インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

三寶

中国語圏で“三寶(三宝)”という言葉が頭についているB級グルメのメニューがあります。三寶飯とか三寶牛肉麵とか、三種類の具材を盛り合わせてご飯や麺の上にのせました的なもので、三種類が一度に味わえるのでとても豪華で(しかしそこはB級グルメなので、お財布にやさしく)幸せな気分になれます。

街で見かける三寶飯は香港式の焼き物を盛り合わせたものが多いようで、たいていは鶏肉(油雞)、豚肉(叉燒)、鴨肉というかアヒル肉(燒鴨)の三種類がのっています。鶏肉が鹽水雞だったり、いずれかのかわりにソーセージ(臘腸)が入っていたりなどバリエーションもあるでしょうか。店頭のショーウインドウに吊るされた褐色に輝く肉たちが大きな包丁でばんばん切られてご飯にのっけられて……うおお、あと私はそこに煮卵(滷蛋)も加えたい。

三寶、つまり「三つの宝」というのはもともと仏教用語で、仏教徒が崇拝すべき三つの要素、仏(ブッダ)と法(ダルマ)と僧(サンガ)のことなんだそうです。敬虔な仏教徒ほど素食者、つまり肉を食べないベジタリアンであるというのに、あえてのこのネーミングもいい根性をしていますが、まあこれは「三大◯◯」と同義で、要するにいちばんおいしいところを三種類ということなのでしょう。

台北に戻ってきて、台北駅近くの民泊へいったん落ち着いたあと、近くの食堂へ牛肉麺を食べに行きました。ここにはお店イチオシの“三寶牛肉麵”があって、牛肉・牛筋・牛肚(ハチノス)がどっさり乘っています。好きなだけ取っていい高菜漬けも乗せて食べると至福の味です。ここの牛肉麺は、手打ちのうどんみたいなちょっと不規則な形の麺で、これがまたスープによくからんでおいしいんです。特に私はハチノスが大好きで、イタリア料理のトリッパもすばらしいですけど、台湾の滷味や三寶牛肉麵で食べるコレも、それにまさるとも劣らぬ口福です。


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三宝は仏教だけでなく、日本の神道にも登場します。神様への供え物をのせる台が「三宝(または三方)」と呼ばれるんです。お正月の鏡餅をのせる台としてもおなじみです。私は子供の頃、母親の影響でとある新興宗教の価値観の中で育ち、この宗教は神道系の儀式をベースにしていたので暮らしの中に三宝の存在が当たり前にありました。私自身は大学生の時に自力で洗脳を解いたので、それからは縁のない世界ですが、それでもいまだに「三宝」という文字を見聞きするたびにちょっと複雑な気持ちになります。

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あと台湾で“三寶”にはもうひとつ別の意味があります。交通ルールを守らない人々を指す言葉です。もともと「女性・お年寄りの女性と男性」の交通事故が多かったというところから来ているそうで、そののち例えば「酒駕、屁孩、老人」つまり酒に酔っている人、年端のいかない子供(というより行動が幼児的みたいな含意)、お年寄りのように、交通の妨げになる人々という意味合いで使われます。つまり交通事故に遭いやすい「交通弱者」というよりは、交通ルールを守らない、あるいは交通ルールをよく理解していない「邪魔者」みたいな語感ですよね、たぶん。

三寶という仏教用語を用いて、対象を持ち上げるように見せかけながらその実貶めているという一種の言葉遊びみたいなものなんですが、だいたい言葉のもともとの発祥からしミソジニーの気が濃厚ですし、現代の感覚からすればもはや差別用語ですので、我たち外国人は使わないほうが無難だと思います。