インタプリタかなくぎ流

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思わぬ共通点

ロンドンのテート・ブリテンといえばイギリス絵画の名品が数多く収蔵されていることで有名です。特に「光の画家」とも呼ばれるターナーの作品群が数多く展示されていて、確か昨年「光」をテーマにした展覧会が日本でも開かれていました(私は行けませんでした)。

そのターナーの絵画を展示した一角に、晩年のほとんど抽象画の世界に近づいたかのような、茫洋とした光の風景を描いた作品がたくさんあって、そこに一枚だけアメリカの画家、マーク・ロスコの作品が並べて置かれていました。なるほど、こうして並べてみると、晩年のターナーマーク・ロスコの作品群に通じるものがありますね。


▲左:マーク・ロスコ/右:ターナー

テート・ブリテンでいちばんうれしかったのは、学生の頃にあこがれていたピーター・ブレイクの自画像、その本物を目にすることができたことでした。学生時代に、自分でも真似をしてこんな雰囲気の自画像を描いたことがありますが、もちろん出来ばえは似ても似つかないものでした。

このバッヂをジャケットにたくさんくっつけて、エルビス・プレスリーが表紙の雑誌(?)を持っている自画像、画集でもためつすがめつ何度も眺めたものですが、実物が予想よりもかなり大きかったことに驚きました。しかも近寄って見ると、ポップな画風とはうらはらに、かなり緻密で細かい描写がなされています。それはもう、服の糸の縫い目までひとつひとつ書き込まれているくらいに。

それでも背景はかなりラフに描かれているように見えますし、細部の描写、特に服の皺なども筆跡は一見ラフに見えます。でも間近で見れば驚くほどの細密描写がなされている絵画なのでした。これは画集ではちょっとわかりませんでした。


▲どちらも作品の一部分です。

そのあと観光客でごった返しているのであまり気が進まなかった(自分もそのひとりのくせに)ナショナル・ギャラリーでフェルメールの『ヴァージナルの前に座る女』を間近で見たときに、青い服の描き方などがあのピーター・ブレイクの自画像にそっくりだったので驚きました。

ピーター・ブレイクはイギリスのポップアートを代表する画家ですが、技法は意外にもポップどころかきわめてクラシカルで、こういうフェルメール作品も含めてきちんと美術史を学んだうえで作品を作っているのだと思いました。単に「絵が好き〜」程度でまったく勉強もしていなかった当時の私などには模倣することすらできないほどのクオリティ。本当に感服、そして眼福でした。

ところで、ピーター・ブレイクのこのバッヂをたくさん身につけた自画像、文革時における毛沢東への崇拝ぶりを示す一例としてつとに有名な、あの毛沢東バッヂを身体につけまくった(本当に皮膚にもつけたとか)紅衛兵の写真を思い出しました。

私が中国語や文革をはじめとする中国の近現代史に興味を持ったのは、絵への情熱を失って(というか自身の才能のなさに気づいて)以降のことでしたから、今回ピーター・ブレイクの自画像を見るまでその共通点に気づかないでいました。氏がこの絵を描いたのは1961年だそうですから、文革のあの写真とはもちろん接点はないのですが、個人的にその奇妙な符合にまた驚いたのでした。