インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

教会から荒野へ

ティーブンスは旅の二日目から三日目にかけて、サマセット州トーントンに立ち寄っています。あ、スティーブンスというのは、カズオ・イシグロの小説『日の名残り』の主人公で、ご主人様から休暇をもらい、さらにご主人様の立派なフォードまで貸してもらって、イングランド南西部への旅をしているのです。

彼がトーントン郊外の宿に一泊した際、「一人で部屋にいることも飽き」たので階下のバーに行ってみたところ、一杯やっていた地元の農夫たちに話しかけられます。そこでここのところ「ジョークや冗談の技術」について涙ぐましいほどの努力を重ねてきたにもかかわらず、スベってしまうというくだりは、なんだか身につまされるような思いがします。私もそういうジョークとか、気の利いた会話とかがすごく苦手なほうなので。

それはともかく現代のトーントンも、なかなかに趣きのある街でした。街の中心部にはひときわ目立つ教会の塔がふたつ見えていて、地図によればひとつは尖塔の「St John's Church」、もうひとつは四角い塔の「St James' Church」であるよし。その四角い塔の方に行ってみたら、教会内が見学できるようになっていたうえに、ブックストアやカフェまで併設されていました。

教会の聖堂内でカフェをやってるというのは、トーントン以外でも見かけました。これは私の想像ですけど、おそらく教会の維持や管理のための資金を集めるためで、スタッフのみなさんはボランティアなんじゃないかと。だって、いかにも地元のおばさまがた(失礼)という雰囲気の方々が、世間話に興じながら和気あいあいとカフェの仕事をしてるんだもの。

その教会内のカフェでミルクにエスプレッソを足したような「フラットホワイト」を飲んでいたら、こちらもボランティアとおぼしき年配のご婦人が話しかけてきました。なんでも奉仕活動の一環でカフェのお客さんに話しかけるようにしているのだとか。教会に来た人をおもてなしするということなのかしら。私の英語力では大した話もできませんでしたが、なんかいいですね、こういうの。

トーントンからさらに西のコーンウォールを目指す途中、ダートムーアを通りました。荒野と湿地と巨岩が入り混じり、まったく耕作に適さない土地のため人も住み着くことができない広大なエリアです*1。しかもこの日はところどころでものすごい濃霧と霧雨に包まれ、その霧のなかからふいに羊や馬が現れ、さらには道路を横切る……という、車を運転する者にとってはかなり試練というか気の抜けない数時間でした。



www.dartmoor.gov.uk

しかもイギリスのドライバーはみなさん、高速道路はもちろん、こんな田舎の細い道でもとにかくびゅんびゅん飛ばすんですよね。私は事故を起こすのが怖いのと、景色をじっくり見たいのとでゆっくりのんびり走りたいのに、つねに後ろから煽り運転気味に後続車が現れます。しかたなく道の脇に寄って譲るものの、すれ違うのもやっとという狭い田舎の道ではそれもままならず、落ち着かないなあと思いながら運転する羽目になります。

メーターがマイル表示だから慣れないですけど、一般道でも時速80キロとか下手をしたら100キロ近くで走っている(というか後続車に走らされている)ことが多いです。正直、ちょっと勘弁してほしい……。でもスティーブンスだったら、後続車が来ようが来まいが、つねにその道路の制限速度をきっちり守って走るでしょうね、たぶん。

*1:954平方キロメートルあるそうですから、東京都の約半分くらいの広さです。