インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

鱔魚意麵

虱目魚”と並ぶ台南の味として思い浮かぶのは“鱔魚(タウナギ)”です。とりわけこの食材を使った“鱔魚意麵”はとても庶民的なB級グルメとして知られています。台湾南部で働いていたころ、同僚に連れられてこの鱔魚意麵を食べに行ったことがありました。とてもおいしくて強く印象に残っているのですが、職場で出会う台湾人留学生にそう言うと、ときどき「微妙」な表情をされることがあります。

ウィキペディアの「タウナギ」の項には「血液が多いために肉は独特の黒い色で、日本ではほとんど食べる習慣がない」と書かれています。たしかに台湾の店先で調理のために処理されているそれは赤黒くて、人によって好みが分かれるかもしれません。

私はというと、ドジョウなんかも大好きなので淡水魚系のこの鱔魚も好物です。特に土くさいわけでもなく、小骨が多いわけでもなく、とても食べやすいと思うのですが、留学生の反応を見るに、ひょっとすると台湾人でもちょっと苦手という人はいるのかもしれないですね。

で、その鱔魚意麵です。かつて台南で食べたお店がどこだったのかはまったく覚えていませんが、意麵ーー説明が難しいですが、かた焼きそば(皿うどん)に使われる揚げた太麺を熱湯でふやかしたようなものとでも言えばいいでしょうかーーの上にとろみのついた鱔魚の「あん」がかかっていたものでした。ふつう鱔魚意麵といえばこのあんかけ(勾芡)スタイルが基本のようで、そのほかに炒めただけ(乾炒)のスタイルがあります。


▲真ん中が“勾芡”で、両端が“乾炒”です。

久しぶりに食べた鱔魚意麵はおいしく、そして懐かしかったです。ただ正直なところ、これを日本の家族や友人にもあまねくお勧めするかといえば、それこそくだんの留学生のように「微妙」なところがあるかもしれません。個人的には、ほんの少し甘酸っぱい味つけに鱔魚の滋味深い味わいが合わさって、しみじみおいしいなあと思うのですが。

虱目魚”のときにも申し上げましたが、こうした味を食べつけていなくて、かつ食に保守的な方というか、もうちょっと口幅ったい言い方をさせてもらえるなら「異文化を異文化のまま、とりあえずは受け取ってみる」というスタンスなりマインドなりの少ない方にとっては、ちょっと敷居が高い味ということになる可能性があるからです。勇んでお勧めしたものの微妙な反応が返ってきて、向こうもこちらも気まずい思いをすることもありますし。

実は鱔魚や虱目魚を使った料理のみならず、B級グルメの数々、たとえば麵線でも碗粿でも肉圓でも蚵仔煎でも臭豆腐でも同じことを考えます。私はこうした食べ物のお店を探すときに、たとえばGoogleマップなどの「クチコミ」も参考にするのですが、そこでたまに日本人とおぼしき旅行者やローカルガイドと称する方々がかなり辛辣なコメントを書き、低評価をつけているのを見かけることがあります。

それはそれで正直なところでしょうし、日本人の視点による情報もまた日本人旅行客にとっては必要なのかもしれません。でも私は「日本人の舌と好みに合うかどうか」で他所様(よそさま)の土地の食べ物を評することには、いささかの抵抗を覚えるのです。鱔魚のように「日本ではほとんど食べる習慣がない」ような食材についてはなおさら。食べ慣れなくて当然じゃないですか、そしてもう少し食べ慣れてみたら違う感覚を抱くかもしれないじゃないですか。

そんなことを言い出したら、そもそもネットのクチコミ自体が成立しなくなりそうですし、確かにお店によっては「はずれ」もあるんですけど……。ときおり「今度台湾へ旅行に行くんだけど、お勧めのお店を教えて」と知人や友人に聞かれることがあります。そんなとき、もちろん喜んでお勧めしたいけれども、はたしてこの人は上述のような「スタンス」や「マインド」を持ってらっしゃるかしら、とちょっとだけ考えてしまうのです。