、運転歴五年のドライバーより技術が劣っている」という、一見挑発的な小見出しから始まるパートです。

しかし、ここで一つ、覚えておいてほしい重要な点がある。ひとたびそこそこのスキルレベルに達し、運転でもテニスでもパイを焼くのでも特に意識せずにできるようになってしまうと、そこで上達は止まるのだ。これは誤解されがちな点で、(中略)継続すればペースは穏やかかもしれないが能力は向上しつづけると思っている人が多い。(中略)二〇年教壇に立っている教師は五年しか教えていない教師より上である、と思い込むのだ。(41ページ)

なるほど、確かに私たちの「常識」的な認識では、長年現場で経験を積んできたベテランの方が、新人や若手よりも優れた能力を発揮しているものと考えます。誰もがそれは当たり前なのではないかと思うところを、筆者は「それは誤りだ」と断じるのです。

一般的に、何かが「許容できる」パフォーマンスレベルに達し、自然にできるようになってしまうと、そこからさらに何年「練習」を続けても向上につながらないことが研究によって示されている。むしろ二〇年の経験がある医者、教師、あるいはドライバーは、五年しか経験がない人よりやや技能が劣っている可能性が高い。というのも、自然にできるようになってしまった能力は、改善に向けた意識的な努力をしないと徐々に劣化していくためだ。(42ページ)

なるほど、これ、個人的には「経験値」のようなものと注意深く切り分ける必要があるとは思いますが、純粋に何かのスキルの巧拙に着目した場合、確かにそうかもしれません。「改善に向けた意識的な努力をしないと」という部分は特に。私など中国語というスキルをその生業としているわけですが、これまでに何度もその「劣化」を感じたことがあり、そのたびに焦りまくってきたことを思い出しました。

ことに教える立場になってからは、教室や学校も通うこともしなくなりますし、昔のように検定試験を頻繁に受けるようなこともしなくなりがちです。要するに、同業他社の「荒らし」みたいになりはしないかとか、検定に落ちたら教師として恥ずかしいとか、そんなみみっちいことを考えるようになるんですね。

でも、そんなことは気にせずに、不断にブラッシュアップを心掛けるべきなのです。さいわい私の場合は、趣味と実益(教材づくり)を兼ねて中国語の読解や聴解やディクテーションを続けられていますし、職場で中国語母語話者と会話する機会にも恵まれています。でもそれらもかなり「ぬるま湯」の環境なのかもしれません。

この本では、そうしたぬるま湯的「そこそこ」のレベルでよしとする、居心地のよい領域(コンフォートゾーン)を抜け出して、それより少し大きな負荷をともなった領域へと追い立てるような「限界的練習」こそがスキルの劣化を食い止め、上達につながるポイントだと述べられています。私も十数年このスキルで食べてきて、かなりそのコンフォートゾーンに片足を突っ込んでいるような気がしてきました。

いろいろと差し障りがあるので具体的には書けませんけど、かつては目の覚めるような成果を示しておられたものの、その後どんどん評判が落ちているのにもかかわらず、なかなか辞めない・辞めさせられないベテラン勢の存在はあちこちの業界で漏れ伝わってきます。ひょっとすると、本当はコンフォートゾーンにどっぷりひたっている自分の劣化をうすうす分かっているのだけれども、必要とされなくなるのが怖くてなかなか辞められないのかもしれません。かつてそれほどの成果すら上げてこなかった自分ならなおさらのこと……ああ怖い。

「限界的練習」とその成果については、もうひとつ、これまでの自分の認識を疑わざるをえない気づきがあったのですが、それはまたいずれ稿を改めて書こうと思っています。

フィンランド語 174 …日文芬訳の練習・その86

マンガ『ニッターズハイ!』の第2巻を読みました。 男子高校生が手芸部でニットを編むというストーリーです。私は若い頃編み物を趣味にしていましたが、周囲からはとても不思議に見えたかもしれません。 当時、編み物は女性がするものという古い価値観があったからです。それを考えれば、いい時代になりました。 このマンガを読んで、また編み棒を手にしたくなりました。でも、日本は地球温暖化によりほとんど「亜熱帯気候」になりつつあります。 残念ながら、冬でもセーターを着る機会はそれほど多くないんですよね。


Minä luin Mangan "Knitter's high!":n toinen osan. Se on tarina lukion pojista, jotka neulovat lukion neulontakerhossa. Olin nuorena harrastanut neulomista, mutta ehkä vaikutin ystävieni silmissä hyvin oudolta. Koska siihen aikaan ihmisillä oli vanhat arvot, että vain naiset neulovat neuleita. Tästä näkökulmasta, nyt on muuttunut erittäin hyvään aikaan. Kun luen tämän mangan, haluan neuloa puseroita taas. Mutta nyt Japani on melkein muuttunut subtrooppiseksi ilmastoksi ilmaston lämpenemisen vuoksi. Joten valitettavasti talvellakin ei ole niin paljon mahdollisuuksia käyttää puseroita.


中国語で語ると深い

留学生の通訳クラスでは現在、訓練の一環として学生が一人ずつ交代で講演し、それをみんなで訳すという「企画」を行っています。私が担当しているのは中国語→日本語の通訳科目なので、学生が中国語で話し、ほかの学生がそれを日本語にします。テーマは「私のおすすめ本」。文芸書でも実用書でも、あるいはマンガでも構わないので、自分がこれまでに読んで感銘を受け、ぜひ人にもおすすめしたいという一冊を挙げて、その魅力を語ってもらうのです。

通訳作業は予習がとても大切ですので、各自が講演する前に予習時間も取ります。話す予定の本のタイトルや登場人物を教えてもらったり、それに関するグロッサリー(用語集)を作ったり、中にはスライド資料を作ってきて講演する人もいるので、その資料をあらかじめ読み込んだり。そのうえで、その講演をみんなで通訳するのですが、やってみるとこれが存外おもしろいのです。

なにより、留学生のみなさんの話自体がとてもおもしろい。このクラスの留学生は全員中国語圏の出身で、日本語はかなり達者なものの、まだまだ「発展途上」です。ですから普段の授業でも、日本語への訳出は苦労しています。ところが講演は母語である(広東語圏の学生にとっては第二言語ですが)中国語で行うので、みなさんのびのびと話してくれます。

しかもそれぞれに、なかなか深いことを語ってくださる。本の感想にとどまらず、自分の生き方や世の中のありようにも通じる、深い哲理を語るのです。そりゃそうですよね、みなさん立派な大人なんですから、いろいろな考えを持っていて当然です。ああ、この人はふだんこんなことを考えている人だったんだ……と、とても新鮮な気持ちで聞いているものの、同時に私は自分の中に、やや危ういものを感じながら聞いてもいます。それは、ついつい普段の日本語だけで、みなさんの人となりを「値踏み」してはいないだろうかという危惧です。

日本語の拙さとその人の知性はリンクしない

留学生を相手に授業をしている我々が常に心に留めていることは、「日本語の拙さとその人の知性はリンクしない」という点です。

当たり前すぎるくらい当たり前のことなのです。かりにその人が拙い日本語で話していたとしても、それは単に外語である日本語にまだ十分習熟していないからにすぎません。ところが、往々にしてこれが大きな誤解や予断や偏見のもとになっています。このあたりをきちんと踏まえていないと、拙い日本語を話す外国人が「頭の悪い人」みたいに見えてきてしまう。

日本語の拙い外国人にやたら横柄で高圧的な態度に出る日本人(日本語母語話者)が多いのは、このあたりの理屈がきちんと理解できていないからです。ご自身が外語を話すときのことを少しは想像してみればいいと思いますけど、世界でもかなり珍しいほどの「モノリンガル」な本邦の我々は、なかなかその点に想像がおよびません。

留学生のみなさんの、それぞれに個性あふれる講演を聞き、訳しながら、あらためてこの「危うさ」を肝に銘じなければと思っています。

qianchong.hatenablog.com

教師も試される

もうひとつ、この講演通訳の授業は私自身にとってもけっこう緊張を強いられるものです。それは、みなさんがどんなことを話すか、その詳細はその時になってみないとわからないからです。通常の授業では、教師は実はかなり楽をすることができます。なぜなら、教材のスクリプトをあらかじめ用意して、内容を確認しておくことができるから。

事前に話し手の音声が聞けて、話の中身が確認できるという通訳業務は、原則的にありえません(もしあったら、通訳者のプレッシャーは激減するでしょうね)。背景知識や語彙などの予習は十分に行うものの、基本的に「ぶっつけ本番」なのが通訳現場の宿命なのです。それが授業では、教師は事前に十分な準備ができる一方で、学生は「ぶっつけ本番」という圧倒的な差があります。

それがこの授業では、教師である私もほぼ、実際の通訳業務と同様に「ぶっつけ本番」であることに加えて、私は学生の訳出を聞き、その内容についてその都度コメントをしたり、場合によっては訳例を示したりしなければなりません。つまり「いま中国語でこんなことを言ったけど、訳出から抜けましたね」とか「その中国語はそういう理解でいいですか」などと、日本語母語話者のくせに(?)中国語母語話者の中国語理解を批評しなければならないというこの「無理筋感」。これはかなりのプレッシャーです。

でもそれがとてもいい刺激になっています。授業なのに自分の勉強になってしまうなんて「ずるい」と言われるかもしれませんけど、ときどきこういう授業をすることで、自分の中国語力を鈍らせないでおけるのではないか。そう思っているのです。

こんな国に来てくれる

授業の間の休み時間に、同僚がこんなことを言っていました。「留学生のみなさんは、こんな日本の、東京の、どこに魅力を感じているんでしょうね」。うちの学校の留学生は、その多くが日本での就職を目指しているのですが、昨今は日本の学生だってなかなか希望する仕事に就けない時代。ましてや非日本語母語話者にことのほか評価の厳しい企業が多い現状では、留学生の就職難は日本の学生をはるかに上回ります。

先日も日経新聞にこんな記事が載っていました。一時的に滞在している留学生ではなく、日本に定住している外国人でさえ、正社員になかなかなれず、海外の人材がますます日本を敬遠する要因になっているのではないかというお話です。

www.nikkei.com

確かに。うちの学校の留学生のなかには、母国で一定期間社会人として働いてから日本に留学している人も多いのですが、日本の給与レベルの低さにはいちように驚いています。また自身の強みである複数の語学を活かそうにも、言語に関するスキルをこれまたことのほか軽視する傾向の強い企業が多い現状では、就活においてあまり有利に働かないのです。上掲の記事でも「来日前の学歴や職歴は評価されにくく非正規採用の外国人を育てようという企業意識も低い」という専門家の意見が紹介されていました。

qianchong.hatenablog.com

こんなはずじゃなかった、と夢破れて帰国していく留学生も多いです。教師という立場にいるものとしては、なんともやりきれない気持ちでいっぱいになります。せっかく日本になにがしかの魅力を感じて、わざわざ留学まで志してくださったのだから、できることなら日本のことを好きになってもらいたい。

でもまあ、それは詮ない望みなのでしょう。私だって、かつて中国に留学しましたが、留学前に思い描いていた多分に美化されたかの国のイメージはずいぶん変わりました。現地に暮らし、現地の人たちと話をしながら、良くも悪くも深く実情を知るなかで、それまでとはまったく違う中国像が自分のなかに生まれました。誤解を恐れずに言えばそれは「大好きだけど大嫌い」という愛憎相半ばする感覚です。

そう、それが現実なんですよね。どんな場所に暮らしていようと、そこには大好きな一面もあれば大嫌いな一面もある。それをむりやり美しい面だけあれこれ糊塗して(「日本スゴイ」みたいなね)、とにかく好きになってもらわなきゃと思う必要はないし、そんなことは不可能なのです。それに一度日本に失望して離れたとしても、また何年か何十年か後にその時の経験がきっかけとなってご縁が生まれるかもしれない。それを願って日々留学生のみなさんと向き合うことしか、私にできることはないのでしょう。


https://www.irasutoya.com/2019/07/blog-post_13.html

まだマスクを外せない?

「災害級の暑さ」という形容すらマスメディアに登場するようになった昨今。それでも東京都心のオフィス街ではこれまでとほとんど変わらない光景が見られます。あいかわらずスーツに身を包んだビジネスパーソンが多いですし、ネクタイを締めていらっしゃる方もけっこういます。私も昔はスーツ必須の会社に勤めていたので、本当にご同情申し上げます。

すでに「亜熱帯性気候」と言っても差し支えないほどの、東京の猛暑。いえいえ、亜熱帯性どころの騒ぎではありません。さっき留学生のみなさんに「みなさんの故郷と東京と、どちらが暑いですか」と聞いてみたら、ほぼ全員が「それはもちろん東京です」と答えてくれました。欧米の留学生はまあそう答えるだろうなと思いましたが、中国(南方)、台湾、香港、インドネシア、タイ、シンガポールエルサルバドルのみなさんも異口同音に同じお答えでした。赤道直下の国からきた留学生ですらそう言うということは、いまの東京は「熱帯性気候」に近づいているのかもしれません。

そして個人的にはこの猛暑で一気に「脱マスク」が広がるかなと期待していたのですが、これまたあまり目だって増えてはいないように思われます。私はもう屋外ではマスクをしなくなり、屋内、例えば地下街などでも外しています。電車やバスに乗るときだけ「スチャッ」と着用しているものの、これも混んでないときは外してもいいかなあ。

留学生のみなさんからは「センセ、どうして日本人はマスクを外さないのですか」と聞かれたのですが、う〜ん、私もよく分かりません。政府もこんな広報を出しているくらいなのに、みなさん聞く耳を持たないということはつまり、「あんまり政府を信用していないからかもしれません」と答えたら、「なるほど〜」と笑って納得してくれました。いや、納得されてもちょっと複雑な気持ちになるんですけど。


https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kansentaisaku_00001.html

戦争と日本アニメ

留学生のクラスで「東アジア近現代史」の授業を担当していて、ここ数週は大東亜共栄圏について話したり、みなさんが調べたことを発表してもらったりしています。毎年授業の一環として、1943年から制作が開始され1945年に公開された長編アニメーション映画『桃太郎 海の神兵』の一部を見てもらっているのですが、最近ふと立ち寄った書店で偶然この映画をテーマとした論文集を見つけました。


戦争と日本アニメ『桃太郎 海の神兵』とは何だったのか

さっそく買って読みましたが、ひとつひとつの論文が非常に興味深いです。やはりこうした専門の研究者による論考は勉強になります。特にアニメーションのビジュアル面からそこに意図されているものや、影響を与えたと思われる先行作品などの指摘が、まるで謎解きのようにおもしろいのです。

ひとつひとつ挙げていくとキリがないくらいですが、例えば『海の神兵』に繰り返し登場する落下傘とそこにオーバーラップされているタンポポの綿毛のイメージは、1940年に公開されたディズニーのアニメーション映画『ファンタジア』*1からの影響なのだそうです。当時すでに日米の開戦後でアメリカのアニメーションが入ってこなくなっていた中、『ファンタジア』だけは海軍がアメリカの輸送船から接収したものを見ることができたのだとか*2


▲海の神兵


▲ファンタジア

もちろんこのシーンは『海の神兵』の下敷きとなっている1942年のメナド(インドネシア)空挺作戦や、同じく落下傘部隊によるパレンバン(同)空挺作戦に取材した戦争画からの影響も見て取れます。


▲海軍落下傘部隊メナド奇襲(宮本三郎
https://search.artmuseums.go.jp/records.php?sakuhin=11457


▲神兵パレンバンに降下す(鶴田吾郎)
https://search.artmuseums.go.jp/records.php?sakuhin=11410

ほかにも、インドネシアの影絵芝居「ワヤン・クリ」ふうの挿話部分や航空機内の透過光を使った演出などはエイゼンシュテインの『ストライキ』の影響が見られるとか、桃太郎の着任シーンや飛行シーンはリーフェンシュタールの『意志の勝利』の冒頭に酷似しているとか、桃太郎の鬼退治という文脈では『鬼滅の刃』とも通底しており、かつ大正時代が舞台設定の『鬼滅の刃』は「昭和前期の戦争をまるごと抜いてしまうことで」最終巻における「ユートピア」的現代を成立させているとか……興味は尽きません。

上述した授業では近現代史における「プロパガンダ」を大きなテーマの一つにしているのですが、その点でもいろいろと学ぶところの多い一冊でした。街の書店で偶然こういう本を見つけるというのもうれしいです。

*1:有名なディズニーの『魔法使いの弟子』を含む、音楽とアニメーションを融合させた作品です。 https://youtu.be/9xp1m5AQMx4

*2:しかしこうやって並べてみてみると、やはり当時のアメリカのアニメーションはかなり高い技術を持っています。『海の神兵』も当時としてはかなりの技術が投入されていますが、彼我の物量の差は歴然としていますね。

これはもう才能ですよね

はてなブログには「週刊はてなブログ」というページがありまして、そこで週に一度発表されている「今週のはてなブログランキング」というものがあります。私はこれが大好きで毎週楽しみにしているのですが、今週もまた読みごたえのある記事が並んでいました。

blog.hatenablog.com

中でもひときわ目をひいたのは、第8位と第30位に入っていた二本のブログ記事が、ともにOfficial髭男dismの『Pretender』を二宮和也氏がカバーした件について書かれていたことです。記事の文章にうなり、記事からのご教示に従ってくだんのカバーバージョンを聞き、あらためて記事を反芻して、ひとしきり浮き世の憂さを忘れました。

www.kansou-blog.jp
cerisiermt.hatenablog.com

いやもうおっしゃる通りで、この衝撃のカバーないしはアレンジは、確かに爆笑ものであり、かつ恐怖でもあります。そのお気持ちをブログに書かざるを得なかったという「お気持ち」、本当によく分かります。それをこうやって言語化できるのが本当にすごい。

しかもこのお二人の文章からは、それぞれにそれぞれの「狂気」を感じます(最大限にほめてる)。私だって日々書くことに対する努力はしていて、「〜と思う今日この頃」「〜と思うのは私だけでしょうか」みたいな手垢のついた表現はするまいくらいの矜持はあるけれども、だからといってここまでの狂気は持ち得ないです。というか、持とうと思って持てるものじゃない。これはもう才能ですよね。

youtu.be
youtu.be

最後の読書

ここ数週間ほど、ひどく疲れていました。にわかに蒸し暑くなった気候のせいもあるのかもしれませんが、とにかく身体が疲弊していて「しんどい」のです。それでもジムには通っていますが、ふだんよりメニューがはかどりません。しかもお昼を回って夕刻にいたる時間には疲労もピークに達していて、ちょっと書棚から資料のファイルを取り出すだけでも「よっこいしょ」「ああ疲れる」と言葉が漏れ、同僚から「心の声がダダ漏れになってるよ」と指摘される始末。

そんな中、職場の図書館で借りた津野海太郎氏の『最後の読書』を読み始めたら、冒頭に鶴見俊輔氏の『もうろく帖』、そのあとがきが紹介されていました。

七十に近くなって、私は、自分のもうろくに気がついた。
これは、深まるばかりで、抜け出るときはない。せめて、自分の今のもうろく度を自分で知るおぼえをつけたいと思った。

これをうけて津野氏はこう書いています。

このときのかれの正確な満年齢は六十九歳と八か月ーー。
私も体験があるのでわかるのだが、この年ごろになると、体力、記憶力、集中力など、心身のおとろえがおそるべきいきおいで進行し、それまであいまいに対していた老いの到来ーー鶴見さんのいうところの「自分のもうろく」ぶりに、いやおうなしに気づかざるをえなくなる。

いやはや。私はそれよりも一回り若いですけど、最初に書いたように、すでにしてその傾向、つまり「体力、記憶力、集中力など、心身のおとろえ」が見えています。いまですらそうなのだとしたら、その「おそるべきいきおいで進行」するような年齢になったら、いったいどうなっちゃうのかしら。


最後の読書

樋口恵子氏が『老〜い、どん!』で、健康寿命と平均寿命の間を「ヨタヘロ期」と名づけておられましたが、私はすでに「ヨタ」はともかく「ヘロ」の兆しは確実に見えています。ヨタヨタするほどではないけれど、すぐにヘロヘロになっちゃう。これはもう、ますます自分のやりたいことを、できるうちにやってしまわなければと思うのです。

『最後の読書』は、私より二周りも歳上の津野氏が、私よりはるかにリアルな老いの日常に、ときに抗い、ときにためらい、ときに斜に構えながら、本やその書き手について思いを綴った一冊です。収められた各章*1をかみしめるようにして読みましたが、特に私が心を動かされたのは、あとがきに書かれているこの一節。

年齢はどうあれ、ひとは、それまでにかれが生きた過去の体験の集積をまるごとひっかかえて本を読むし、読むしかない。

なるほど、だからこの本も、単なる読書日記や書籍のレビューにとどまらず、津野氏が生きてこられた時代時代、そしてその間に交流のあった人々の思い出などが輻輳して、こんなにも深い読後感を残すのですね。この本が私に深い読後感を味わわせたのもまさに、自分が生きてきた過去の体験の集積のなせる技なのでしょう。十年前、二十年前の自分にはおそらくそこまで響かなかったのではないかと。

そう考えると、これから先の読書もいくらかは楽しみであります。もう昔のような大部の文学作品や浩瀚な専門書を読む気力も体力も失われつつありますし、もとより老眼がどんどん進行して物理的にも読むのが大変になりつつありますけど、きっといまの自分だから読める、心に響く本もあるはず。

しかしなんですね、老いにまつわるこうしたお話は、若いうちから知っておけたらいろいろと準備や心構えもできてどんなによかっただろうかと思う一方で、やっぱり若いときにはそういう話が絶望的に理解できないものなんですね。そういうものなんですね。

*1:どうでもいい感想ですけど、「八十歳寸前の読書日記」という章に、デザイナーで装丁家平野甲賀が作った「コウガグロテスク」というフォントの話が出てきまして、そこで津野氏が漢字をわざわざ「簡体字でいうと汉字」と注釈されているのを読み、ああそうか……と妙に納得しました。この世代の方々には、簡体字に特別な思いを寄せてらっしゃる方が多いんですよね。左翼系の運動に関わって来られた方は特に。私より二回りほど上の世代の方に多いような。そういう時代もあったのです。

小田嶋隆さんのこと

新聞の訃報欄で、コラムニスト・小田嶋隆氏が亡くなったことを知りました。氏のご本はこれまでに数多く読んできましたし、日経ビジネスオンラインのコラムも毎回読んでいました。それにTwitterから「降りる」前は氏のツイートも毎日のように読みに行っていたので、少なからず驚きました。

近年、緊急入院されて、その後ずいぶん痩せた姿をTwitterに見せておられました。おそらく具合はあまりよろしくないのだろうなと思っていましたが、こんなに早く亡くなられるとは。でも、氏はその執筆スタイルからしても、ありきたりな追悼の言葉やありきたりの感傷的なものいいは好まれない、というかお嫌いでしょうから、私は私でひとつだけ氏の思い出を書きます。

私は何度か、小田嶋隆氏に直接お目にかかったことがあります。いや、お目にかかったというのは「盛りすぎ」で、氏が開いておられた文章講座に通ったことがあるだけですが。現在、日経ビジネスオンラインが追悼記事とともに2021年11月のコラム『晩年は誰のものでもない』を再掲しています。そこにこんな記述があります。

以前、いくつかアマチュアの人たちの書いた文章を添削する機会に恵まれたことがあるのだが、毎度毎度、趣味でものを書いている人たちの筆力の向上ぶりに驚かされたものだ。

business.nikkei.com

私が参加していたのは「添削」までしてくださる形式ではなく、毎回小田嶋隆氏が短いコメントを寄せてくださるというものでしたが、とにかく何度か氏から直接コメントをいただきました。氏の短いコメントから私が毎回痛感していたのは、いかに自分の書いた文章が箸にも棒にもかからないものであるかということでした。

当時私は、自分の文章に対してなぜか大きな自負というか過大な自信を持っていて、あわよくばこれを仕事にできたらいいななどと夢想していました。でもそれも、小田嶋隆氏のコメントで雲散霧消、そんな気持ちはみごとに吹き飛んでしまいました。たったひとりのプロの文筆家に認められなかったからといって、あきらめる必要などないのかもしれません。でも、うまく書けないのですが(なにしろ文才に乏しいんですから)、それほど氏のコメントは的確無比だったのです。

その講座では毎回、さまざまな書き手をゲストに招いての対談が行われていて、ある回で氏がとても印象的な話を語っていました。それは「書いている自分は、普段よりちょっと頭がいい」というものです*1。氏いわく、書く前にはあれこれ考えていてもなかなか自分の思考がまとまらないのに、書き出してみるとその言葉が呼び水となるような形でどんどん自分の思考が湧き出してくる。普段思いつきもしなかったような思考が書けることもある。だから、とにかく書きはじめ、書き継いでいくべき……概略、そのようなお話でした。

これは本当にそのとおりで、実際私も、頭の中だけであれこれ考えを巡らせていても、にっちもさっちも行かずに苦しくもどかしいところ、とにかくパソコンに向かって書き出してみるとするすると言葉が紡ぎ出されてくるのに自分でも驚くことがよくあります。予想もしていなかったところに思考が着地することもよくある(よくあるというか、私は毎日こうしてブログをブログを書いているので、日々それを感じています)。

そしてこれは、ひとり文章だけに言えることではないんですよね。なにかの行動を起こすときにも、それは仕事の大きなプロジェクトでもいいし、ジムでのトレーニングでもいいし、なんなら食事の後の気鬱な後片付けでもいいんですけど、とにかく始める前は何かと思考が堂々巡りしてなかなか手がつけられないのに、とにかく一歩前に踏み出し、手を動かしはじめてみると、するすると事が運んでいつの間にか終わっていたりする。あるいは予想もしなかった成果が残せていたりするんです。

これが小田嶋隆氏から教わったとても大切な人生の教訓です。それに心から感謝して、この文章を「ありがとうございました」とか「ご恩は生涯忘れません」などと書いて締めたいけれど、それも氏はあまり好まれないでしょうからやめておきます。

*1:これはこの講座だけではなく、他の場面でも語られていたようです。以前そのことをブログにも書きました。 qianchong.hatenablog.com

フィンランド語 173 …日文芬訳の練習・その85

カナダの歌手、ジャスティン・ビーバー氏が顔面麻痺でしばらく休養するそうです。私も八年前に発症したことがあるので、人ごととは思えません。顔面麻痺は基本的には命に関わるような病気ではありませんが、自然な笑顔を作れなくなるなど、心理面のダメージが大きいです。発症したらできるだけ早く治療を行うことで後遺症を軽くすることができます。私は最初、神経内科に行って時間を浪費したため、後遺症が残りました。行くべきは耳鼻咽喉科です。間違えないで!


Kanadalainen laulaja Justin Bieber on joutunut lepäämään, koska hän kärsii kasvohalvauksesta. Minulla oli ollut sama sairaus noin kahdeksan vuotta sitten, joten minusta tuntuu, että se on kuin omani. Kasvohalvaus ei ole kohtalokas sairaus, mutta sen pitäisi vahingoittaa mieltä, esimerkiksi ei voi hymyillä luonnollisesti. On erittäin tärkeää, että jos sinulla on tämä sairaus, mene sairaalaan mahdollisimman pian jälkioireiden vähentämiseksi. Minulla on edelleenkin oireita. Olin tuolloin hukannut liikaa aikaa, koska olin ensin mennyt aivolääkäriin. Mennään korva-, nenä- ja kurkkutautilääkäriin, älä tee tätä virhettä!


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もはや手伝ってくれない

留学生の翻訳クラスでは現在、毎週二回ほど「字幕翻訳」の授業があり、私が担当しています。字幕翻訳用のソフト「Babel」を使って、各自が好きな映像に日本語の字幕をつけるという実習で、学生一人一人にノートパソコンを貸し出して行っています。

ノートパソコンは学校全体の共有なので、私が授業ごとに保管場所まで借りに行き、教室まで運んでいます。授業が終わったら、また保管場所まで返却に……その繰り返しです。何十台もあるのでけっこう大変ですが、まあこれも仕事なので特に苦でもありません。

ただ、先日ふと昔のことを思い出して「そういえば」と感慨にふけってしまったのですが、私が留学生クラスの授業を担当し始めた15年ほど前だったら、授業後に教師が何か片付けものーー例えば黒板を拭いて消すとか、機材を運ぶとか、窓を閉めるとかーーをしていると、きまって留学生が「センセ、手伝います」と駆け寄ってくれたものです。特に中国語圏の留学生に多かったような。

でもいまではそういう学生さんは皆無になりました。いえいえ、別に手伝ってほしいわけじゃないんです。学生さんも次の授業の準備など、忙しいんですから。ただ、以前はおそらく母国で、生徒が先生を自然に手伝うという習慣が養われていたであろうものが、もうそういう時代ではなくなったんだなと。「なぜ生徒に手伝わせるのだ」という親御さんからのクレームが入る、そんなご時世なのかもしれませんね。

中国語圏では昔から“尊老愛幼”とか“尊師重道”などという言葉が尊ばれてきて、もちろん今もそれは生きている(公共交通機関などで席を譲るなど、日本のお若い方々よりはるかに積極的だと思います)のですが、それでもだんだんそういう一種の美徳(かな?)は失われていくんだなという感慨にふけった次第。まあ、教師があまりエラそうにしてばかりいて「アカハラ」まがいな行為が見過ごされるよりはよほど風通しがよく、さっぱりしているとも思えますが。


https://www.irasutoya.com/2014/11/blog-post_30.html

稽古十年

能の稽古を始めて十年が経ちました。十年といっても、実際には月に二度ほど師匠のもとにうかがっての稽古と、年に一、二度の発表会を続けてきただけですから、実質的にはたいした量ではありません。途中でもうやめようかなと思ったことも何度もありましたが、なんとなくその魅力にひかれて続けてきました。いまではMacBookの「ミュージック」に、謡のmp4が二百本ほど蓄積されています。

「魅力にひかれて」と書きましたが、十年経ったいまでもその魅力がいったいどのあたりにあるのか、確固たることは言えないように思います。もちろん、日本の伝統芸能を学べるとか、和服を着ることができるとか、能舞台で舞うことができるとか、仲間と一緒に謡うことができるとか、あと個人的なところでは中国との縁を、特に古典の面から感じることができるとか、あれこれあることはある。でもそれも本質的なところではないような気がします。

Webマガジン『考える人』に掲載されていた、安田登氏・内田樹氏・いとうせいこう氏による鼎談に、こんなくだりがありました。

安田  始めたときのお約束で、10年間はぼくが許すまで質問してはいけないと言いました。
いとう ええっ。
内田  あれ、驚いていらっしゃる(笑)。
安田  それから、10年間はどんなことがあっても、自分が死んだとき以外はやめてはいけない。この二つの約束がありました。
いとう あ、そうだった。
安田  この二つはとても大事だと思っています。
内田  質問してはいけない。
安田  だいたい質問の多くというのは、10年待つとわかることなので、先に聞こうとするなという話です。

kangaeruhito.jp

能楽師の安田氏は「『そういうものなのだ』の枷の部分と、自由である部分の両方があることが、能の面白さなんです」とおっしゃっています。わかったようでわからない……と思われるかもしれませんが、私にはこれがとてもしっくり来る説明でした。

能はとにかく「型」ばかりです。型から外れることはまず許容されません。型を繰り返し稽古して、型どおりにできるようになることが求められます。演劇の一種ではあるけれど、そこに「個性の発揮」だの「アドリブ」だのの入り込む余地はまったくありません。なのに「自由である」とはどういうことなのか。

十年稽古してきて、とりあえず現時点でなんとなく理解できたのは、謡(うたい)や舞(まい)が上手になりたいけれども、上手にやろうとするとたいてい見ちゃいられないものになる、ということです。そんなことは思わず、ただひたすらに型を繰り返し練習して覚えることを続けた先に、その人なりの、そしてその人だけの、なにかきわめて個性的なものがあらわれてくるという感じ。

そのあらわれてきたものをあとから自分で振り返ってみたときに「ああ自由だなあ」と思える、それが安田氏のおっしゃっていることではないかと思います。もっとも、私自身は十年続けてもまだそんなものがあらわれる気配すら感じられませんが。

いまのところ私がいいなあと思えるのは、おそらくまだ謡や舞そのものですらなく、その前の段階、稽古をするときのあの立ち居振る舞いのひとつひとつが心地いいといったレベルのものです。正座をし、扇を抜いて自分の前に置き、それを手を添えながら前に回し、両手で取って膝の上に置き、謡いはじめる、あるいは舞いはじめる……その一連の所作をこなす流れが心地いい。

この先さらに稽古を続けて、そのレベルから上がることがあるのかどうかわかりません。でも「上手にやろうとするとたいてい見ちゃいられないものになる」という自分自身の教訓にしたがうなら、たぶんレベルを上げるとか、なにかの達成を期するとか、そんなことは考えないほうがよいのでしょう。なにがあらわれてくるのか楽しみにしながら稽古を続けるだけでいいような気がします。

qianchong.hatenablog.com
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