インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

ATOKの亡霊

5年以上使い続けてきたMacbook Airを買い替えました。ちょうどM3チップ搭載のMacbook Airが登場したばかりで惹かれたものの、結局自分の仕事内容などをあれこれ勘案したすえにMacbook Proへ乗り換えることにしました。メモリなど増設するとけっこうな価格になるので、オンラインで注文するときはかなり緊張しました。

Macうしの旧機から新機への移行は、専用のユーティリティ「移行アシスタント」があるのできわめて簡単に終了……するはずでしたが、これがそうは行きませんでした。最終段階にいたって、日本語と英語の入力がまったくできない状態に陥ったのです。入力システムはほかに中国語とフィンランド語が入っていて、こちらはなんの問題もないのに。

かなり時間をかけてネットをあちこち検索してみるも原因がわからないので、Appleのサポートに電話をして助けてもらうことにしました。電話口のサポートスタッフさんはきわめてていねいに、時にリモートで画面を共有しながら、いろいろとアドバイスをしてくださいました。結局のところ原因は、以前旧機に入れて使っていた日本語入力システムのATOKにあるようでした。

私はパソコンの黎明期からATOKのお世話になっていて、とても愛着のある入力システムでした。日本発のシステムを応援したいという気持ちもこもっていたと思います。ところが定額制サービスの「ATOK Passport」に移行しはじめた頃からユーザーサポートの複雑さや冷淡さが目立つようになり、いろいろと疑念をつのらせたあげく「Google日本語入力」に乗り換えてしまいました。

そのときにATOK関連のファイルはすべてアンインストールしたはずだったのですが、今回新しいMacbookを立ち上げてみると、システム設定のキーボードにある入力ソースの日本語と英語が明らかにおかしく、いったん削除してもういちど設定しても日本語入力の名称がなぜかATOKになってしまい、依然入力がまったくできない状態のままなのです。

Appleのサポートスタッフさんによれば「実は同じようなケースを比較的多く承っております。おそらくシステムの深いところに残っているATOK関連のファイルが何らかの『悪さ』をしているものと推測されます」とのことでした。おおお、手を切ったはずのATOKが何年もの時を経てこうして亡霊のように災いをもたらしているのですね。「捨てられた恨み晴らさでおくべきか」と。能『船弁慶』に出てくる平知盛の怨霊みたい。


▲後ろの人物が薙刀を振りかざした平知盛になっててくれたらよかったんですけど。

サポートスタッフさんは「ATOKが原因ということになりますと、私どもではなんともしがたく……」と逃げ腰になりはじめたのでちょっと絶望しかけました。が、「ほかに何か方法は」とすがる私に、最終手段として工場出荷状態に戻すという手がありますとのことで、結局それを選びました。Office for Macなどいくつかのアプリケーションが引き継げないのは痛かったですが、すべてのファイルはクラウドに置いてあるのでそこまで大きな損害にはいたらずにすみました。

というわけで、数珠を揉んで怨霊を祈り伏せた武蔵坊弁慶のようなサポートスタッフさんには感謝しかありません。ただ「同じようなケースを比較的多く承っております」おっしゃりながらも途中で船を降りかけ、もとい「私どもではなんともしがたく……」と逃げの姿勢を示されたのだけがAppleさんのサポートらしからず、ちょっぴり残念ではありましたが。