インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

地の果てとセレブ御用達

イングランドの最西端、コーンウォール州は「独自の文化や言語、帰属意識を持った地域であり、イングランドの他の地域とは趣を異にしている(Wikipedia)」のだそうです。その独自性を誇るかのように、黒地に白十字というコーンウォールの旗をあちこちで見かけました。

日の名残り』のスティーブンスは、コーンウォール州のリトル・コンプトンという街でミス・ケントンと再会します。この街も架空のようですが、実はイングランド中央部のコッツウォルズに同名の村があって、道端に村名を表す標識が現れたときはちょっと興奮して、わざわざ車を降りて写真まで撮りました。でもここは本当に小さな小さな田舎の村で、スティーブンスとミス・ケントンが待ち合わせた「ローズガーデン・ホテル」ももちろんありません。

コーンウォールではペンザンスという街のはずれに泊まりました。ここの近くには俗にイギリスのモン・サン・ミッシェルなどと称されるセント・マイケルズ・マウントがあります。ロンドンのテート・ブリテンで見たターナーの絵に描かれていたので、ぜひ見てみたいと思ったのです。ターナーの絵では海にそびえ立つ奇岩のような佇まいでしたが、じっさいにはもう少し「おとなしめ」の印象でした。

翌日はイングランド最西端のランズ・エンドまで行ってみました。ランズ・エンド(地の果て)ーーといってももちろんその先にだって人の住む島や大陸はあるわけですが、確かに荒涼としていて、イングランドの人々からすれば最果て感が半端ない土地なのでしょう。私はもとより離島や半島の、それも人がまったくいない風景が大好きなのでしばらくその「荒涼感」に身を任せます。

ティーブンスはミス・ケントンと再会したあと、さまざま悲しみに襲われて「心が張り裂けんばかりに痛」むことになるのですが、ここはこの小説の白眉ですからこれ以上ネタバレめいたことは申し上げません。そのあと彼は帰途につき、ドーセット州のウェイマスに向かいます。が、私はもうちょっと俗物なので、オンライン英会話のチューターさんが “The area of Cornwall where lots of millionaires live(コーンウォールでお金持ちがたくさん住んでるところ)” と言っていたパドストウに寄ってみました。

ネットの検索で知ったのですが、ここにはイギリスのセレブ系料理研究家(?)とでもいうべきリック・スタイン氏のフィッシュ・アンド・チップスのお店があるらしいのです。記憶にある限りフィッシュ・アンド・チップスを食べたことがないくせに、私は以前、留学生が演じる日本語劇のために脚本を作ったとき、世界の様々な料理たちが「世界三大料理」の座を争うという設定のなかでこんなセリフを書きました。

イギリス料理: 島国と言われれば、このイギリス料理様が黙っちゃいないぜ!
中華料理:アンタ、あんまり美味しくないから。
イギリス料理: しっ、失礼な! フィッシュ・アンド・チップスのうまさを知らないのか? それにローストビーフだって……
イタリア料理: はいはい。イタリアのフリットやタリアータのほうが数千倍おいしいから。

食べたことがないのにイギリス人のソールフードともいわれるフィッシュ・アンド・チップスをdisってしまってごめんなさい。というわけで、いちどちゃんと食べてみたいと思っていました。人気のリック・スタイン氏のお店は行列覚悟だと聞いていたので、事前にスマホのアプリを導入して、ネットからテイクアウトを予約して支払いも済ませて……と準備万端でお店に行ったら「別の支店でのお受け取りになっています」だって。

かなりショックを受けていたら、店員さんが「ではこちらでもう一度注文してお支払いください。ネットでお支払いいただいた分は払い戻しするよう伝えます」とその場ですぐその支店に電話をかけてくれました。さすがセレブ御用達店、やさしい〜。それで無事に受け取ることができたフィッシュ・アンド・チップスを、港の駐車場に停めた車の中で食べました。

初めてのフィッシュ・アンド・チップスはなかなか美味しいと思いました。手でつまんで食べるようなものかしらと思っていたら、けっこう大ぶりでナイフやフォークが必要な柔らかさなんですね。チップス(フライドポテト)が大量に添えてあって、かなりお腹いっぱいになりました。

この日は南部の港町プリマスまで戻ったのですが、投宿した民泊のそばにもフィッシュ・アンド・チップスの専門店があったので、ふたたびチャレンジしました。えー、正直に申し上げますと、こちらのお店のほうがちょっぴり美味しかったです。店員さんはちょっとぶっきらぼうでしたけど。

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