旅行における楽しみは人それぞれだと思いますが、私の場合は食べ歩きです。いえ「でした」と言うべきでしょうか。年を取って、若いときのように片っ端からおいしいもの、めずらしいものを食べてまわるということができなくなりました。ほんの少し食べただけでお腹いっぱいになってしまうのです。
これでも筋トレなどしていますから(旅行中もゲスト利用できるジムを探して行っています)、同年代の方に比べればまだ食べるほうかもしれません。それでもせっかく見知らぬ土地へきたのだから朝ご飯はこれ、昼ご飯にはこちらへ行って、夕飯はこんな感じで、あと甘いものもあれこれ……と考えていても、その半分も達成できないという体たらくです。
雲田はるこ氏と福田里香氏の『R先生のおやつ』というマンガ兼レシピ本があって、そのなかに初老のR先生の助手であるKくんという二十歳の学生が出てきます。この二人は最終章で食材を仕入れに台北まで出かけるのですが、そこでKくんは大食漢ぶりを発揮して同行のフォトグラファーがげんなりするほどに食い倒れるのです。あああ、同じ初老の私も、Kくんみたいな助手がほしいです。そしたらあれこれ少しずつご相伴に預かれるのに。あ、もちろん食事代は私が持ちますから。
そんなよしなしごとを考えつつ、旅行中はすぐにいっぱいになるお腹をさすってため息をつくのです。少ししか食べられないくせに、中年ないしは初老にふさわしくポッコリとしたお腹を。ホント、お若い方々は、お若いうちにできるだけあちこちへ旅行したほうがいいです。どなたかにお金を借りてでも。年を取ってお金も時間も多少余裕ができてから思う存分……などと思っていても、体力(と、それにともなう「健啖」力)に余裕がなくなるのですから。
ことほどさように、中年になり、初老と呼ばれる年に差しかかって初めて分かるリアルというものがあるわけで。マレーシア系華人のシンガーソングライター阿牛(陳慶祥)に『大肚腩』という懐かしい曲があって、こう歌われています。
如果有一天我有了大肚腩 你對我是否意興闌珊
如果有一天你成了黃臉婆 我是否會嫌你又老又囉嗦
いつかぼくがポッコリお腹のオジサンになったら きみはぼくに見向きもしなくなるだろうか
いつかきみが化粧っ気のないオバサンになったら ぼくはきみを面倒なやつだと思うだろうか
この歌はいつまでも一緒にいようねという気持ちを吐露する、きわめてお若いふたりの恋愛ソングですけど、どこか老成しているような雰囲気があります。いつかはぼくも太鼓腹になっちゃうんだろうなあという一種の諦念みたいなものが感じられるんです。その意味ではアイドルソングとして異色でした。いっぽうその「いつか」がやってきて、まさにその“大肚腩”になりつつある私としては、むかし聴いていた頃よりさらに好きになりました。
余談ですけど、阿牛には“對面的女孩看過來”という大ヒット曲があって、台湾の歌手・任賢齊(リッチー・レン)にも提供されていました。彼らが出演した“夏日的麼麼茶”という映画があったのですが、ふたりが20年ぶりに映画のロケ地を再訪するという番組を、先日偶然Youtubeで見つけました。現在、阿牛氏は47歳、任賢齊氏にいたっては57歳だって。でもおふたりともあんまり変わっておらず、いまだ“大肚腩”でもないような(この番組自体は2020年の制作だそうです)。歲月“無”不饒人。びっくりしました。
この映画のテーマソングである“浪花一朵朵”も、なかなか可愛くて楽しい曲です。