インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

わたしに話さないで

カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』じゃないんです。「わたしに話さないで」。より正確に言えば「わたしに話しかけないでください」でしょうか。ヘアサロンで、スタイリストさんとの話が苦手な私は、いつもそう思っています。

先日も髪を切りに行ったのですが、スタイリストさんが天気や天候の話に始まって、仕事や趣味の話、夏休みの有無や過ごし方、さらにはパリ五輪の話題などを振ってこられるので、正直に申し上げてとても疲れてしまいました。なにせ私は五輪に対してまったく興味がなく、あまつさえ近代五輪はすでにその役割を終えており、かつ利権にまみれてしまっているので早くやめるべきとまで思っている人間なんですから。

もちろんスタイリストさんだって、こちらの人となりを会話によって把握してよりよいサービスにつなげようと思ってらっしゃる、あるいはそこまで行かなくてもリラックスした雰囲気を作ろうと努力されている……のだとは思います。だから私もそこはそれ、上述のようなエキセントリックな主張はもちろんいたしません。適当に話を合わせておけばいいのだろうとは思っていますし、じっさいいつも無難なところで適当かつ曖昧な返しをしています。

でもね、もう疲れちゃったの! 歳も取ったし、いつまでもがまんして自分を偽るのはやめにしたいの! スタイリストさんに悪気がないことは重々承知していますが、こんどこそ「ごめんなさい、会話が好きじゃないので、私に話しかけないでくれますか?」と言おう。毎回そう思っているのですが、けっきょく上述のような体たらく。いい歳して「コミュ障」かよと思われるかもしれませんが、じっさいのところまさに「コミュ障」だと思います、私。教師や通訳者なんて仕事をしている人間が言うのもどうかと思いますが。

それで、話しかけないことをサービスのひとつとして掲げているヘアサロンはないのかしらと思ってネットを検索してみて、びっくりしました。ないどころか、ある、ものすごくたくさんあるんです。自分がいつも利用している HOT PEPPER Beauty にも「接客へのご要望」で「なるべく静かに過ごしたい」をチェックして検索ができる機能がありました。知らなかった〜!

ほかにもこちらの、「会話が苦手な人なら思わずうなずく、美容院での“本音”を描いた漫画に共感」という記事に私も共感しました。「追加料金払うので話しかけないで」……まんま私の本音ですよ、これ。

www.walkerplus.com

同じように思っている方はたくさんいるんだな、と心強く感じました。次からは「自分を偽るのはやめたい!」などと年甲斐もなくキレるのではなく、粛々とこういったお店を選びたいと思います。ああ、なんだかホッとしました。

でも、こんな話題でネットが盛り上がるのって、内気でシャイで人見知りであることにかけては世界でも定評のある日本人ならではなのかなと思って、試みに中国語でいろいろ検索してみたら、こんな記事が見つかりました。

news.gamme.com.tw
www.japaholic.com
www.hk01.com

でもこれらはいずれも、日本において「話しかけられないヘアサロン」が人気だということをなかば興味深そうに紹介する記事です。へええ、日本人にはそんなサービスが受けるんだ、みたいな。となるとやっぱりこれは、日本人ならではの現象なのでしょうか。他の国や言語圏でも、同じように感じている方々はいるのでしょうか。