インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

オーバースペックな教材作りをやめよう

以前、とある学校の通信講座用動画を見ていたら、講師の先生がMacBookを使って授業をしてらっしゃいました。教室の前方にホワイトボードがあり、左側に先生のMacBook画面をプロジェクターで投影するスクリーンがあります。私も現在いくつかの学校で同じような形で授業をしているので、最初はとても見慣れた光景に思いました。

でもその先が違いました。その先生は、①ネット検索用のChromeブラウザ、②板書用の「Pages(WindowsのWordにあたります)」、③プレゼン用の「Keynote(同PowerPoint)」、さらに、④pdfの配付資料を投影するための「プレビュー」と、都合四つのソフトを使っていたのですが、それを適宜MacOSに付属の「Mission Control」で、それもおそらくご自身で設定されたショートカットキーを使って「さくさく」と切り替えながら授業を進めておられたのでした。

「Mission Control」というのは、こんな感じで、ソフトだけでなく開いているウインドウや操作スペースまで「すべてを鳥瞰的に表示して、簡単に切り替えることができ」る機能(Appleのウェブサイトより)です。

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切り替えはショートカットキーでも、トラックパッド上の指の操作だけでも簡単にできます。Macを使い慣れた方なら「そんなの、当たり前じゃないか」とおっしゃるでしょうけど、私もすでに長い間MacBookを使って授業をしてきたというのに、こういうスマートな使い方はしていませんでした。「Mission Control」自体は使っていましたけど、授業ではすべての教材や素材を全部PowerPointに取り込み、資料は写真として貼り込み、映像もアニメーション機能で再生するようにして、クリックだけで次々に切り替わるように設定していたのです。

このように設定していた理由は、ひとえに授業をスムーズに進めるためです。授業中にソフトの切り替えで「もたもた」するのが生徒さんに申し訳なくて。これはまた、かつて自分が生徒の立場のときに、先生がソフトの切り替えで「もたもた」したり、パソコンの使い方に習熟していなくて「あたふた」したりというのが不満だったからでもあります。いまではなんと狭量なのかと思いますけど……。

というわけで、教材を作り込んでは授業に臨んでいたのですが、こうした教材は凝れば凝るだけ、その「凝りよう」は際限もなく広がっていきます。そして「もたもた」しない「スムーズさ」や「統一感」を実現するためにはかなり事前に作り込まないといけません。いきおい作業時間が増え、超過労働に陥ります。肩も凝るし、腰も痛くなるし、目も疲れる。しかもアニメーションなんかも駆使しちゃったりして、そのタイミングもコンマ秒単位で細かく設定しちゃったりして、ますます作業量が増えまくっていました。

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https://www.irasutoya.com/2014/10/blog-post_89.html

……でもね。

それだけ作り込んで授業を行っても、授業はあっという間に終わってしまうんですよね。そしてまた次の授業のために膨大な作業をこなさなければならない。あまりビジネスの用語ばかりで教育を語りたくないですけど、これは端的に言って「オーバースペック」というか「費用対効果が悪すぎ」です。そんなところに変にこだわって消耗しなくても、くだんの通信講座の先生のように、パソコン自体にある機能を上手に使って、私がちまちまこだわって実現していた「スムーズさ」や「統一感」以上のスマートさで授業を進めることができるのです。

あああ、私はその通信講座に参加しながら、巨大な虚脱感におそわれていました。ホントに愚かでした。というわけで、私はいま「脱オーバースペック」を自分の目標に掲げて「ひとり働き方改革」を断行中です。これ、細い稜線の上を「手抜き」の谷底に落っこちないように進むようなものなのですが、何とか通り抜けたいと思っています。