インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

さよなら腰痛

もう何十年も前から、たびたび襲ってくる腰痛に悩まされてきました。「ぎっくり腰」のようなひどいものもあれば、なんとなく腰のあたりが「しくしく」痛むというものもありましたが、とにかく一度腰痛になってしまうと仕事も暮らしもまるごとドンヨリとした空気に包まれてしまいます。なにせ靴下を履くのにも苦労するくらいですから。おかげで、かがむときには必ず手を膝に添えるとか、なるべく片手にだけ重いものを持たないなどの生活習慣が日々のルーティンになりました。職場にも腰痛予防用のバランスボールを持ち込みました。

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https://www.irasutoya.com/2014/03/blog-post_2000.html

腰痛に襲われるたび、整体やマッサージやカイロプラクティックなどに通ってきたのですが、そのときは何となく治っても、またしばらくするとぶり返します。歳を取るに連れ、その間隔が徐々に狭まってきたような感じになり、男性版更年期障害とでもいうべき不定愁訴も加わってきたあたりで一念発起して、ジムのパーソナルトレーニングへ通うようになりました。体幹レーニングと筋トレを中心にしたメニューです。カイロの先生からも「腰痛を予防するには、ある程度筋肉も必要ですよ」と言われていたことにも背中を押されました。

それから二年あまり、この春は新型コロナウイルス感染症の流行でジムが休業してしまい、約二ヶ月ほど通うことができずにいました。そして休業明け、初めてジムに行ってトレーナーさんに会った際、こう言われました。「この間、腰は大丈夫でしたか?」 そう、パーソナルトレーニングでは常に腰痛予防という目標を伝えていたので、トレーナーさんたちの間で私は「あの腰痛持ちのおじさん」という認識なのです。

しかし! ジムの休業中もそれなりに体幹レーニングや筋トレを続けていたせいか、一度も腰痛に襲われることはありませんでした。というか、思い返してみれば今年の1月ごろを最後に、もうこの半年ほど腰痛には襲われていないのです。

時々「あ、これはそろそろ来そう」という予兆を感じることはあります。そんなときはトレーナーさんに伝えて、腰痛予防のための体幹レーニングを特別に組んでもらっていました。それもあり、またトレーニングを二年余り続けてそれなりに筋肉がついてきたこともあり、気がついたら腰痛とは縁遠くなっていたのでした。プロのトレーナーさんたちに本当に感謝です。他のトレーナーさんたちからも「腰痛にならなかったんですって?」「エラいです!」と褒められました。素直にうれしいです。

以前にも書いたことがありますが、腰痛予防は結局、自ら能動的に体を動かすことが大切なようです。整体もマッサージもカイロプラクティックも、湿布も鎮痛剤もコルセットも、結局は「受け身」の対症療法なんですね。そういえばジムに通い始めるまでの何十年間は、もともとも運動嫌いも相まってすべて受け身の体勢でした。常に腰痛側に攻め込まれ、押し込まれていたわけです。自分で、自分の身体の使い方を変えていかなければ腰痛を土俵の外へ押し出すことはできない。それをいま強く感じています。

qianchong.hatenablog.com

「なるべくラクな道」を選ぼうとする学生さんたち

英語や中国語の動画に、日本語の字幕をつけるという翻訳の授業をやっています。業界標準の字幕翻訳用ソフトを使い(ただしお高いので、出力に制限があるアカデミック版)、ハコ割りからスポッティング、文字数制限、記号の使い方、役割語の処理……にいたるまで、一応プロのお仕事に準じた手順を実習するという授業です。

字幕翻訳業界では、少なくとも中国語のそれについては一部でかなり価格破壊が進んでしまっていて、私も十年ほど続けてきた仕事からは手を引いています。だから学生さんに「将来役に立ちます」とも言いにくく、内心忸怩たる思いがあります。でも当の学生さんたちは昔から動画サイトなどでお気に入りの日本のサブカルに字幕をつけるのが大好きだったなどという人も多く、みなさん実習を楽しんでいるご様子。まあこの授業の本来の目的は、通常の翻訳とは少々異なる字幕翻訳を通して日本語のバリエーションを広げようという点なので、これはこれでいいかなと思います。

この字幕翻訳の課題は数名の小さなグループに分かれて行っています。ところが、グループによっては、英語や中国語の原稿(原映像?)を聴き取る際、例えばそれがYouTubeにある映像であればYouTubeの翻訳機能を、TEDトークみたいなのであればTEDに上がっているトランスクリプトをまるごとコピペして、そこから日本語訳を考えている人たちがいます。要するに「省力化」ということなのでしょうが、私はこういう思考法がとても興味深いなと思っています。

うちの学校は義務教育ではなく、大人のための教育課程なので、私も課題にどう取り組むかについてはとやかく口出しをしません。こうしたほうが自分の勉強になるよ、というアドバイスはしますけど。学生のみなさんは将来、仕事のなかで通訳や翻訳を自分のスキルとして活かしたいと思っている人たちなので、その意味では一から音を聞き取って、それを理解し、さらに翻訳するという訓練を繰り返すことが自分のスキル向上に資すると考えるはず……なのですが、実際には「最小限のリソースで最大限のリターンを得よう」とする人が多いんですよね。

つまり、自分の勉強のためという視点で考えればあまり喜ばしくないはずの「なるべくラクな道」を、さしたる疑問も抱かずに選ぶ人が多いのです。いかにラクに、短時間で、効率よく課題をこなし、単位を、それもできるだけ高い成績とともに取るか……そこにばかり異様にフォーカスしていて、肝心の「学ぶ楽しみ」「自分が成長する楽しみ」をどこかに置き忘れてきているような人が多い。まあ、いつの時代も学生ってのはそんなものだと言ってしまえばそうかもしれないんですけど、「学ぶ楽しみ」をどうやって伝えたらいいのかなあと考えるのです。

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https://www.irasutoya.com/2014/03/blog-post_11.html

清濁併せ呑む大人にならなきゃ

若い頃、中国語の新聞社で紙面レイアウトの仕事をしていた時期がありました。その会社の経営者は日本人で、社内では中国人が多く働いていました。1989年の天安門事件を契機に生活の拠点を日本に移した人も多く、そういった背景のある人たちへ労働ビザを出しているという状況を逆手に取ったのかどうかはわかりませんが、この会社は今から考えるとかなりひどい勤務環境だったように思います。

そのひとつが福利厚生で、この会社は法が定める社会保険加入の要件に合致していたにも関わらず、会社負担分を嫌って厚生年金や健康保険などを整備していませんでした。私はこれに納得できず、一人で組合を作って会社側と「団体交渉」を行い、福利厚生を法に則って行うよう要求しました。結果はもちろんこちらの主張が通った(会社側の行為は違法ですから当たり前です)のですが、私はほどなくその会社を辞めてしまいました。いまあの会社がどうなっているのかは知りません。

一人で組合を作ったといっても、もちろんこちらは徒手空拳。実際にはそうした「ひとり労働運動」を支援する団体にサポートしてもらいました。確か北区の十条あたりに事務所があって、会社あてに出す内容証明郵便の書き方から、労働基準監督署での団体交渉まで、その団体の「専従」さんには色々とお世話になりました。

ある時、たぶん団体交渉の打ち合わせの時だった思うのですが、私の隣に何かの社会運動のビラやポスターを作っているグループがいました。私がレイアウトの仕事をしていると知って、制作中のビラについて意見を求められたので、私は思うところを述べました。「文字が多すぎるのでもう少し減らしたほうがいい」「文体が堅すぎるのでもう少し柔らかくしたほうがいい」「イラストを入れたほうがいい」……などだったと思います。

そうしたら、いかにも労働組合の専従といった風体のおじさんから、「デザイナーさんの意見も分かるけどさ、こっちは正しいことを言ってるんだからこれでいいんだ」と言下に否定されました。私は驚くとともに、以前から左翼的な市民運動や社会運動に感じていたある種の頑迷さというか、純粋性というか、無謬へのこだわりというか、でもその実きわめて傲慢な側面を改めて再認識したように思いました。

qianchong.hatenablog.com

若い頃には社会運動や市民運動にも関わっていた私ですが、そうした運動から次第に距離を置くようになっていったのは、ひとえにそういう無謬性や潔癖性にこだわりすぎる頑迷固陋なところに辟易としたからでした。ときにその潔癖さゆえに、仲間うちでさえ些細な違いから仲違いしていく……それは個々人のなかで運動としては首尾一貫しているのかもしれない。でもそれでは、広範な大衆の支持を得ることはできません。それは遠い遠い昔の「内ゲバ」あたりですでにイヤというほど思い知らされた強烈な教訓だったはずなのに。

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https://www.irasutoya.com/2014/03/blog-post_2106.html

昨日行われた、東京都知事選の結果が出ました。投票率の低さも相まって現職が圧倒的な得票率で再選でした。私はもちろん投票に行きはしましたが、投票前から気持ちは萎えていて、醒めた気持ちで虚しい一票を投じてきました。六月末の新聞にこんな表が載っていて、各候補の政策・政見の違いが一目瞭然だったのですが、やはり山本氏と宇都宮氏はどうして一本化できなかったのかなと思います。

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もちろん細かな政策にまで降りていけば違いは色々とあるのでしょう。財政の問題ひとつとっても緊縮か積極かなど違いは大きいんだ、素人は黙っとれ! と言われるかもしれません。でも、今のこの状況を本当に変えようと思うなら、やはり小異は捨てて大同に就くべきだったんじゃないですか。

今に始まった話じゃありませんけど、この国の左派というかリベラルというか、既存の自民党公明党系の政治に対抗する勢力の不甲斐なさといったらもう目も当てられません。政権を取るためにはよほどの胆力が必要だと思いますけど、細かい政策や理念の違いにこだわって、こだわりすぎて、結局は大同団結ができない。清濁併せ呑む胆力がないんです。みんな「自分だけが正しい」と無謬性や潔癖性にこだわるあまり、もう長いこと「がっかり」な政治状況が続いています。

今回もまた、同じような事が起きてしまいました。あきらめてはいけないと思いますし、これからも欠かさず選挙に行くとは思いますけど、左派やリベラル諸氏はいいかげん大人になってほしい、もっと泥臭く戦ってほしいと思います。

追記

今朝の東京新聞宮古あずさ氏のコラムが載っていて、「首長や小選挙区など、一人を選出する選挙では、ぜひ決選投票が行われてほしい」と書かれていました。「有権者過半数を得た候補者がいない場合、上位二名で再度選挙を行い当選者を決める」と。なるほど、同感です。でも、そもそも投票率がときに五割を切るようなこの国では、それすら難しい場合もあるかな……。

「レッドスキン」をめぐって

新聞に、興味深い記事が載っていました。アメリカンフットボールのプロリーグ・NFLで、「ワシントン・レッドスキンズ」というチーム名が「先住民を侮辱している」と批判され、改名を検討しているという記事です(東京新聞7月5日朝刊)。

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私はアメフトに全然詳しくありません。というかプロスポーツ全般にあまり興味がないので、チーム名がどういう「マインド」によってつけられているのかもよく分かりません。一方で「レッドスキン(赤い肌)」という言葉が先住民を侮辱しているというのは理解できます。だいたい、肌の色をことさらに言挙げすること自体、すでに差別の匂いがします。

ただ、ひとつだけ興味を持ったのは、このチームがどういうつもりでこの「レッドスキン」という言葉を選んだのかという点です。記事によれば「勇猛果敢さを示す」とのことですが、ふつう自らのチームに命名する際は、その言葉にどこかポジティブなイメージを期待しているからですよね。チーム名というのは、それに誇りを抱きこそすれ、ネガティブなイメージを想起させるようなものではありえないと思います。

それでよく分からなくなってしまったのです。スポーツのチーム名には動物がよく登場しますが、それはやはりスポーツが基本的に「闘争」であることから、勇猛果敢で、自らを鼓舞でき、同時に相手を威嚇できるというイメージを付与したいからなのでしょうか。そう考えると先住民を動物に例えて「獰猛」なイメージにつなげるのは差別的である、と言えるのかもしれません。

でもチーム名には動物以外も登場します。こちらで教えていただいたところによれば、「エンゼルス(天使)」とか、「レッドソックス(赤い靴下)」とか、「ロッキーズ(山脈の名前)」とか、「ドジャース路面電車を避ける[dodge]人たち)」とか……。動物であっても、あまり勇猛果敢そうじゃないものもありますよね。「オリオールズ(ウグイスやムクドリの一種)」とか、「カープ(鯉)」とか「スワローズ(燕)」とか。

いずれにしても、その言葉に愛着があるからチーム名にするのではないかと素人考えでは思うのですが、そうなるとこの「レッドスキンズ」は一体どういうつもりでつけたのだろうと。もちろん私は、深く検討されることなく温存されてきた差別が改められ、人々の意識がより公正な方向に行くことは良いことだと思います。でもその一方で、命名の経緯や歴史などを考慮することなく「言葉狩り」が進行していくことにも一抹の不安を覚えます。差別されている側からすれば当然の要求であり、私もそれに反対する格段の理由は持ち合わせていないので、心が揺れに揺れるのですが。

こうなると、例えば「インディアンス」みたいなチーム名も当然批判されるだろうな……と思って検索したら、すでにそうなっていました。

www.nikkansports.com

でもこのベクトルがそのまま維持されるとしたら、「インディアナ州」とか、「インディアナポリス」という都市名などに対しても、早晩改名運動が起こると思います。日本語でも、例えば「東シナ海」とか「インドシナ半島」といった呼称に対して、見直しの声が起こるのかもしれません。

筋肉痛に襲われなくなった

「プロの運動選手は筋肉痛にならない」という話を聞いたことがあります。ジムのトレーナーさんから聞いた話です。運動選手は毎日身体を鍛えているので、我々のようにたまに運動した翌日や翌々日にひどい筋肉痛に襲われる……というようなサイクルにはならないというのです。聞いたときは「そんなものかしら」と半信半疑でした。

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https://www.irasutoya.com/2017/06/blog-post_81.html

男性版更年期障害とでもいうべき不定愁訴と腰痛を解消するため、ジムに通いだして二年半あまり。最初はトレーナーさんについてもらうパーソナルトレーニングだけ週に二回ほど通っていたのですが、そのうち身体が爽快になるのに味をしめて出勤前の早朝に「朝活」として大手のジムにも通うようになりました。

レーニングは「休息もとても大切(トレーナーさん談)」とのことなので、ジムに行かない日も適度に挟んでいますが、今では毎週五日はジムに通っています。トレーニングに費やす時間は一時間ほどですが、不定愁訴はかなり影を潜め、腰痛も以前のようなひどい状態にはほとんど陥らなくなりました。それと、この年齡でも少しずつ筋肉がついていくという楽しみが加わりました。

そんな中、先日ふと気づいたのです。そういえば、ここしばらく筋肉痛を感じていないと。いや、筋肉痛みたいなものがないわけではありません。常に「じわっ」と筋肉が張っているような感覚はある。けれども、以前のような、トレーニングの翌日や翌々日に、下手をすると電車の吊り革を掴むのさえ苦労するような、あのひどい筋肉痛に襲われることはなくなりました。

もちろん、私の身体がプロの運動選手並みになったわけではありません。ただ、二日と開けずにトレーニングしているので、トレーニングで痛めた筋肉が回復する際の筋肉痛を覚える前に、もう次のトレーニングを入れちゃうので筋肉痛を覚える暇がないという感じなのではないか。たぶんこれが「運動選手は筋肉痛にならない」という状態に近いのじゃないかなと勝手に解釈しています。

あいうえおの歌

第二次世界大戦時の1942年から1945年にかけて出版された、『FRONT』(フロント)という大判のグラフ誌があります。原弘、木村伊兵衛など、後に昭和を代表するデザイナーやフォトグラファーとなるメンバーが所属していた、大日本帝国陸軍参謀本部の直属出版社・東方社の発行。これは大日本帝国の対外宣伝用プロパガンダ雑誌で、この時代とは思えないほどの斬新なデザインと、バックに潤沢な予算が想像されるぜいたくな作りが特徴です。

ja.wikipedia.org

私は毎年この雑誌(復刻版)を留学生向けの授業で使い、雑誌を見た感想を聞いています。「大東亜共栄圏」の大言壮語に驚く人もいれば、醒めた目で眺める人もいます。「こうした歴史的資料が今でも残されていて、いつでも見ることができるのはすごい」と自分の国の状況と引き比べて感想を述べる人もいます。

この『FRONT』は14号まで(合冊があるので、実際には8号)発行されたあと、「特別号」として「インド編」と「戦時の東京編」が発行され、そこで敗戦(終戦)を迎えたため終刊となりました。その最後に発行された「戦時の東京編」は中国語と日本語(カタカナ)の併記になっていて、中国語学習者としてもとても興味深いのですが、ある時台湾の留学生に、その裏表紙に載せられている楽譜はなんの歌ですかと聞かれたことがありました。

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私はこの歌を知らなかったので、その時は「調べてみます」とだけ答えたのですが、それは歌詞にただ「あいうえお」の五十音が登場するだけという奇妙な歌でした。

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その後、これが日本の敗戦色が色濃くなりつつあった1944年に制作されたアニメーション映画『桃太郎 海の神兵』のワンシーンで出てくる、南方(おそらく蘭印、インドネシア)で現地の人々に日本語を教育するための歌だということがわかりました。YouTubeに動画があります。なんと、作曲は古関裕而、作詞はサトー・ハチローです。


カラオケ練習用 アイウエオの歌(桃太郎 海の神兵)

この動画だけではわからないのですが、『桃太郎 海の神兵』を見ると、この歌の前段に日本語教師役の兵隊が現地の人々(映画では動物たち)に五十音を教えようとするも、みんなてんでバラバラに好き勝手なことをして「学級崩壊」寸前になっているところ、機転を利かせて歌にして教えたらみんなが唱和してうまく行った……という筋書きになっています。

この映画自体がミュージカル仕立てなので歌の登場は唐突ではないのですが、民衆に言語を教え込む手段としての音楽、という観点で見ると、なかなかに考えさせられるものがあります。しかも映画ではリフレインしながら高鳴る音楽とともに、最後はカタカナの五十音が大写しになるという迫力(?)です。まるでTVアニメの『ルパン三世』冒頭で、その日のタイトルが一文字ずつ大写しになるあんな感じ。何としても日本語を教え込むのだという執念が感じられて、ちょっと怖いくらいです。

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きのう私は、台湾の周杰倫ジェイ・チョウ)氏が東京のコンサートで披露してくれた『ももたろう』を聞いて、それを教えたおばあさまにかつて日本が施した日本語教育を思うと少なからぬ心の「疼き」を感じると書きました。この『あいうえおの歌』にも、同じような「疼き」を感じます。今年の授業にはインドネシアの留学生も多く参加しています。いままさに日本語を学んでいるみなさんが、この歌をどう感じるか聞いてみたいと思っています。

qianchong.hatenablog.com

『桃太郎』に感じる小さな疼きのようなもの

留学生のための一般教養講座で『東アジア近現代史』という授業を担当しています。毎年その授業の一環で『桃太郎 海の神兵』という、1944年に海軍省の後援で制作されたアニメーション映画を紹介しています。この映画のクライマックスに出てくる、落下傘部隊が降下して激しい戦闘を交えるシーンは、1942年1月に行われた「メナド攻略作戦」に材が取られています。

アニメに登場する司令官は、題名の通り桃太郎。髷を結い、日の丸鉢巻に日本刀という、おとぎ話と同じいでたちです。この桃太郎司令官率いる日本軍が、鬼ヶ島の鬼ならぬインドネシア・セレベス島メナドのオランダ軍を「攻略」するというわけです。このメナド攻略戦を含む蘭印作戦(H作戦)は、蘭印(オランダ領東インド)の解放を謳いつつ、主目的は石油資源と南方への進出であり、実質的な侵略戦争でした。

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https://natalie.mu/eiga/news/186189

童謡の『ももたろう』は誰もが一度は歌ったことがあると思いますが、こうした侵略者としての側面を踏まえて見つめ直してみると、なかなかに興味深いというか、心穏やかならぬ歌詞ではあります。一番の「お腰につけた黍団子、一つわたしに下さいな」あたりはカワイイですけど、四番や五番になるとこんな感じです。

4.そりや進め、そりや進め、一度に攻めて攻めやぶり、つぶしてしまへ、鬼が島。
5.おもしろい、おもしろい、のこらず鬼を攻めふせて、分捕物をえんやらや。
桃太郎 - Wikipedia

もちろんこれは童謡ですし、村人にさんざっぱら悪さをしていた鬼たちを「退治」したというおとぎ話ですから、いま現在の視点でこれが不適切だとかポリコレ的に正しくないだとか申し上げるつもりはありません。ただ、よく指摘されることではありますが、こうした童謡やおとぎ話が時として包含している一種の好戦性や残虐性、あるいはそうした童謡やおとぎ話を宣伝やプロパガンダに利用した過去があったという点については、留意しておいてもよいのではないかと思います。

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ところで、この童謡『ももたろう』を聞くと、私はいつもあるコンサートの一場面を思い出します。それは以前にも書いたことがありますが、2006年に東京国際フォーラムで行われた、台湾のアーティスト・周杰倫ジェイ・チョウ)氏のコンサートです。私は当時、このコンサート会場にいたのですが、コンサートの終盤、彼は会場にいた氏のおばあさまを紹介し、『ももたろう』の歌を日本語で歌ったのです。

その時の映像が、YouTubeに上がっているのを最近見つけました。


2006年周杰伦第一次日本演唱会 日本童谣桃太郎

周杰倫氏からマイクを渡されたおばあさまは、流暢な日本語でこう話しています。

孫は、小さい時から、あの、すごく歌が好きでした。私が日本の童謡を教えてあげます(あげました)。
孫に(を)応援してくださいまして、ありがとうございました。

そして周杰倫氏は『ももたろう』を歌い、観客にも一緒に歌うよう促したのです。映像にはおばあさまも日本語で唱和している姿が写っています。

台湾人のおばあさまが今でも流暢な日本語を話すことができ、幼い周杰倫氏に『桃太郎』の童謡を教えることができたのは、かつて日本が50年間(1895年〜1945年)にわたって台湾を統治し、その統治下で行われた日本語教育があったからに他なりません*1。にもかかわらず、そんな歴史的経緯のある台湾の周杰倫氏が、その歌を逆に日本の聴衆に対する親密さのあかしとして歌ってくれたわけです。

当時会場にいた私は、この『ももたろう』を複雑な心境で聞いていました。それはやはり、この歌を台湾人が歌うことに、かすかな「疼き」を覚えるからです。周杰倫氏にはおそらくそうした歴史的背景という意識はなく、単に自分の大好きなおばあさまと日本とのつながりを踏まえ、その日本のファンに向けて「子供の頃から日本に親しみを感じていたよ」というメッセージを送りたかっただけなのだと思います。

でも私には、侵略の歴史をあちらから乗り越えて私たちに語りかけてくれたように感じられました。本来ならまず、こちらから乗り越えてメッセージを送らなければならないのに。そして、いまだあの侵略戦争をまともに見据えすことすら拒否する人が、あるいはいまだ台湾を含むアジア諸国に対して根拠のない優越感や抜き難い蔑視の視線を抱き続けている人が少なくないこの国のありように、申し訳ないような気持ちにもなりました。

いままた『桃太郎 海の神兵』を見て、そして『ももたろう』を聞くと、そのカワイイ造形や歌詞をそのまま受け止めながらも、やはり一抹の疼きを感じざるを得ません。それは自虐でも他虐でもなく、繰り返し自らに言い聞かせる「歴史をきちんと学べ」という自戒のようなものです。だからこそこの授業で留学生にこうした様々な資料を紹介し、ぜひみなさんの意見や感想も聞きたいと思っているのです。

*1:冒頭でご紹介した『桃太郎 海の神兵』にも、現地の人々(映画では動物たちですが)に日本語を教えるシーンが出てきます。https://youtu.be/3KpfRUrvlpA

漆器の必要

漆器が好きで、いくつか持っています。住んでいる部屋はあまりにも狭いので、ふだんからあまり物を増やさないようにしており、食器も必要最小限しか持たないようにしています。そういう「ミニマルライフ」という観点からすれば、他のものでも代替できる漆器はちょいと贅沢なのですが、その「ぬくもり感」はちょっと他では代えがたいと思うのです。

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大きな「こね鉢」はもう何十年も前に引っ越しのお祝いで友人にもらったものですが、いまでも寿司桶などとして大活躍しています。これは天然木の漆器ではなくてメラミン樹脂だと思いますけど、大切に使ってきたので漆も剥げておらず、ちらし寿司など作るとその朱色が華やかさを増してくれてとても楽しい気分になります。

逆に漆の剥げかかった黒い取り皿は、これも何十年か前に骨董屋さんで衝動買いしたものです。当時から漆が剥げかかっていたので激安でした。これはあまり水洗いできそうにないので、懐紙を敷いて和菓子などを載せ、楽しんでいます。

朱と黒の椀だけは、漆器の専門店に出向いて買い求めました。天然木の漆器なので少々値が張りましたが、普段づかいでどんどん食卓に載せています。漆器は扱いが大変そうな印象がありますが、こうして毎日のように使って、その都度すぐ洗い、きちんと水気を拭き取っておけば大丈夫。

何ということもないふだんの味噌汁や炊き込みご飯なども、漆器の椀によそうとそれだけでずいぶん美味しそうに見えるから不思議です。それに漆器は陶磁器とはちょっと違って、中身の熱があまり伝わってこないのも持ちやすくていいんですよね。

フィンランド語 59 …受動態の過去分詞

受動態の現在形と過去形まで学びましたが、この過去形から過去分詞を作ることができます。フィンランド語では過去の否定は「否定辞+過去分詞」なので、これで「受動態過去形の否定」ができるわけです。つまり「〜されていなかった」というような文? おっと、フィンランド語の受動態は「〜される」という受け身の文と捉えるより、単なる一般的な叙述、あるいは「〜しましょう」という呼びかけと考えるべきなのでした。まだ日本語や英語のクセが抜けていません。

受動態過去分詞の作り方は簡単で、受動態過去形の最後にある「iin」を「u/y」に変えるだけ。その単語に「a,o,u」が入っていれば「u」、入っていなければ「y」です。

原形 受動態現在形 受動態過去形 受動態過去分詞
nukkua nukutaan nukuttiin nukuttu
ottaa otetaan otettiin otettu
syödä syödään syötiin syöty
ajatella ajatellaan ajateltiin ajateltu
tykätä tykätään tykättiin tykätty
nousta noustaan noustiin noustu

過去分詞が手に入ったことで、一気に受動態の現在完了形(肯定/否定)と過去完了形(肯定/否定)まで作ることができるようになります。肯定にせよ否定にせよ使われるのは三人称単数の形(肯定辞なら on や oli 、否定辞なら ei や ei ole や ei ollut )だけです。例えば「lukea(読む)」なら……

受動態肯定 受動態否定
現在形 luetaan ei lueta
過去形 luettiin ei luettu
現在完了形 on luettu ei ole luettu
過去完了形 oli luettu ei ollut luettu

以前、能動態(というか通常の文)で動詞の変化を練習しました。現在形・過去形・過去分詞です。そこに今回受動態の現在形・過去形・過去分詞が加わったわけです。つまり、例えば一つの動詞「lukea(読む)」に対して……

能動態(一人称単数) 受動態
現在形 luen luetaan
過去形 luit luettiin
過去分詞 lukenut luettu

……と活用するわけですね。そう、まさに動詞の「六段活用」(?)。「lukea」が与えられたら「luen − luin − lukenut − luetaan − luettiin − luettu」と即座に「活用」できなければならないと。先生からは、こうした動詞の現在形から過去分詞までをすぐに言えるよう口馴しをしてくださいと指示がありました。「odottaa(待つ)」なら「odotan − odotin − odottanut − odotetaan − odotettiin − odotettu」というように。ふ〜。

以前、動詞の活用を練習するためにワークシートを作ったのですが、そこにこの受動態を加える必要がありますね。例えば「ajatella(考える)」なら……

現在形肯定 現在形否定
一人称単数 ajattelen en ajattele
二人称単数 ajattelet et ajattele
三人称単数 ajattelee ei ajattele
一人称複数 ajattelemme emme ajattele
二人称複数 ajattelette ette ajattele
三人称複数 ajattelevat eivät ajattele
受動態 ajatellaan ei ajatella
過去形肯定 過去形否定
一人称単数 ajattelin en ajatellut
二人称単数 ajattelit et ajatellut
三人称単数 ajatteli ei ajatellut
一人称複数 ajattelimme emme ajatellut
二人称複数 ajattelitte ette ajatellut
三人称複数 ajattelivat eivät ajatellut
受動態 ajateltiin ei ajateltu
現在完了形肯定 現在完了形否定
一人称単数 olen ajatellut en ole ajatellut
二人称単数 olet ajatellut et ole ajatellut
三人称単数 on ajatellut ei ole ajatellut
一人称複数 olemme ajatellut emme ole ajatelleet
二人称複数 olette ajatellut ette ole ajatelleet
三人称複数 ovat ajatellut eivät ole ajatelleet
受動態 on ajateltu ei ole ajateltu
過去完了形肯定 過去完了形否定
一人称単数 olin ajatellut en ollut ajatellut
二人称単数 olit ajatellut et ollut ajatellut
三人称単数 oli ajatellut ei ollut ajatellut
一人称複数 olimme ajatellut emme olleet ajatelleet
二人称複数 olitte ajatellut ette olleet ajatelleet
三人称複数 olivat ajatellut eivät olleet ajatelleet
受動態 oli ajateltu ei ollut ajateltu

さらに命令形と第三不定詞、第四不定詞(動名詞)もありました。

命令形肯定 命令形否定
単数 ajattele älä ajattele
複数 ajatelkaa älkää ajatelko
第三不定 第四不定
ajattelemassa ajatteleminen
ajattelemasta
ajattelemaan
ajattelemalla
ajattelematta

あと、以前に条件法というのも学んでいます。たぶんこれにも受動態があるんでしょうね。まだ授業では出てきていないんですけど。

条件法現在肯定 条件法現在否定
一人称単数 ajattelisin en ajattelisi
二人称単数 ajattelisit et ajattelisi
三人称単数 ajattelisi ei ajattelisi
一人称複数 ajattelisimme emme ajattelisi
二人称複数 ajattelisitte ette ajattelisi
三人称複数 ajattelisivat eivät ajattelisi
受動態 ajateltaisiin ei ajateltaisi
条件法完了時制肯定 条件法完了時制否定
一人称単数 olisin ajatellut en olisi ajatellut
二人称単数 olisit ajatellut et olisi ajatellut
三人称単数 olisi ajatellut ei olisi ajatellut
一人称複数 olisimme ajatelleet emme olisi ajatelleet
二人称複数 olisitte ajatelleet ette olisi ajatelleet
三人称複数 olisivat ajatelleet eivät olisi ajatelleet
受動態 olisi ajateltu ei olisi ajateltu

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……さすが「悪魔の言語」、とんでもないことになってきました。バージョンアップしたワークシートで、引き続き訓練していきたいと思います。

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Saunan jälkeen ei syöty eikä juotu mitään.

パーソナルトレーニングのいいところ

新型コロナウイルス感染症の対応ということで東京都から出されていた休業要請が段階的に緩和され、その「ステップ2」としてスポーツジムも6月から営業が再開となり、ほぼひと月が経ちました。私が通っているジムも、様々な感染防止策を講じつつ営業しているのですが、以前に比べるとやはり利用者の数はまだかなり少ないように思います。

パーソナルトレーニングのトレーナーさんともこの間のことを色々と話しました。ジムが営業再開になって戻ってきたお客さんたちは、この蟄居生活中にすっかり身体がなまってしまった人、体調を崩してしまった人、あるいは逆にそれほど体力や筋力が落ちなかった人など、さまざまだったそうです。トレーニングをしている方ならお分かりかと思いますが、いったん訓練を休んでしまうと、それもひと月ふた月単位で休んでしまうと、元のペースに戻すのはかなり骨が折れます。

ジムによってはトレーニング中もマスクの着用を要請しているため、かなり息苦しいです。でも身体を動かすことが気持ちいいのであまり苦にはなりません。営業再開になって初めてベンチプレスをしたときは、心底気持ちいいと思いました。在宅勤務が続いていた時期も運動不足を恐れて、自重を使って腕立て伏せや、古本の束を使ってワンハンドローイングなどを行っていたのですが、やはりダンベルやバーベルの重さに比べればかなり負荷が軽く、トレーニング後の爽快感にも欠けていました。

そう、やはり筋トレは、自分の能力ギリギリのところでトレーニングするから結果もついてくるのだと改めて思いました。その意味で、やはり一対一でサポートしてもらえるパーソナルトレーニングは欠かせないとも思いました。それなりに出費がかさむので自分一人でトレーニングすることも多いのですが、その場合は自分の能力ギリギリまでウェイトを増やすことができません。恐いですし、危なくもありますし、どうしても自分に甘くなってしまうからです。

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https://www.irasutoya.com/2018/10/blog-post_49.html
https://www.irasutoya.com/2020/06/blog-post_51.html

定期的にトレーナーさんについてもらうと、こちらの能力を客観的に見極めてもらいながら、自分の能力ギリギリ、あるいはサポートをしてもらいながら自分の能力よりちょっと「キツめ」の負荷をかけてもらえる。ちょっとした身体の使い方のクセや歪みなどをその都度指摘してもらえる。こういうところがパーソナルトレーニングの利点です。そしてまた、そういうふうに負荷をかけないと、筋トレの結果も出にくいんですね。

コロナ禍でジムをお休みしていたときの自分と今を比べて、つくづくそう感じました。

フィンランド語 58 …受動態過去形

引き続き受動態を学んでいます。受動態というと、大昔に学んだ英語では「be動詞+過去分詞」で「He drew the picture. → The picture was drawn by him.」みたいな、日本語で言えば「〜される」というまさに受け身的な捉え方をしてしまうのですが、フィンランド語のそれはかなり違った様相を呈しているのでした。

いつもお世話になっている『フィンランド語文法ハンドブック』に沿って簡単に復習しておくと……

1.「〜しましょう」の文
Mennään ravintolaan!
レストランへ行きましょう!


※文頭に受動態の形を置くと、呼びかけの文になり、しかも現代フィンランド語では頻繁に使われる表現とのことでした。一番最初に覚えたあいさつの「Nähdään!(さようなら)」もこの形で、ようは「また会いましょう!」という呼びかけなのでした(Nähdä:会う)。

2.「〜する」の文
Japanissa syödään riisiä.
日本では米を食べます。


※受動態ということで、つい「日本では米が食べられています」と理解したくなりますが、この文はむしろ「人々が、彼らが、私たちが〜する」というとらえ方をすべきで、つまり「誰が」という主語を明確に表現しない文だということでした。

3.「私たちは〜する」の文
Me käydään Suomessa kahden viikon kuluttua.
私たちは二週間後にフィンランドを訪れます。


※現代フィンランド語では話し言葉で「私たち」が主語の時、この受動態が頻繁に使われるとのことでした。しかも否定には必ず「ei」だけが使われると。つまり「Me ei käydä Suomessa(私たちはフィンランドを訪れません)」となって、本来なら「Me emme käy Suomessa」となるべきなのに何だかヘンなことになっているのでした(ei は三人称単数の否定辞ですし、käydä は結果的に原形に戻ってしまっています)。これ、正式には誤りだとされているものの、実際にはこの言い方をするのが一般的だということでした。

受動態過去形

さて、これをふまえた上で、受動態過去形の作り方を学びました。受動態現在形の後ろから4つの綴りを「tiin」に変えるのですが、その時「逆転」が起こります。具体的には……

原形 一人称単数 受動態現在形 逆転 受動態過去形
nukkua(眠る) nukun nukutaan t → tt nukuttiin
ottaa(取る) otan otetaan t → tt otettiin
syödä(食べる) ✕(vA以外は伸ばしてn) syödään d → t syötiin
ajatella(考える) ajatellaan ll → lt ajateltiin
tykätä(好む) tykätään t → tt tykättiin
nousta(上がる) noustaan st は不変化 noustiin

これらは、受動態現在形の最後が「taan/tään」のときは「ttiiin」に、それ以外のときは後ろから4つの綴りを「tiin」にする。ただし「staan/stään」だけは単に「stiin」にして「sttiin」とはしない、とまとめられそうです。

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Saunan jälkeen juotiin olutta.

インドネシアをめぐる二つの作品

『桃太郎 海の神兵』というアニメーション映画があります。日本の敗戦が色濃くなっていた1944年に製作され、翌年の春(つまり終戦・敗戦の年)に公開されたこの作品、戦時中によくまあここまでというくらい見ごたえのある作品になっており、逆にそれが国策映画として莫大な資金を注ぎ込んだ末のものであること、その背後で一般民衆が苦しんでいたことをを考えると、見るたびに複雑な気持ちになる作品です。

私は職場で、外国人留学生向けに「東アジア近現代史」という授業を担当しており、毎年その授業でこの作品を紹介しています。紹介する前にその都度この作品を見返すのですが、今年はより深い感慨を持って見ました。それは今年のこの授業に初めて、インドネシアの留学生が六人ほど参加しているからです。そう、この『桃太郎 海の神兵』がその後半のクライマックスで描いているのは、インドネシアのセレベス島・メナドへの奇襲作戦に材を取った落下傘部隊の「活躍」なのです。

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桃太郎 海の新兵 デジタル修正版

当時の日本政府が国策のベースとしていた「八紘一宇」と「アジア解放」を主題に据えている(Wikipedia)というこの作品。勝手に人さまの国の土地に入り込んで測量を行い、木を切り倒し、基地と飛行場を建設し、現地の人々に日本語を教える……という侵略の過程が、動物をモチーフにした愛らしいキャラクターでもって、ミュージカル仕立てで描かれていきます。

今回インドネシアという視点から見てみると、落下傘部隊の奇襲作戦直前に挿入されている影絵風の昔話(オランダなど西洋諸国によるインドネシア侵略を描いているようです)が、インドネシアの伝統的な影絵芝居ワヤン・クリ風であったり、攻略後の交渉で登場するオランダ人(当時インドネシアは「蘭印」、つまりオランダ領東インドでした)と思しき西洋人が「ふにゃふにゃ」の描かれ方をしていたりなど、注目ポイントがたくさんあります。著作権の関係もあって授業でこの作品を全部上映することはできませんが、これはぜひインドネシア留学生の感想も聞いてみたいところです。

ところで、インドネシアといえば最近、倉沢愛子氏の『インドネシア大虐殺』を読みました。1960年代に、スカルノ大統領を巡って起こされた二つのクーデターと、その間に行われたPKIインドネシア共産党)党員を対象とする大虐殺についての研究がまとめられたものです。一節には200万人以上が殺害されたと言われるこの大虐殺について、私はこれまでほとんど知りませんでした。時代的には中国の文化大革命や、ベトナム戦争と相前後する歴史的な大事件だというのに。

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インドネシア大虐殺-二つのクーデターと史上最大級の惨劇 (中公新書 2596)

そしてまたあのデヴィ・スカルノ氏(いまやタレントとして有名なあのデヴィ夫人です)を始め、多くの日本人がこの間の歴史に関わっていたことも、この本でつぶさに知ることができました。デヴィ氏はスカルノ大統領の第三夫人で、クーデターとその後の混乱のさなかに、スカルノ大統領を支えるために東奔西走されたよし。スハルト氏が実権を握った後は、デヴィ氏の故郷である日本への亡命という計画まであったことがこの本にも記されています。

そして、途方もない虐殺を迫害の末に人生を狂わせてしまった人々のその後についても、粛然とさせられるような気持ちで読みました。終章にある「虐殺が最も激しかった観光地バリでは、道路の脇や風光明媚な海岸の一角に、実はいまだに大量の死体が埋まっている」という一節がとても重く響きます。そういえば数年前(かな?)に『アクト・オブ・キリング』という映画がありましたよね。確かこの件を扱った映画だったはず。これも、ぜひ見てみようと思います。

そして、授業でここまで深く掘り下げられるかどうかはわかりませんし、たぶんとてもセンシティブなテーマだとは思うのですが、機会があって、みなさんが乗り気なようであれば、この件についてもインドネシア留学生に聞いてみたいと思っています。この件について現代の学生さんたちは知らされているのか、教わったことがあるのか、ご家族から何か聞いたことはないか……などについて。

アベノマスクの「衝撃」を忘れない

今朝の新聞の、5ページ目だか6ページ目だかの目立たないところに、小さな囲み記事が載っていました。「アベノマスク全世帯配布完了」。400文字ほどの短い記事です。配布完了しちゃいましたか……。このほとんど役に立たなかった、問題山積で遅れに遅れ、貴重な財源を無駄遣いした愚かな政策が、見直されることなく完遂されてしまったわけです。郵便局のみなさん、回収や検品に忙殺されたみなさん、ほんとうにお疲れさまでした。

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私はこの天下の愚策が発表された時、自分のなかで何かが壊れるのを感じました。安倍政権についてはそれまでも色々と疑問を感じていましたが、布マスク二枚全戸配布という施策が「急激に拡大するマスク需要に対応する上で極めて有効だ」(日経4/2朝刊)という暗愚なドヤ顔宣言に接して、なにかこう政府に対する期待なり希望なりがもう根本からポキっと折れてしまった。あれは、私たちの心にとって何か大きな転換点になるような、国や政府というものに対するスタンスをガラッと変えてしまうような、そんなインパクトを持っていたような気がします。

qianchong.hatenablog.com

かつて中国に留学していた際、現地で知り合った大学生にこんなことを言われました。「中国は上(指導者層)がしっかりしているけれど、下(民衆)が心もとない。日本は下がしっかりしているけれど、上が心もとない」。要するに日中双方の為政者の能力について、そして国民全般の資質について、中国(の知識階級)にはそういう見方があるんだよ、と教えてくれたのです。

私は当時、それはあまりにも単純化した物言いだなあと思ったものですけど、今次のコロナ禍における官民の対応をみるにつけ、いまでも彼らの見立ては当たっているのではないかと思います。

またずっと時代が下って数年前、とある中国人ジャーナリストを講師に招いたセミナーで通訳をした際、政府筋にも近いというそのジャーナリスト氏はこんなことをおっしゃっていました。「正直に言って、中国の指導者層は日本の指導者層に対して『もっとしっかりしてくれないと困る』と思っている」。つまり、日本の指導者層があまりにも近視眼的な政争に明け暮れ、天下国家と世界情勢について深慮遠謀がなさすぎるので、中国としては却って対日政策を立てにくいから困るというわけです。

この話を聞いて、当時の私はとても恥ずかしく思いましたが、今回も「布マスク二枚全戸配布」という施策に接して、外国籍の職員や留学生が多い職場で働く私は、極めて恥ずかしい思いをしました。だって外国籍のみなさん、おたくの政府もいろいろと興味深いよねと、憐憫とも同情ともつかぬ微笑みを私に投げかけてこれらるんですもの。

アベノマスクの、ある種の「衝撃」を私たちは忘れてはいけないと思います。

「そういう文化なのだ」に感じる妙なリアリティ

もうずいぶん前の話ですが、その国のとある大学で、正門前の歩道にたむろしている何人かの女性を見かけたことがあります。女性はなぜかいずれも赤ちゃんを腕に抱いており、通りかかるわれわれに“辦證,辦證,要辦証嗎?(証明書、要らない?)”と呼びかけてくるのです。

「あの人たちは何をしているの?」と友人に聞いたところ、あれは偽造の証明書を請け負う仕事だと教えてくれました。学生証や卒業証書を作ってくれるのだと。彼女たちはいわば「窓口」で、呼びかけに応じて証書の作成を依頼すると、大学近くのどこかにある仕事場に連れて行ってくれるとのこと。

「なんでみんな赤ちゃんを抱いているの?」という質問に関しては、妊婦や乳飲み子を連れた女性は警察も手出ししないからと友人。無類の子供好きが多いかの国ならではの「人情」からくる法なのかしらと思いましたが、そういう商売が成立していることも含め、何だかよくわからないままいつもその正門を行き来していました。

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そんな光景を思い出したのは、今朝の東京新聞で『女帝 小池百合子』にまつわる編集子氏のコラムを読んだからです。都知事選を前に小池氏のカイロ大学卒業という「学歴詐称問題」を問いただす同書について、同じカイロ大学で学んだことがあるという編集子氏が「(自身を含め)カイロでそれなりの期間学んだ友人や知人らは総じて冷静だ」とおっしゃるのです。

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折しも都知事選の真っ最中で、いささか「ナマ」な話題だからか、編集子氏の書き方にはどこか持って回ったようなところがありますが、「エジプトという国ではそんな奇跡も起こりうる。それを経験的に知っている」という部分には妙なリアリティを感じました。それは冒頭で書いた自分の、かの国での見聞にも通底するものがあると思ったからです。

この件に関しては先日、イスラーム法学者のハサン中田考氏も冷めた見方をされていました。そして「そういう文化なんで、変なことでもなんでもないんです」という部分に、これまたリアリティを感じました。なんとなれば、それもまた自分がその昔、かの国で思っていたことと非常によく似通っていると感じるからです。いま現在も、あの赤ちゃんを抱いた女性たちが存在するのかどうかは知らないのですが。

www.kk-bestsellers.com

余談ですが、上掲の東京新聞コラム、語学に関して編集子氏が「心に残った」とおっしゃる部分に私も共感しました。

この本で心に残ったのは「アラビア語に全力で立ち向かい、習得しようと熱心に励んだ人ほど報われていないように見えるのだ」という一節だった。

これはことアラビア語に限らず、様々な言語の(特に日本社会における)業界で広く囁かれる嘆きのようなものではないでしょうか。そしてコラムはこう続くのです。

そうかもしれない。だとすれば逆説的だが、語学なんかにとらわれず、立身出世に励む人生のほうが世俗的には正解なのかもしれない。でも未知の世界を切り開いていく外国語習得という修業には、俗な欲得を凌駕する魅力がある。

そうなんですよね。だからこそある語学に「ハマる」ーー就職に有利だからなどという理由とは全然別のところでーーということが起こるのかなと思います。語学を扱う職業に対する評価が異様に低いこの国で、それでも少なからぬ人が「俗な欲得」など預かり知らぬところで語学の「修業」に没頭しているというこの不思議な光景。コラムの締めくくりにある「生き方の違い」というひとことが心にしみるのでした。

紙とハンコだらけの国で留学生に申し訳ない

ふだんから留学生のみなさんと接していると、時々とても申し訳ないというか、恥ずかしい気持ちになることがあります。それは例えば、この国の諸手続きの、あまりにも時代遅れなあり方についてです。

例えば新入生は学校から「学生カード」のようなものに記入するよう求められます。これは在学中に学籍を管理したり、進路相談に応じたりするときに使われるものなのですが、これが何と今どき「手書き」。だいたい入試を受ける段階ですでに願書を提出しているのですから、あらかたの項目についてはすでに学校のパソコンに登録されているはず。そのデータを使って学籍を管理すれば済む話で、住所など更新された部分があれば、それも端末から訂正すればよく、紙の資料にする必要はあるのだろうかと思います。

しかしうちの学校は、その入試の願書からして手書きを求めています。いえ、うちの学校だけではないかもしれません。きっとまだ多くの学校で願書から学籍簿から、ありとあらゆる資料が紙での提出が求められているのでしょう。しかし時代が時代ですから学籍管理のシステムくらいはすでに学校に備わっています。つまり、学校はその紙で提出された資料を、事務局の職員が手作業で一つ一つパソコンに入力しているのです。あまり効率的ではないですよね。

さらにうちの学校は、学籍簿に写真を添付するよう求めています。スマホでも簡単にデジタルの写真が撮れる時代に、証明写真をわざわざ撮り、学籍簿に定められた写真添付欄の大きさにチョキチョキ切り、裏に糊をつけて添付するのです。これらすべてを(これにとどまりませんが)毎年何十人何百人という留学生に求め、担任の教師が回収し、あるいは書類の不備をチェックし、写真の糊が剥がれていた場合には「しょうがないなあ」ってんで、もう一度貼り直してあげる……そんな光景が繰り広げられています。

また留学生のみなさんは、ときにビザの更新や就職活動の面接などで授業を休むことがあります。その際にはあらかじめ「公欠届」というものを提出しなければなりません。もちろん単なる欠席とは違うので届け出なり申請なりが必要なことは分かりますが、例えば面接ともなると、訪問先の担当者にサインとハンコをもらい、それをまた担任の教師のところに持っていって承認のハンコをもらい……などということが2020年の現在でも行われています。以前はさらに主任のハンコをもらう欄もあったのですが、これはさすがに廃止になりました。

私もクラス担任を仰せつかることがあるのですが、そうやって担任として留学生にあれやこれやの非効率な事務手続きを支持するたびに、本当に気が滅入ります。そして「日本はとても珍しい習慣が残っているんですね」という顔つきで、しかし律儀に「センセ、ハンコください」と教員室にやってくる留学生のみなさんに申し訳なく思うのです。

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https://www.irasutoya.com/2018/12/blog-post_822.html

うちの学校もさすがにこのままではいけないと、新しい学籍システムが今春から稼働しています。まだ本格稼働ではないので上述したような非効率はそのまま残されていますが、数年のうちには改善していくものと期待しています。数年じゃなくて今すぐ改善してほしいですけど、そこはそれ、学校の規模も大きいので。ま、このスピードも留学生のみなさんから見れば「牧歌的だなあ……」ということになるのかもしれませんが。

toyokeizai.net

昨日、ネットでこの記事を読みました。日本人の労働生産性OECD諸国の中でも際立って低いというのはもう長らく言われていることですけど、今次のコロナ禍を経てさえこのありさまでは、夏目漱石の『三四郎』に出てくる広田先生じゃありませんが「滅びるね」というネガティブな言葉も吐きたくなろうというものです。

ともあれ、紙の資料もハンコも、そしてFAXも……こうした「日本文化」が、留学生のみなさん、それもお若いみなさんから見れば、すでに「センセも大変ですね」と半ば憐れみと同情をもって受け止められるものであるというのを、私は現場で日々感じています。私を含め、日本よ、もうそろそろ変わって行きましょうよ。

……というわけで、まずは隗より始めよ。私は自分の「お薬手帳」をスマホアプリにしました。かかりつけ薬局も、服用中の薬剤の情報も、服用方法の指示もすべて呼び出せて便利です。とはいえ、病院や薬局ではいまだに診察明細書も領収証も次回予約票も保険調剤明細書も薬剤解説書も、み〜んな紙にプリントアウトして渡してくださるんですけどね。

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