インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

紙幣を折る

先日、たくさん溜まっていた外国のお金を寄付してスッキリしたところですが、中国の人民元を整理しているときにこんな懐かしいものが混ざっていました。いちばん左は2角紙幣と1角(1角は1人民元の10分の1)紙幣を重ねて三角形に折ったもの、真ん中は2角紙幣を2枚重ねて折ったもの、右は1分(1人民元の100分の1)コイン9枚を1分紙幣1枚でくるんだものです。つまりそれぞれ、3角、4角、1角ぶんに相当するわけです。

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これらのお金は、中国に住んでいたとき、バスの車内で運賃を払ったときや、屋台で食べ物を買ったときなどにお釣りとしてもらったものです。電子決済が急速に進んでいる現代の中国では想像もできないかもしれませんが、私が最初に中国へ行ったころはまだバスに車掌さんが乗っていて、運賃は現金を手渡しで払っていました。

バスにしろ屋台にしろ、とにかくたくさんのお客さんの支払いに対応しなければなりませんから、少しでもお釣りを渡す時間を節約するために、こうやってまとまった単位をあらかじめ準備しておいたわけですね(たぶん)。1分のアルミ貨など、当時でももはや「分」単位で買い物をすることはほとんどありませんでしたから、10分、つまり1角にまとめておいたほうが使い勝手がよかったのでしょう。

これも今となっては、当の中国人留学生も信じてくれないかもしれませんけど、満員でぎゅうぎゅう詰めのバスに乗っているときにも、プロの車掌さんはまだ運賃を支払っていない乗客を目ざとく見つけては「そこの人、払って!」と声をかけたものです。とはいえ、バスの降車口に陣取っている車掌さんまでは手が届かない……のですけれども心配はいらず、乗客がお金をリレー形式で車掌さんまで送ってくれて、お釣りがまたリレー形式で戻ってきたのです。

こうした折ったり包んだりしてあるお釣りは、疑い出せば「ほんとうに2角紙幣が2枚なのかしら」とか「ほんとうに中に1分硬貨が9枚入っているのかしら、8枚でもわからないじゃない?」などとなりそうですが、まあ1角や、まして1分単位でごまかされても、その貨幣価値からすればたかが知れています。だからこうやって立派に「流通」していたんですね。バス内でのお釣りリレーもそうですけど、何だかとても牧歌的で、隔世の感があります。

さて、そうやって暮らしの中で私の手元にやってきたお釣りのうちのいくつかがこの写真のお金なのですが、当時の私はお金(紙幣やコイン)に対する中国人の考え方にいたく興味を覚えて、それでいままで保存していました。つまり何というか、モノとしての紙幣やコインに対して私たち日本人ほど思い入れがないというか、紙幣やコインは価値を代替しているだけであって、単なるツールだよねという感覚。だからこうやって使いやすく加工するのもアリでしょと。透徹したリアリストたる中国人の面目躍如だなと私などは思うのです。

キャッシュレス社会ではこれもすでに昔語りになりますが、以前は中国を旅行して「お釣りを投げて寄こされた」ことにカルチャーショックを受ける日本人がいたものです。私はこれも、お金は単なる価値の代替物でしかないから、単なるツールだからという中国人の貨幣観(?)の反映じゃないかなと思っていました。

そこへいくと日本人は紙幣やコインそのものを敬うというか、大切に扱うような文化ですよね。ピン札にこだわるとかもそうですし、ましてや上掲の写真のように折ったり包んだりする使い方はまずしないでしょう。まあ、紙幣の肖像のところを縦にジグザグに折って、肖像画が笑ったり泣いたりするのを面白がる、みたいなのはありますけど。

中国にはほかにも、紙幣をいろいろな形に折る文化(?)があります。試みに“纸币折纸(紙幣の折り紙)”で画像検索しただけでも、こんなにあります。

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これは私の同僚の中国人がお財布に入れている、ハートの形に折った1元札です。これは財や福を招くみたいなお守り的意味あいがあるのかなと思ったのですが、ご本人によれば特にそういう意図ではなく、なんとなく長年こうしてお財布にいれてあるだけ、なんだそうです。