インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

くらし

東京の都心を歩く

街の風景や建物を見ていて、ときどきとてもはかない気持ちになることがあります。「世の中はこんなに複雑で豊穣で、ずっと昔から続いてきて、これからもずっと続いていくのだろう。この風景や建物だって自分が死んだ後もある程度はここに残り続けるのだろう…

「常在戦場」ってこういうことかしら

コロナ禍の不安におびえながらも、お能の稽古を続けています。五月に国立能楽堂で発表会がある予定なのですが、その頃感染状況はどんな感じになっているでしょうか。最悪、延期か中止になることもあるかもしれません。あるいは「無観客に」……? 不安の種は尽…

いつかたこぶねになる日 漢詩の手帖

私は詩というものが分かりません。いや、唐詩や宋詞にも、俳句や短歌にも、また明治期以降の新体詩にも「いいなあ」と思うものがたくさんあって惹かれ、中には諳んじているものだってあるけれども、自分で紡ぎ出すことができないのです。詩心というものに乏…

你好小朋友 中国の子供達

ネットでたまたま見つけた動画を留学生の通訳訓練に使ってみました。1983年に出版された写真集『你好小朋友 中国の子供達』の写真家・秋山亮二氏の動画です。youtu.be一目見て、いいなあと思いました。子供たちの表情がとてもいい。この写真集は長らく絶版だ…

台湾の“魚酥”

台湾の友人が“魚酥”を送ってくれました。うちの招き猫も喜んでいます。これ、おいしいんですよねえ。“魚酥”はこの「味香魚丸店」が元祖らしいですが、友人がお店を紹介したテレビ番組の動画も教えてくれました。非凡大探索_正宗創始小吃_淡水60年魚酥なるほ…

じい散歩

最近、東京都心をできるだけ歩くようにしています。男性版更年期障害とでも言うべき不定愁訴は週に三回ほどのジムの筋トレでかなり解消されたのですが、有酸素運動が足りません。といってジムのドレッドマシンで三十分も四十分も走り続けるのはあまり面白く…

遺言未満、

紙の新聞って、すっかりお年寄り向けのメディアになっちゃいました。いつも職場の図書館で新聞各紙を読んでいるのですが、まずそこに載っている広告の、ほとんどが中高年やお年寄り向けだなあと思います。そして気がついてみれば基本的な事実を述べる記事(…

五輪を弔う

森喜朗氏の女性蔑視発言に端を発する五輪組織委員会のゴタゴタが尾を引いています。思い起こせばこの五輪、その招致時から賄賂疑惑や「アンダーコントロール」の吹聴など数多くの問題があり、招致が決まってからも新国立競技場の建設、エンブレムの盗作疑惑…

さよなら、男社会

読みながら、ずっともどかしい気分に囚われていました。ときにそれは軽い「吐き気」を催すような居心地の悪さでもありました。尹雄大氏の『さよなら、男社会』の読書感です。もどかしい気分になるのは、自分の中ににも確実にある「男性性」の正体がなかなか…

ダークサイドに堕ちているかもしれない

あからさまな女性蔑視発言をして世界中から顰蹙を買い批難を浴びているのに、ちっとも反省の色が見えない森喜朗氏。氏のみならず、首相も与党幹部も、財界からも擁護なり黙認なりの声が次々に伝わってきて、本当に情けなく恥ずかしい気持ちです。女性蔑視発…

ウイルスの世紀

新型コロナウイルスに対するワクチンの接種、日本は非常に遅れているという報道に接しました。news.yahoo.co.jpいつの間にか、「日本は医療や医薬に関して世界でも最先端の体制を整えている」という自負のようなものが私たちにはあったと思うのですが、それ…

「エラソー」な物言いを慎みたい

先日の、森喜朗氏(東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長)の記者会見は酷かったですね。もともとコロナ禍で東京五輪の中止を求める声が国民の八割にも達している中、わざわざ大量の燃料を投入してさらに炎上させようと目論んだのかとさえ思える…

電子ペーパーで絵を飾りたい

スウェーデンの画家に Simon Stålenhag(シモン・ストーレンハーグ)という方がいて、私はその荒涼としたディストピア感あふれる画風になぜか惹かれています。心躍るような要素はほとんど見当たらないにも関わらず、わずかに漂うユーモア。そして、よくよく…

ハエを見かけなくなった

むかし「ハエ取りリボン」ってのがありました。若い方にそう言ったら「なにそれ?」と言われましたが、たしかにもう長い間お目にかかっていないような気がします。というか、都会ではハエ自体がほとんどいなくなりました。私は虫がやや苦手なので、正直あま…

俺の家の話

ドラマ好きの同僚から「面白いよ、まだ間に合うよ」とお勧めされて TVer で見た『俺の家の話』第一話。能楽「観山流」宗家一家のお話で、ところどころに能楽が出てきて確かに面白かったです。www.tbs.co.jp「観山流」というくらいだから観世流の「もじり」か…

「華人のLINEやチャットの返信は日本人より格段に速い」問題

華人(チャイニーズ)のメールやLINEやチャットの返信は日本人より格段に速い。留学生クラスで「自分の国と日本とで、違いを感じる風俗習慣は何ですか?」と聞いたら、日本人は返信が遅いという答えが返ってきたという問題。別の華人留学生クラスで聞いてみ…

すでにして現地について行けてない

中国語に“入鄉隨俗”という言葉がありまして、日本語では「郷に入っては郷に従え」などと訳されます。華人留学生の通訳クラスでこの言葉が出てきたので、「みなさんが日本で、自分の国とずいぶん違うと思った生活習慣は何ですか?」と聞いてみました。会社の…

無邪気な冷笑

昨日はバイデン米大統領の就任式ライブをちょこっとだけ見て、そのあとレベッカ・ソルニット氏の『それを、真の名で呼ぶならば』をパラパラと読み返していました。以前も書きましたが、この本に収められた「無邪気な冷笑家たち」が改めて心にしみます。専門…

就任式を祝うことができる人々

早朝、出がけにメールをチェックするためにパソコンを開けていたら、バイデン氏の米大統領就任式、そのライブ映像が目に留まりました。ちょうど Andra Day 氏が “Rise Up” という曲を歌っているところで、BLM(Black Lives Matter)が大書されたあのホワイト…

増田みず子氏の『小説』

読み始めたら止まらなくなり、一気に読み終えました。読みながら何度も驚き、ちょっと怖くなりさえしました。まるで自分のことが書かれているようだったのです。著者の増田みず子氏は私よりも一まわりから二まわりも年上の女性で、これまでの経歴も環境も違…

自分で考えること・自分の考えを持つこと

もうひとつ、渡辺恭二氏の発言集『幻のえにし』で、社会や政治の問題について述べているインタビューが心に残りました。渡辺氏は数年前に出た『さらば、政治よ: 旅の仲間へ』でも個人が政治にどう関わるかについてかなりシニカルなスタンスで語られていまし…

モノは人間を豊かにしてくれる

渡辺京二氏の発言集『幻のえにし』を読んでいたら「モノは人間を豊かにしてくれる」というお話がありました。 モノというのは、よく清貧とかなんとか言うけれど、人間にとって、自分が来ているシャツが気に入っているとか、着てて気持ちがいいとかは、実はと…

SNS以外の文字を読む

Twitterを使い続けて十年あまり。時に放置したり、時に依存症気味になったりの濃淡はありましたが、毎日のように利用してきました。それでも最近は情報を入手するのが主で、自分からつぶやくことはかなり少なくなりました。こうやってブログに文章を書いてア…

デジタル写真が存在しなかった時代

1990年代の前半に、私は熊本県の水俣市で仕事をしていました。仕事をしながら農作業の真似事みたいなこともしていて、現代でいうところの「Iターン就農」みたいなのを30年前にやっていたわけです。結局私は田舎の閉鎖的な人間関係や因習みたいなものに嫌気が…

コロナ後の「中国的なもの」に対するヘイトを憂慮する

「こんなたちの悪いウイルスは経験したことがありません」。神戸大学医学研究科感染症内科教授の岩田健太郎氏がご自身のブログでおっしゃっていました。「人々を油断させ、『ただの風邪』だと思わせ、世界中に、そして日本中にウイルスを撒き散らし、確実に…

推しに萌えて尊いと思う

日本の文化は、わび・さび・萌え。落語家・柳家喬太郎氏のネタです。ところが最近はこの「萌え」がすでにして古い言葉になり、いまは「推し」であるよし。なるほど、確かに「萌え」をあまり聞かなくなった一方で「推し」はよく聞きますし、目にしますね。私…

テレワークが増えたら、定期券を買うのは損?

緊急事態宣言の発令に際して、知人が「定期券を更新するかどうか悩む」と言っていました。「テレワークが増えたら損じゃん」と。私は最初その意味が分からなくて、しばらく考えたあとに「ああっ!」と叫びました。なるほど、定期券代は通勤手当として会社か…

ヒゲをたくわえてみた

能楽師は「ヒゲ」を生やしちゃいけないんだそうです。特に主役をつとめるシテ方は老若男女に亡霊など人間以外の存在も演じますから、かなり「キャラ」が固定されちゃうアイテムであるヒゲは、たぶんご法度なんでしょうね。でも面(おもて・能面)をつけるん…

三行で撃つ

だれもが文章を書きたがっています。試みにAmazonで「文章術」をキーワードに検索してみると、驚くほど多くの書籍がヒットします。それも刊行日がごく最近のものがたくさん。これは個人のSNSアカウントやブログがネットにあふれている現代、文章を書きたい、…

カレンダーを配るのって必要ですか?

年賀状という「虚礼」をやめて数年。今年はついにほとんどどなたからも年賀状をいただかなくなりました(それでもこんな私にくださった方、たいへん申し訳ありません)。年末の「年賀状をどうしよう」という心理的な圧力から開放されて、本当に本当に気が楽…