インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

AIで人はバカになる?

ChatGPTが世に公開される前の時代ですが、「コンピュータを使うと人は衰える」という記事を読んだことがあります。

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いや、たしかに、パソコンやスマートフォンを使い始めてからというもの、漢字の「ど忘れ」や家族の電話番号さえ知らないという状況が恒常化して、漠然と「ああ、自分はこうやってどんどんバカになっていくのかもしれない」と思っていました。この記事ではさらにこんな例が紹介されています。

「かつての経理担当者は原価を自分で計算できたが今はできない。コンピュータ任せにしていて理屈を分かっていないから」
「一通りの仕事の流れを把握している人がいなくなった。質問するとコンピュータ端末の画面を指さし、『こういうふうにやっています』と答える始末だ」

きょうび、何か分からないことや知らないことがあるとすぐにパソコンやスマホで検索して、そこで得たばかりの情報を我が物顔で説明する「作法」や「仕草」が定着しつつあります。学生だけでなく教師にさえそんな人がおり、かくいう自分もそこに片足を突っ込んでいる自覚があります。こうして知識を「理屈として分かっていない」状態が積み重なっていき、それでも表面的にはけっこう何とかなっちゃう。それが心底怖いと思うのです。

「ググれ」ば何でもすぐに分かるから学ばなくてよいという風潮はもうずいぶん前から蔓延しています。「にわか」で仕入れた知識でマンスプレイニング*1するバカな人(失礼)は、パソコンやスマホの登場以前だってけっこういました。もちろん男性だけでなく女性にだって(きょうび男性だ女性だというたて分けもあまり意味を持たないかもしれないけれど)。ChapGPTなどの登場でそれらが一層加速しているかもしれません。

そんな怖さへの処方箋を得たいと思って、新聞の書評欄で紹介されていたこの本を読みました。人工知能の研究者である川村秀憲氏の『ChatGPTの先に待っている世界』です。人工知能研究史からChatGPTなど人工知能の現在、そして人工知能の登場を「なかったこと」にはできない私たちは、ではこれからどんなふうに人工知能と向き合っていけばいいのかについて、コンパクトにまとめられている良書だと思いました。


ChatGPTの先に待っている世界

この本を読んで私がいちばん腑に落ちたのは「人工知能が進化しても、意思決定だけは任せることができない」という点でした。

自分が直面している問題がどのようなものであるかを明確に理解するためには、多くの知識と教養が必要になります。つまり、自分が対峙する多目的問題の解像度を上げ、よりよい意思決定を行い、人生において後悔しないためには、自発的な「学び」がますます重要になっていくということです。(215ページ)

ここで述べられている「多目的問題」とは多目的最適化問題ともいい、結論を出す際に複数の条件が関わっているような問題のことです。例えば賃貸物件を選ぶ際に「家賃」という条件を優先するのか(安いほうがいいけれど、そのぶん駅から遠くなるとか)、「広さ」という条件を優先するのか(広いほうがいいけれど、そのぶん家賃が高くなるとか)といったように、複数の条件を勘案しつつ「最適解」を目指す。これは人間が暮らしのあらゆる場面で行っていることで、最終的に私たちは何らかの結論を出さなければなりません。

これに対して現在の人工知能が行っている・行えているのは「単目的問題(単目的最適化問題)」で、ひとつの条件(目的関数)に対する最適化なのだそうです。膨大なデータを元にこの言葉の次に来る最適な言葉は何かを判断しているChatGPTも、ノイズを加えた画像からクリアな画像を復元する精度をパラメータにして画像を生成するStable Diffusionも基本的に単目的問題を解いています。

つまり、多目的問題に対して人間が行っているような判断や決定はAIには行えず、そこは人間が担うべき領域であり、そうした判断や決定が行えるようになるためには自発的な学びによる知識と教養が必要になる。しかもAIを「なかったこと」にできない今とこれからにおいては、それがますます重要になっていくということなんですね。

AIはとてつもなく便利で私たちにとっては福音になり得る一方で、私たちを「学ばせなくする」側面があることにも自覚的であるべきです。ネットやAIで得られた「にわか知識」を自分の血肉となっている知識や教養と混同するような作法や仕草から脱して、バカにならないための努力を、これまでにも増して自発的かつ意識的にしていく必要がある時代になったのだと思います。

*1:“man(男性)”と“explaining(説明する)”を掛け合わせた造語で、男性が女性に対して偉そうに知識をひけらかしたり解説したりする行為を指します。 【3分解説】マンスプレイニングとは?その意味をわかりやすく解説!|Sports for Social ほら、こうやって「3分解説」などで情報を得て、それをすぐにブログで披露できたりしちゃいます。