インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

ミュージカルはコンサートなのだ

先般ロンドンに行った際、というかほとんど「通過」したようなものですが、ウエスト・エンドでミュージカルを見ました。私はこれまでミュージカルというものを数えるほどしか見たことがなくて、しかもそのほとんどがどこか消化不良という感じでした。演劇は大好きなのですが、どのミュージカルを見ても演劇としての感動は薄かったといいますか、どうにもその劇空間に入りこめていない自分を発見してしまうのです。

ミュージカルに対してよくある「なぜ突然歌い出すのか?」という違和感があるわけではありません。感情が高ぶればつい歌いたくなる気持ちは私にもわかります。それに私が大好きな能だって問答をしていたと思ったら突然歌いだしたり、そこにコーラスが重なったり……これはまんまオペラやミュージカルそのものですし、突然歌い出す違和感を逆手に取って、落語と絶妙に組み合わせた柳家喬太郎師匠の『歌う井戸の茶碗』なども大好きです。

それで今回は、まず入門編ということで「レ・ミゼラブル」、それとマイケル・ジャクソンの生い立ちから伝説のライヴ・イン・ブカレスト(Live In Bucharest: The Dangerous Tour)までを舞台化した「MJ」を見ました。

円安の影響もあってとにかく物価が高いので、いずれも天井桟敷みたいな場所から舞台を見下ろすような席で鑑賞しましたが、豪華な舞台、大音量の音楽と効果音、迫力とキレが半端ない歌とダンス、とにかく圧倒されました。その意味ではすばらしいエンタメ体験だったのですが、ショーとしてあまりにも予定調和で、カッチリと出来上がりすぎているような感じがして、演劇としてはやっぱりごめんなさい、つまらないなと思ってしまいました。

見せ場ごとに出演者全員がストップモーションになり、会場からしばし万雷の拍手が湧く……というその繰り返しは、ご贔屓の役者や「推し」に対する拍手や掛け声ばかりが目立ってもはや台詞や演奏を楽しむ芸能ではなくなりつつあるように感じられる当世の歌舞伎と似ているなとも思いました。

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ただ、日本に帰ってきてからネットを検索していたら、「ミュージカルはコンサートみたいなもの」と書かれている方がいて、ああそうか、そうだったんだと腑に落ちました。見巧者なミュージカル通には怒られるかもしれませんが、演劇というよりコンサートだと思って楽しめばいいのだと。

実際いずれの劇場でも、周りのみなさんはかなりノリノリで上演中も拍手はもちろん、口笛や歓声や、ときに奇声を張り上げまくっていましたし、お酒を飲みながら見ている人、踊っている人、天井桟敷から身を乗り出して見ている人も多かったです。歌舞伎座などでは「乗り出さぬよう」くりかえし注意されますけど、彼の地では写真撮影禁止のプレートが掲げられる程度で、あとはとにかくフリーダムな空間でした。幕間になぜかみなさんアイスクリーム食べてる(劇場スタッフが舞台袖に売りにくる)のもおもしろい。

ミュージカルにもいろいろとバリエーションがあり、全編これ歌とダンスというものもあれば、台詞で演じられるストレートプレイの比重が高いものもあるのだそうです。ただいずれにしてもオペラのように全体がひとつの音楽作品になっているというよりは、いくつもの曲を次々に歌い上げていくというパターンが多いようで、これはまさにコンサートやライブと同じ構成ですよね。台詞の部分はMCと思えばいいのかな。

とにかく自分の中ではミュージカルに対する見方がずいぶん変わりました。次は初手からコンサートを楽しみに行く感覚で劇場に向かいたいと思います。今回は私、お酒も飲みませんでしたが、次からは必ずビールかスパークリングワイン片手で。あ、でも、日本の劇場は飲食禁止なんでしたっけ?