インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

未就学児OKの若者能

新年明けて、仕事はとっくに始まりましたが、まだなんとなくお正月気分が抜けません。きょうはそのお正月気分の締めくくりとして、お銀座にお能を見に行きました。シテ方喜多流能楽師の塩津圭介氏が中心になってもう20年近くも行われている「若者能」という催しです。

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仕舞と狂言一番ずつに加えて能が上演されるこの催し、その名の通りお若い方々に特にお能に親しんでもらおうという趣旨で、学生さんはなんと1000円で見ることができます。とはいえ一般の私たちでも4000円ですから、かなり割安です。学生さんを中心としたスタッフで運営されていて、事前説明なども学生さんたちが行います。客席にもお若い方が多く、いつもの能楽堂とはちょっと違う、いや、かなり違う雰囲気です。

「かなり」というのはこの若者能、未就学児の入場もOK、つまり観劇に年齢制限がないのです。これは「将来の能楽ファンを少しでも増やしたい」という能楽師の皆さんやスタッフの願いから行われていて、会場には小さいお子さんを連れた方々も多くお越しになっています。当然場内のあちこちから歓声のみならず悲鳴や泣き声みたいなのも飛び交うわけですが、それも「温かい目で見守ってくださいね」という趣向なのです。

きょうもきょうとて、能「国栖(くず)」の上演中、静かな場面でも、劇的緊張がぐっと高まる場面でも、場内はざわざわしていました。私は端っこの方の席に座っていたのですが、小さなお子さんがダダダダ〜っと通路を駆け抜けていって、お父さんが必死で追いついて抱きかかえ、戻っていく……なんてこともありました。

でも私は、ひょっとしたら昔々の能や狂言や歌舞伎や、その他さまざまな芸能というのは、こんな感じで上演されていたのかもしれないなと想像しました。いまのように能楽堂が建物の中に入って、非常に厳かな感じになったのは近代以降で、それ以前は野外に設えられた能舞台だったのですから。

劇場のような外との「境界」は曖昧で……とはいえ能は武家の式楽でしたから、そこそこ厳かだったのかもしれませんが、例えば将軍家に慶事があったときなどに江戸城内に一部の町人を招いて行われたという「町入能(まちいりのう)」など、もしかしたらけっこうな喧騒だったのかもしれません。それでも慶事なんだからと将軍も「よいよい」とお許しになったんじゃないか。そんな想像を膨らませながら、きょうの舞台を見ていました。

きょう、わけもわからず連れてこられた能楽堂で、何やら不思議なものを見たなあという記憶が小さなお子さんたちの頭の片隅に残って、何十年かのち能楽のファンになるきっかけになったらいいですね。

余談ですが、GINZA SIXに入っている観世能楽堂から駅に向かう途中、銀座の歩行者天国を歩いていたら、かなりの外国人観光客がいらっしゃいました。中国語もあちこちから聞こえてきます。かの国は(まあ日本もですけど)まだまだパンデミックは収束していませんが、それでもかつての風景が戻ってきたなあ……と思いました。