華人留学生の通訳クラスで、教材に「爭取清真的商機」というフレーズが出てきました。「清真」は「イスラム教の」という意味で、「商機」は商機、つまりビジネスチャンスのことですから、いまふうに言えば「ハラールビジネスのチャンス」とでも訳せるでしょうけど、かんじんの動詞の「爭取」をどう訳すかで、留学生のみなさんはいろいろ悩んでいるようでした。
中国語の「爭取」は、「努力して勝ち取る」といったようなアグレッシブな語感のある言葉ですけど、何事にも穏やかでのんびりとした留学生のみなさん(でもその反面、悪くいえばハングリーさにやや欠ける)は「爭取」にふさわしい強い語調の日本語を思いつかなかったようなのです。そこで私が「中国に『♪下定決心不怕犧牲……』って歌があるじゃないですか、あんな感じの強い意志ですよ」と言ったところ、みなさん「ぽかん」としていました。
え、あの歌をご存じない? 台湾の留学生が知らないのは当然でしょうけど、中国の留学生も全員が「聴いたことない」と言っていました。そうか〜、あの歌もすでに「前世紀の遺物」カテゴリーに入ってしまいましたか。まあ、無理からぬところではありますけれど。
「下定決心,不怕犧牲,排除萬難,去爭取勝利(決心を固め、犠牲を恐れず、万難を排して、勝利を勝ち取ろう)」というのはもともと毛沢東氏の有名な演説「愚公移山(愚公山を移す)」に出てくる言葉で、毛主席語録(毛沢東語録)にも入っており、さらには曲がつけられ、革命歌曲として文革時などには広く歌われました。
途中で「下定決心! 不怕犧牲!」とかけ声が入るのもなかなか勇ましいです。私、かつて日本のブラック企業で、中国人職員の立場の弱さにつけ込んで会社が社会保険未加入だった(そんな時代もあったのです)のを、個人ユニオン作って労基署での団交に持ち込んだ際、同僚と冗談でこの歌を歌って爆笑してたんですけど(ま、笑ってる場合じゃありませんし、「愚公移山」は日本の侵略戦争末期に行われた演説ですから少々不謹慎でもあるのですが)、それくらい人口に膾炙した歌だったのです。
この歌はある種「(共産主義の)大陸中国」的アイコンとして広く知られるところとなっていて、周潤發(チョウ・ユンファ)氏の映画『公子多情』で替え歌がコミカルに用いられ、それがまた別の歌手にカバーされ……みたいなことが起こっています。こんな感じで↓。ある意味ノリのいいこの歌は、どこか人の心を捉えて放さないものがあるのかもしれません。
……てなことで、まあ脱線はここまでにしまして、授業では一応の訳として「ハラールビジネスのチャンスをしっかりつかむ」となりました。「爭取」に内包されている強さ・激しさみたいなものが表れていないような気もしますが、まあ、あの歌もこうして忘れられていく現在、そこまで強さを求めなくてよいのかもしれませんね。