インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

トリッパをめぐって

「ハチノス」という内蔵肉があります。一般的には牛の第二胃のことで、これは牛のように反芻する性質がある動物に特徴的な器官なんだそうです。私はこのハチノスが大好きで、中国や台湾でおつまみ的に食べられている煮込み(“滷味”のような)も好みですが、いちばん目がないのはイタリア料理のお惣菜「トリッパ」です。

ハチノスは内蔵肉独特の臭みを上手に抜くのに技術がいるためか、“滷味”に使われている八角のような、あるいは花椒のような、比較的香りの強い香辛料と合わせるのが常道のようです。

そこへいくとトリッパは通常トマトソース、あるいはワイン風味で作られているので、強烈な香辛料でカバーできるわけでもなく、さらに調理に技術が要りそう。そのためなのか、デパ地下などのイタリアン系お惣菜屋さんでもあまり売られていません。

たまに見つけるとうれしくて買って帰るのですが、これがけっこうお高いです。それにハチノス独特の「食べごたえ」にも少々欠けるものが多いように思います。ハチノスは、あの独特の蜂の巣状のヒダヒダ食感を楽しみつつ「わしわし」と食べたいところ。でもデパ地下のそれは私にはちょっとお上品すぎるかなあと。

そうしたら二月ほど前、仕事のついでに立ち寄ったカフェ・パスクッチの麹町店で理想のトリッパに遭遇しました。ランチのセットメニューになっていて思わず注文したのですが、こちらのトリッパは基本トマト味ベースながら、トマトソースは使われていません(おそらく)。サン・マルツァーノみたいな調理用トマトで控えめなトマト味にまとめられていて、とてもシンプルな味つけ。しかもハチノスがかなり大ぶりに刻まれていて、臭みも上手に抜いてあって、とてもおいしかったのです。添えてあるピアディーナ(トルティーヤみたいな薄いパン)もうれしいです。

しかもいちばんうれしかったのは、全体的にとても薄味だったことです。外食、ことに東京での外食は、私にはまず味が濃すぎて閉口することがほとんどなのですが、このトリッパはかなり「淡麗」な味つけでした。うれしさのあまり、イタリア人と思しき店員さんに感想を伝えたくらいでした。

それから二ヶ月ほど経って、また所用で麹町のカフェ・パスクッチの近くまで来たので、ランチにこのトリッパを食べに行きました。そうしたら、お皿の外観はまったく同じでしたが、味が極端に塩辛くなっていました。私にとっては頭痛を催すくらい塩辛いです。

あの薄味に対して他のお客さんから苦情が来たのかしら。とても残念な思いで、でも全部食べ終えて店をあとにしました。お会計のときにいちおう「今日は塩がやけに強かったですね、ははは」とできるだけ穏やかに(クレーマーっぽくならないように)店員さんに伝えました。店員さんは「シェフに伝えますね」とおっしゃってくださいました。

さて、次回訪れたとき、トリッパの味はどうなっているでしょうか。あの淡麗でいて、ハチノスの食感を存分に堪能できる元の味に戻っているといいなあ。