インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

どうしてあんなにしっかりと話せるんだろう

職場の学校では三年ぶりに文化祭というものが復活しまして、私が担当している留学生クラスも恒例の日本語劇を上演するため、ただいま練習の真っ最中です。台本は私が「容赦のない日本語」で書きました。留学生による日本語劇といえば、とかく「易しめ」の、例えば日本昔ばなしみたいなのを選びがちなのですが、大人の留学生諸君にはそれでは物足りないと思うのです。

とはいえ、台詞の抑揚やニュアンスについては、少々難しいところもあります。たとえば「外国語を学ぶってのは、いうなれば自分の母語とは違うものの見方を身につけるということですから」という台詞があって、この「〜とは違うものの見方を」の部分など、「〜とは違うものの/見方を」というふうに発話しちゃったり。「ものの見方」でひとまとまりですよね。

というわけで、私がそういう間合いや感情を盛り込んで録音を吹き込み、参考にしてもらうこととしました。……が、自分の声を聞いて、いまさらながらに幻滅します。


https://www.irasutoya.com/2015/07/blog-post_70.html

いや、もちろん、録音した自分の声は、普段自分が認識している自分の声とは異なって聞こえるので、それはまあ良しとします。ただ滑舌が悪すぎるのです。かつてアナウンス教室やボイストレーニングなどにも通ったというのに、それでいてこの体たらく。

台本の台詞を読むならまだいいのです。私は会議などで自分が話している録音を聞くこともありますが、そのときはかなり落ち込みます。滑舌の悪さに加えて、冗語が多く、話の組み立てもわかりにくい。中国語でいうところの“邏輯性(ロジカル性)”や“層次性(階層性)”に著しく欠けています。

マツコの知らない世界』というテレビ番組がありますよね。あれが好きでよく見ているのですが、いつも驚嘆するのが、登場する様々な方(その多くは一般の方です)の話し方がとてもしっかりしていることです。滑舌がよく、冗語が少なく、そして何より話そのものに、さらには話し方の雰囲気に魅力がある方が多い。

先日は「デコトラ」ならぬ「デコチャリ」の世界ということで、12歳の少年が語っておられました。その時も、その話しぶりと話の内容に引き込まれました。比べるのもおこがましいけれど、自分が12歳のときにあんな話し方ができていたでしょうか。

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そういう人ばかりを選りに選っているのでしょうか、それとも一つの世界に秀でた人はみんなあんな話し方に到達するものなのでしょうか。確かにご自分の大好きなこと、よくご存知のことを話しているから弁が立ついう側面もあるでしょう。でもそれだけではない何かこう、頭の回転の速さというか、物事の認識の解像度の高さというか、うまく言語化できませんがそういう要素が介在しているような気がします。そういえば以前、『ブラタモリ』に登場する一般の方の話しぶりについても同じようなことを感じました。

qianchong.hatenablog.com

通訳学校の生徒さんにも、すばらしい話し方をする人が時折います。本当に聞き惚れてしまいます。才能という側面もあるのでしょうけど、自分は話すことについてまだまだ修行が足りないと思うのです。