インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

誤訳としての大英帝国

吉田健一氏の『英国に就いて』を読んでいたら、こんな記述がありました。

英国の歴史の上で十九世紀、ことにその後半に当るヴィクトリア時代は対外的にも、また国内でも最も大きな発展があった時代であって、日本では何かの誤訳で大英帝国と呼ばれている、英帝国が出現したのもこの時期である。(64ページ)


英国に就いて

なるほど、いままで漠然と「大英」は“Great Britain”を訳したものだと思っていました。カズオ・イシグロの小説『日の名残り』で、主人公のスティーブンスが「この国土はグレートブリテン、『偉大なるブリテン』と呼ばれております。少し厚かましい呼び名ではないかという疑義があるやにも聞いておりますが」と語っているように、ちょっとエラそうだなあという感覚とともに。

でもよく考えてみたら“British Empire”なんですから、吉田氏のおっしゃるとおり「英帝国」でいいはずですよね。“British Airways”は「英国航空」でしたっけ。でも日本では“British Museum”を「大英博物館」、“British Library”を「大英図書館」などと称しています。『英国に就いて』には、こうも書かれています。

これはおそらく、フランスのブルタアニュが小ブリテンと呼ばれていたのと区別する為に、英本国を大ブリテンと称したのから生じたものである。(83ページ)

この件に関してはWikipediaにも「小ブリテンブルターニュ/大ブリテングレートブリテン島」という区別についての記述とともにこんなことが書かれていました。

British Empire」の日本語訳として「大英帝国」が使われ始めた詳しい経緯は、今でもハッキリとしていない。しかし、大まかな流れとしては、「Great Britain」と「British Empire」の2つの英語の単語は、文明開化期から日英同盟締結期にかけて徐々に結びついており、日本人は当時の西洋、特に「イギリスを世界最先端の文明とみなされる」という傾向があるためであった。
また、「大英帝国」と「大日本帝国」をわざわざ対称の意図で使われ、「大英帝国」という翻訳は日英同盟の成立のあとに日本語の文脈で定着していたと考えられる。
イギリス帝国 - Wikipedia

なるほど、確かに「大日本帝国」もエラそうというか多分に夜郎自大的な呼称ではありましたが、そういうメンタリティが日本人をして“British Empire”→「大英帝国」と訳さしめたのかしら。そういえば中国語でも“大英帝國”とか“大英博物館”などと言うんですけど、これは明治期の清国留学生によって日本語から持ち込まれたのかな。でも“大清國”とか“大清帝國”などと称していたから、あちらはあちらでもとから威張っていたのかもしれません。

British Empire大英帝国」という翻訳をめぐっては、長沼美香子氏のこちらの論文『大英帝国という近代 大日本帝国の事後的な語り』(pdfファイル)もとても興味深く読みました。ご教示に感謝申し上げます。