インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

あとどれくらい生きられるか

職場がある建物の前の広場に臨時の献血所が開設されていたので、ほんとうに久方ぶりですがご協力申し上げることにしました。私の歳では献血はできないんじゃないかと勝手に思い込んでいたのですが、基本的には69歳まで可能なんだそうです。

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受付で住所や氏名などを書き、説明を受け、体重を測定し、右手の人差し指で静脈認証用の登録をし、医師の問診と血圧測定……というところで、高血圧、とりわけ下の血圧(拡張期血圧)が高すぎるということで、今回は見合わせましょうということに。もちろんこちらの安全を考えてくださったわけですけど、ちょっと残念でした。スタッフの方が申し訳なさそうに「せめてこちらをどうぞ」と減塩のカップラーメンとビスケットを渡してくれました。

普段から血圧は若干高めではありますが、このときは下が120、上は180という、自分史上かつてないほどの高血圧でした。献血前の血圧測定では、こうやって日頃とはかなり違う高い値が出る人がいるんだそうです。帰宅して夜にもう一度測ったら、通常と同じ程度の血圧でした。久しぶりの献血で気持ちがたかぶっていたのかしら。しかしながら献血を断られて、あらためて自分の身体がもうかつての「それ」ではないことを実感しました。

ずいぶん前から男性版更年期障害とでも言うべき不定愁訴に悩まされていて、その解消のためにジムに通うようになりました。そのかいあって一時期はかなり改善が見られたのですが、昨年あたりから以前とは違う「しんどさ」に見舞われるようになりました。ジム通いも数年前までは週に4〜5回だったのに、3回でもしんどくなり、いまや2回行くのが精一杯です。

トレーナーさんからは「トレーニングには休養も不可欠なんですから」と慰められます。それはその通りなのですが、あきらかに体力が落ちているのです。それでも健康診断などの結果はまずまず良好で、特に何かの疾患を抱えているわけでもなければ、薬を服用しているわけでもありません。なのにこの「しんどさ」、この「ぐだぐだ感」ときたら。

自己暗示になりそうですからあまり悲観的なことは考えたくありませんが、これがまさに「老いていく」ということなのかなと思います。以前は当たり前のようにできていたことが、一つ一つやりにくくなり、ついにはできなくなっていく。トレーニングだけじゃありません。暮らしのさまざまな場面で、以前のようにできなくなったことが他にもたくさんあります。

厚生労働省が発表している最新の平均寿命にあたってみるに、私はそこまであと20年ちょっとあります。でもこの「老いっぷり」や「弱りっぷり」をみるに、とてもそこまでは到達できないんじゃないかと思います。少なくとも、現在のように一応行こうと思えばどこにでも行けて、何でも食べられて、学びたいものを学べて……という状態でその歳まで行くのは難しいんじゃないかと。

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だから最近は、自分はあともう十数年しかこの世にいられないのだと仮定して、いろいろな物事を考えるようにしています。うっかりそれ以上生きることができれば、それはそれで「めっけもの」ということで、もうそんなに先の未来まで人生を見通すことはできないのだと諦めました。何もかも、というような欲張りな考え方はやめて、続けられるもの・続けたいものを絞り、それ以外からは降りることにしたのです。

不思議なもので、そうやっていったん諦めてしまうと、少しだけ心と身体が楽になったような気がします。あと十数年しか生きられないのですから、“bucket list”に従って、やりたいことをやり、やりたくないことはやらないのです。私と同じ年代で、もっと身体が弱っている方、あるいは闘病している方から言わせれば、あんたは呑気でいいねとお叱りを受けるかもしれませんけど。

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先日そんなことをーー「僕はもうあと十数年しかこの世にいないと思ってます」みたいなーージムのトレーナーさんに言ったら、「ええ〜、いなくなるの、寂しいです」と言われました。社交辞令だとは分かっていますけど、彼の言い方があまりに率直だったので、ちょっと込み上げてくるものがありました。