インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

大谷選手のグローブとマンゴー崇拝

アメリカ・メジャーリーグ大谷翔平選手が日本国内すべての小学校に3個ずつ、合計約6万個のグローブを寄贈というニュース。発表からひと月あまりを経て、各地に届き始めたというニュースが再びマスメディアを賑わせていました。

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折しもクリスマスに重なったことから「大谷サンタ」さんからのプレゼントという形容も。さっそく使った子どもたちの声が紹介されたり、子どもたちだけでなく教師や自治体の職員も興奮気味だと伝えられたり。贈呈式が行われた学校もあり、また自治体や学校によっては、グローブをいったん展示して、市民や保護者にも見てもらうという措置を講じたそうです。中には「(3学期始業式のお披露目まで)神棚にでも飾っておこうかなと思っております」という学校まで。

まさにクリスマスプレゼント!大谷翔平選手のグローブ愛媛に届く「神棚に飾っておこう」【愛媛】 (23/12/25 18:35) - YouTube

グローブと一緒に入っていた大谷選手からの手紙には「私はこのグローブが、私たちの次の世代に夢を与え、勇気づけるためのシンボルとなることを望んでいます」とあったそうです。もちろん、大谷選手がポケットマネーを何にどう使おうと自由だと思いますし、憧れのスター選手からの贈り物に子どもたちやその周囲の人々が心躍らせる気持ちもわかります。それでもやや狂騒気味とも思えるこうした報道に接しながら、私は思わず「マンゴー崇拝みたい……」とつぶやいてしまいました。

マンゴー崇拝(芒果崇拜)というのは、いまではおそらく中国人でも知っている方は少ないかもしれませんが、文化大革命時期(1966年〜1976年)に行われたマンゴー(あの果物のマンゴーです)に対する一大崇拝ムーブメントのこと。外国の使節からマンゴー40個を送られた毛沢東が、そのマンゴーを毛沢東思想宣伝隊に「下賜」したところ、それが労働者階級への感謝や愛情、さらには毛沢東自身の自己犠牲的な精神のシンボルととらえられ、熱狂的な「崇拝」を生み出したというものです。

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いまとなってはちょっと信じられないというか、あまりその熱狂ぶりをカリカチュアライズし過ぎるのも酷かなという気もしますが、とにもかくにも当時そのマンゴーは防腐処理を施されて「展示」されたり、マンゴーを煮た汁をみんなで飲んだり、マンゴーの図案が毛沢東バッヂにあしらわれたり、さらにはマンゴーのレプリカが作られて広く鑑賞(?)の対象になったり、果ては「マンゴーは毛沢東からの贈り物であっただけではなく、彼そのものであるかのように取り扱われた」のでした。

じつは私、かつて友人に文革関連グッズのコレクターがいて、一度そのマンゴーのレプリカの本物(ややこしい)を見せてもらったことがあります。おそらく蝋細工であろうそのマンゴーは、台座つきのガラスケースに収められ、ガラスの表面には毛沢東の顔と下賜を寿ぐ言葉がプリントされていました。


The curious case of Pakistani mangoes in China - Prism - DAWN.COM

いまとなってはパロディグッズとしか思えないほどのレプリカ。文革という時代を背景に、常軌を逸していたと言わざるを得ないマンゴー崇拝は、多大な災厄をももたらす原因となった毛沢東への極度の個人崇拝、その危うさを象徴する出来事のひとつとして、後世に語り伝えられるべきものだと思います(前述したように、知っている方はもはや当の中国人自身にもあまり多くはありませんが)。

大谷選手がプレゼントしたグローブをそれになぞらえるなどとんでもないとお叱りを受けるかもしれませんが、ここ数日の「グローブ到着」を熱狂的に伝える本邦の報道に接しながら、私はどうしても違和感を禁じえませんでした。

おそらく大谷翔平氏は、ご自身のプレゼントによってこんな狂騒が引き起こされるとはあまりイメージされていなかったのかもしれません。でも1校あたりグローブ3個、学校の規模も児童数も、それになにより野球が好きかどうかも問わず、一律に配るというそのアイデアは、あまりスマートではないのではないかと思ったのも正直なところです。この時代の、個人的な備忘録としてここに記しておきたいと思います。