インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

身体全体の連携がうまく行っていない

今週はずっと忙しくて、疲労が蓄積していました。平日はもちろん土曜日も仕事だったので、週に一度は行くことにしているパーソナルトレーニングもさすがに休もうかと思いましたが、「いやいや」と思い直して仕事帰りに立ち寄りました。どんな習慣もそうですけど、一度なまけると、再び習慣化するのはとても大変なので。

ここのところトレーナーさんは、ベンチプレスのフォームの改善にとても熱心に取り組んでくださっていて、私の「還暦までに100kg」という目標を達成させるべく、あれこれとメニューを作ってくれます。でも今週は疲労が蓄積しているので、トレーニング前に「きょうは数字が上がらないと思います」と告げておきました。トレーナーさんも「そうですか、じゃあそれなりに」と応じてくれました。

ところが、いろいろとフォームの改善を図りながら取り組んでみたところ、スリングショットをつけた状態ではありますが、90kgが挙がってしまいました。あれ? トレーナーさんからは「いまのフォームはとてもよかったです。数字が上がらないのと疲労はあまり関係ないみたいですね」と言われました。

確かに、90kgを挙げたときは、自分でも意外なくらい軽く挙がりました。なんというか、全身の使い方がちょうどうまい具合にかみ合って、バーベルを持ち挙げるところに力がまっすぐ集中したような感じです。結局のところ、筋力の問題というよりも、全身の使い方の問題なのですね。

私は子供の頃からいわゆる「運動音痴」で、特に全身をしなやかに連動させる運動がとても苦手でした。逆上がりとか、三段跳びとか、バック転とか、そういうたぐいの運動です。ベンチプレスは狭義では胸の筋肉を鍛えるものですけど、実際には胸だけでなく背中やお腹や下半身までも使い、しかもそれを瞬時に(バーベルを下ろして挙げる反転の瞬間)連携させる必要があるようです。

今回90kgを挙げたときは、たまたまその連携がとても合理的で自然な形でできていたのでしょう。今後の課題は、これを「たまたま」ではなく「いつも」に持っていくことです。ますます楽しみになってきました。


https://www.irasutoya.com/2018/10/blog-post_87.html

服のサイズが合わない

東京は、ようやく初夏らしい陽気になってきました。今年は春らしい春をほとんど感じられないままゴールデンウィークに突入し、そのあともやたらに寒い日が多くて、一度しまった冬服や布団や暖房器具をもう一度引っ張り出したりしていましたが、これでようやく暑くなってくるのかしら。今はまだ湿度も低くて、一年でいちばん過ごしやすい季節です。

私は生来の暑がりで、かつうちの職場は服装が完全に自由なので、すでに上はTシャツ一枚で仕事をしています。それでもまあ、曲がりなりにも教師の端くれなので、せめて襟のある服を着なきゃいけないかしらと思って(誰も気にしていませんが)、ポロシャツを着ていることも多いです。

しかし今年はちょっと悩ましい問題が発生しました。毎日せっせとジムに通っているおかげで、なんと思春期以来40年ぶりぐらいで身体が成長しつつあるのですが、そのおかげで去年まで着ていたTシャツやポロシャツが少々きつく感じられるようになったのです。

私はそれほど上背がないので、もう何十年もメンズのSサイズを着てきましたが、ここに来てSサイズではちょっとキツいというか、「むちぱつーん(©真造圭吾)」な感じになってきたのです。還暦間近のオジサンがこれでは文字通りキツい、いや、キモいです。

そこでいつもヘビロテで着ているユニクロのTシャツとか,ラルフのポロシャツなどMサイズを買い求めたのですが、肩から胸あたりまではこれでぴったりなものの、丈が長すぎてあまりカッコよくないのです。つまり筋トレしたことで体型が、服の着丈はSサイズでいいのに、身幅はMサイズじゃないと合わないようになってしまったという。

ジムのインターバルでトレーナーさんにそんな話をしたら、トレーナーさんも「筋トレあるあるです! ちょうどいい服がなかなかなくて、結局大きめのサイズをだぶだぶっとした感じで着るしかなくなるんですよね」と言っていました。ジーンズなんかも、わたり幅(太もものつけ根のサイズ)や膝幅の種類がたくさんある高級ブランドならまだしも、普通は数種類くらいしか選択肢がないので、たいがい太もも部分が「ぱつぱつ」になるんだそうです。レギュラーフィットなのにスキニーっぽくなっちゃう。それが嫌なら大きめサイズをだぶっと履くか、いっそのことトレーニングパンツでごまかしちゃうと。

理想の体型を目指してトレーニングされる方は多いですが、トレーニングしたらしたでまた別の課題(というほどのものじゃありませんが)が立ち上がってくるんですね。


http://www.palgroup.co.jp/sizeguide/

フィンランド語 168 …日文芬訳の練習・その80

近所のスーパーへ買物に出かけたら、フィンランドのドーナツチェーン「アーノルド」が出張販売を行っていました。日本に進出していたんですね。妻のぶんと2つずつ2種類のドーナツを買ったら1000円を超えてしまって、けっこう高いなと思いました。でもフィンランドではひとつ3.9ユーロだそうです。ということは4つで15.6ユーロ、つまり2000円あまり。日本は物価の安い国になったんだなと、あらためて思いました。


Mennessäni läheiseen valintamyymälään, huomasin, että siellä oli Arnordsin väliaikainen tiski, joka on suomalainen munkkiketju. En tiennyt, että se oli jo laajentunut Japaniin. Sitten ostin kaksi tyyppiä, yhteensä neljä munkkia vaimolleni ja itselleni. Minusta ne olivat vähän kalliita, koska ne maksoivat yli 1000 jeniä. Mutta Suomessa yksi munkki maksaa 3.90 euroa, neljä munkkia maksaa 15.6 euroa siis yli 2000 jeniä! Luulen taas, että Japani on jo muuttunut edulliseksi maaksi.


Quizletの挙動が「またまた」おかしくなった(すでに解決)

先日、Quizletの音声読み上げ機能の挙動がおかしくなり、サポートチームとやりとりして解決したという話を書きました。
qianchong.hatenablog.com
そうしたら、またまたおかしな挙動が起こりました。今度は特定の学習セットだけ、それも3枚目のカードまでは音声が再生されるのに、4枚目以降はフィンランド語だけ再生されない(日本語は問題なし)というきわめて奇妙な状態です。

例によって、Quizletのトラブルシューティングに記載されているアドバイスはすべて試しました。さらに同じ学習セットをもう一度最初から作ってみましたが、これもダメ。他にも同じように作った学習セットが20本ほどあって、それらはまったく問題ないのに、あるひとつの学習セットだけ、どうしても4枚目以降が再生されないのです。

困り果てて、またまたサポートチームに連絡しました。前回は日本語で書いたら「対応できません」と言われたので、英語で書きました。英語のレベルが中学2年生程度の私ですが、これくらいは何とか頑張って書きます。しかもアウトライナーで書いてGmailの新規メールにコピペすると、Gmailさんが私の書いた英文に「ここは時制が合ってないよ」とか「ここは複数形じゃないの?」などと波線をつけてくれます。便利です。

そうしたらサポートチームから返事が来て、“You can try using another browser, or you can update your current browser and then clear your cache.”と言われました。それでブラウザを変えてやってみたり、キャッシュをクリアにしたり、ブラウザを最新バージョンにしてみたりしたのですが、結果は同じ。仕方がないので“Screenshots or screen recordings of what you're seeing, if possible”というアドバイスに従って、自分がQuizletの単語カードを再生しているところをパソコンとスマートフォン両方で録画して、自分のデバイスのスペックなどの情報とともに送りました。そんな諸々を、やはり苦労しながら英文で書いて。

その後一週間ほど何の音沙汰もなかったので、これは無視されたかな……となかばあきらめかけていたら、きのう短い返事が来ました。

We've identified this as a bug and our team is currently investigating it. Because issues like this can be complex, I don't yet have an exact timeline on when this will be resolved. Thanks for your patience as we work on a fix, and apologies for any inconvenience!

う〜ん、バグであることは分かったけど、いつまでに解決できるかは分からないと。がっかりして、もう音声の再生なしでもいいやと、もう一度くだんの学習セットを使ってみたら……なんと、正常に再生されるようになっていました。どういうバグ処理をしてくれたのかは分かりませんが、とにかくよかった。担当者にお礼のメールを出しておきました。

いろいろと不可解なバグはあるけれど、こうやってきちんと対応してくださるのはとても誠実でいいと思います。そして、英語でやりとりすると解決も早いのかなと改めて感じました。やっぱり基本的な英語は使えるに越したことはないかなあ。世界が英語一辺倒になっていくのは正直ちょっと悔しいのですが。


https://www.irasutoya.com/2014/05/blog-post_228.html

屋外でマスクを外す

毎朝出勤前に職場近くのジムへ行っていて、一時間半ほど身体を動かしています。運動後にシャワーを浴びて着替えて、それから職場まで10分ほど歩くのですが、この時間がいちばん爽快です。特に今朝の東京のような、きれいに晴れ渡った、それでいてまだ気温はそれほど高くないときは。

少し前から私は、屋外ではマスクを外すようになりました。もともと「敏感肌」で顔がむずむずするのでマスクは大の苦手だったのですが、このコロナ禍の二年あまりはそれなりに慣れて、というか慣れざるを得ないと我慢してきました。それだけにいっそう爽快に感じます。

しかし、道行く人を観察していると、まだマスクを外して歩いている方はほとんどいませんね。数えたわけではありませんが、ほんの1〜2%という感じ。たまに外している方を見かけるとーーこれがコロナ禍下における私たちの異様な心理状態を物語っているのですがーー、何だか「ヤバそうな人」に見えてしまいます。ということは私も往来の方々からは「ヤバそうな人」認定を受けているのかしら。

でも私は、もう各自が自分の判断でマスクを外す時期にきたと「判断」しました。同調圧力の高い日本社会ではまだまだ受け入れられないでしょうけど、自分なりに海外の事例や、いろいろな知人の意見なども総合した結果です。もちろん屋内や公共交通機関内ではしっかりマスクをしますが、屋外ではよほどの人混みの中でない限り、外します。

しかし何ですね、政府も、例えば松野官房長官が記者会見で「人との距離が十分取れれば、屋外で着用は必ずしも必要ではない」との見解を示し、厚生労働省熱中症予防の観点から「屋外で人と十分な距離(少なくとも2m以上)が確保できる場合には、マスクをはずすようにしましょう」と言っているのに、それでも圧倒的多数の人が聞く耳持たないんですね。
www.mhlw.go.jp
本邦はもともとマスク大好きな国民性ですし、上述したように同調圧力の高さも夙に知られていますから、なかなか周りと違う行動が取りにくいのかもしれません。私の同僚からは「屋外と屋内でいちいちつけたり外したりするのが面倒だからじゃない?」とか「いまさらマスクを外して顔の下半分をさらすのが何だか恥ずかしいのかも」とか「特に女性はメイクを簡略化できるからかえって便利なんだよ」などの意見が寄せられました。なるほど〜。

でも同調圧力が高いということは、逆に周りがマスクを外し始めたら、一斉に雪崩を打って外すようになるのかもしれません。たぶんその変化は急激に訪れるでしょう。そのタイミングの街の光景を見るのがいまから楽しみです。その時には「ああ、これでようやくコロナ禍が収束したんだな」という爽快な解放感を味わえるのでしょうか。


https://www.irasutoya.com/2020/02/blog-post_418.html

恣意的と意図的

先日、留学生向けの教材を作っていて、「○○をほしいままにする」というフレーズが出てきました。「権力をほしいままにする」とか「名声をほしいままにする」などの「ほしいまま」です。漢字で書けば「恣」で、あ、そうか、恣意的の恣だよね、でも漢字一文字は留学生にはちょっと難しいからやっぱりひらがなで書こうかなとか、縷々そんなことを考えつつ、ちょっと所用で他の部署に行きました。

その部署からまた自分の部屋へ帰ってくるとき、教室の前を通ったら,とある留学生に呼び止められました。「センセ、日本語の『恣意的』と『意図的』の違いはなんですか?」……びっくりしました。ちょうど直前に例文などを考えていたところだったので、「それはですね……」と説明したのですが、それにしてもこのシンクロニシティはどうでしょう。

頭の中で考えていただけの「恣意的」という言葉を、その直後に留学生から質問されるという偶然。偶然とはとても思えませんが、まあ偶然なんでしょう。私は超自然的な現象とかオカルトとか霊感とか,そういうものはあまり信じない、というか縁遠い人間なんですけど、こういうシンクロニシティだけは昔からかなりあって、不思議だなあ,面白いなあと思います。

ja.wikipedia.org


https://www.irasutoya.com/2018/11/blog-post_700.html

ひらやすみ

私は電子書籍というものが苦手です。なんど挑戦しても、紙の本のようには内容が頭に入ってこないので、もうすっかりあきらめてしまいました。ただし、マンガだけは基本的に電子書籍を買うことにしています。マンガはすぐに増殖して本棚の少なからぬ場所を占めてしまうからです。うちは極狭のアパートなので、これはまあしかたがありません。

でも、この作品は書店で偶然見かけたときに、紙の単行本を買おうと思いました。かつて住んでいたことのある街の駅前が表紙に、そしてかつて通っていた大学の校舎が裏表紙に描かれていて、なんとなく「ご縁」のような予感を覚えたからでした。はたして、その予感は当たっていました。


ひらやすみ

これはちょっと不遜な物言いなのですが、マンガにせよ、小説にせよ、何かの物語作品において「自分に向けて描かれて(書かれて)いるのではないか」と思えるようなものが、自分にとっての「いい作品」なのではないかと思います。そしてまた、そういう作品に出会えることが、どれほどの僥倖であるだろうかとも。そしてこの『ひらやすみ』は、まさにそんなふうに思わせてくれる作品でした。

ネタバレになるので詳しくは書きませんが、私はこの物語を読んで、自分の学生時代から30歳くらいまで(主人公の生田ヒロトは29歳という設定です)の世界、その雰囲気にあまりにも似ているので驚きました。そして数々のエピソード、それも個人的にはいわゆる「黒歴史」に近いような、あれやこれやのイタい経験ともかなりシンクロしていて、少々怖くもなりました。

もちろん、描かれている風景(特にJR中央線某駅の周辺と、大学のキャンパスおよびその周辺)がかなり写実的なので、たんに個人的に懐かしかっただけなのかもしれません。ただ、この作品が多くの方に好評をもって受け止められている(マンガ大賞2022で第3位になったそうです)ということは、たぶん誰にとってもご自分の人生に重ね合わせて感じる、何か大切なものがここにはあるのだろうと思います。「これは自分に向けて描かれている」と思う方が多いんでしょうね。

表面的にはこの物語は、あまりにも勝敗や損得にこだわりすぎる生き方から降りて、慎ましやかで、かつ心穏やかな暮らしに「癒やし」を見出すーーまずはそんな読み解かれ方をされる作品かもしれません。でも私は、多彩な登場人物たちの、基本善良で、日々のあれこれに懸命だけれども、ときおり(キャラによってはひんぱんに)かいま見せるエゴやちょっとした毒のような部分にこそ、「おおっ!」と引き込まれるものです。

それと画面から伝わってくる空気感にも心地よいものを感じました。特に見開きで描かれる春の夜や土砂降りの雨の光景は、それが何の変哲もない都会(現代的なビルなどのそれではなく、平屋に代表されるごく庶民的な都会)の一風景であるからか、見るものに一層のリアリティを感じさせます。もちろんそのリアリティは、東京の、ごく庶民的なエリアに住んだことがある人だけに感じられるものかもしれませんが。

前述の通り、私はこのマンガを書店の店頭で買い求めましたが、あとからAmazonのレビューをのぞいてみると、前川つかさ氏の『大東京ビンボー生活マニュアル』との類似性を指摘されているコメントがありました。なるほど、私もあの作品を大学生の頃に愛読していましたが、たしかにこの『ひらやすみ』に通じるような空気感がありました。

『大東京〜』は当時一世を風靡していた、わたせせいぞう氏の『ハートカクテル』のパロディないしは逆オマージュ(?)とでもいうべき、バブリーな時代への反動ないしは内省を感じさせるものでした。それから約四半世紀を経て、その本歌取りのような『ひらやすみ』はしかし、低成長ないしは縮退の時代にあって自分の生き方を展望しようとする若い方々の世界観をも反映した、より繊細で深みのある物語になっているような印象を持ちます。

その意味では、一見懐古趣味的な設えのようでいて、きわめて現代的な物語。そして現在も雑誌に連載が続いている進行中の物語でもあり、今後の展開が楽しみです。これからもこの作品は紙の単行本で楽しもうと思っています。

bigcomicbros.net

教科書の最後から逆に学び直す

毎週参加しているフィンランド語のオンライン教室では、新たな課題が指示されました。それは、すでにずいぶん前に学習し終えた最初の教科書の、一番最後の課の「本文」テキストを暗誦するという課題です。具体的には、先生が作ってくださったGoogleスライドのフラッシュカードを使って、一文ずつ日本語からフィンランド語へ瞬時に変換するというもの。

私は同じようなフラッシュカードをすでにQuizletで作っていたので、それで取り組むことにしました。自分で作ってはいたものの、あまり使い倒してはこなかったのです。それで一番最後の「第27課」は、とりあえずすべて瞬時に変換できるようになりました。

そうしたら今度は、その前の「第26課」も暗誦に取り組むよう指示されました。先生によれば、第27課を完璧に言えるようになっていれば、第26課は少しだけ簡単になるでしょう、と。そして、そうやって教科書を遡りながら覚えていけば、いずれは教科書に出てくる表現をすべてマスターできるでしょう、と。

なるほど、これは一見シンプルかつ単純な方法に見えますけど、理にかなっています。だって、おおかたの語学の教科書は、それまでに学んだ文法事項に上乗せしていく形で「本文」が複雑になっていくからです。

例えば、今回私たちが使っている教科書“suomea suomeksi 1(フィンランド語をフィンランド語で)”では、一番最後の第27課で、それまでの文法事項にプラスして「複数属格」が加わり、その「複数属格」を駆使して本文が書かれています。そして、そのひとつ前の第26課では当然「複数属格」は使われていません。この課では「複数分格」を駆使した本文になっています。さらにそのひとつ前の第25課では「複数属格」も「複数分格」も使わずに本文が書かれています。

この教科書は全2冊でフィンランド語の文法事項をほぼ網羅しており、私たちはすでに2冊とも学び終えて現在は読解や聴解を中心に学習しています。先生の「戦略」は、ここいらでいったん学んだ文法事項の前半部分を復習して、さらに確固たるものにしてしまおうということですね。

語学というものはとにかくキリがなくて、文法も語彙もどんどん複雑かつ難しくなっていく一方です。それはそれでチャレンジングでおもしろいのですが、時々先が見えない不安な気持ちに陥ることがあります。いつまでこんなしんどい事をやり続けなければならないのだろうと。語学は基本泥臭くて辛気臭い営みですからね。

そんなふうに、語学を放棄しちゃいたくなるあたりで、こうやって階段を逆に降りるように基礎固めをし直すというのはいいなと思いました。学んだ当時はとにかく難しいとばかり感じていたのが、いまになって学び直すとけっこう簡単に思えて、その自信がまた先に向かうモチベーションに繋がるような気がするからです。

「芬」をめぐって

フィンランドのマリン首相が初来日ということで、新聞各紙には大きく取り上げられて……おりませんで、これが。私が取っている新聞など、二面か三面の国際欄に小さく二段分だけ報道されていました。小さな国だとこれくらいの扱いになっちゃうのかしら。でもウクライナ戦争をめぐって、ロシアの西と東でそれぞれ国境を接する両国関係はけっこうクリティカルな問題を共有していると思うのですが。

それはさておき、新聞やネットニュースを見ていて「日フィンランド」という表記が興味深いと思いました。首相官邸や外務省などの表記は「日・フィンランド」とナカグロ(・)でつないでいます。
www.jiji.com
www.sankei.com
日米、日中、日韓、日露(日ロ)、日独、日仏、日台、日印、日豪あたりまでは漢字二文字で表記されるところ、日芬とはしないのがおもしろいと思ったのです。やはり見慣れていないからなのでしょうか。あ、芬はフィンランドのことです。中国語でも“芬蘭(Fēnlán)”です。

ネットで検索した限りでは、ブラジルやエジプトなども「日ブラジル」とか「日エジプト」のように表記されるみたいです。中国語のように“中巴”とか“中埃”みたいな表記はしないんですね。カナダやイタリアあたりだと外務省ウェブサイトの表記も揺れていて、「日加」と「日・カナダ」、あるいは「日伊」と「日・イタリア」が混在しています。この辺が慣れ・不慣れのボーダーラインなのかもしれません。スペインも「日西」と「日・スペイン」で微妙です。南アフリカは「日南ア」という表記を見つけました。

ただ、日芬がまったくないかというとそうでもなく、数は少ないですがネットでも見つかります。例えばこちら。リンク先の23ページに「日芬外交関係樹立100周年」という表記がありました。こちらでは日芬に「にちふん」という読みがついています。なるほど「にっぷん」とは読まないのですね。

日芬はあまり見慣れていないことに加えて、芬の字は2010年の改定常用漢字表にも入っていないので、おおかたの政府機関やメディアでは「日フィンランド」あるいは「日・フィンランド」にするのでしょう。ちなみにこの日芬、昔はもっと使われていたようです。「ソ芬両国」(ソ連とフィンランド)とか「日芬国際陸上競技大会」という表記を見つけました。いずれも昭和初期の表記です。

蛇足ですが、Wikipediaにあるこちらの「外国地名および国名の漢字表記一覧」、日本語の漢字による当て字・中国大陸の表記(ただし繁体字)・台湾の表記が一覧になっていて、眺めているだけでもおもしろいです。
ja.wikipedia.org

フィンランド語 167 …日文芬訳の練習・その79

民間人が宇宙旅行へ行ける時代になりました。いまはまだ大富豪ばかりですが、近い将来には値段も下がって、誰でも行けるようになると言われています。私は星を眺めるのは大好きですが、宇宙に行ってみたいという気持ちにはあまりなりません。映画『天空の城ラピュタ』でヒロインのシータが言う「人は土から離れて生きられない」という有名なセリフを思い出しました。私もまさにそんな気持ちです。


Nykyään on ollut mahdollista lähettää siviilejä avaruusmatkalle. Tällä hetkellä vain muutamia miljonäärejä, jotka voi vielä lähteä, mutta lähitulevaisuudessa se olisi halvempaa, kuka tahansa voisi mennä. Minä tykkään nähdä tähtiä hyvin, mutta en ole niin innokas lähtemään avaruusmatkalle. Muistin, että elokuvassa "Laputa - linna taivaalla" oli sankarittaren Sheetan kuuluisia sanoja: ihmiset eivät voi elää kaukana maasta. Mielestäni se on juuri niin selkeää.



天空の城ラピュタ - スタジオジブリ|STUDIO GHIBLI

アーノルドのドーナツ

昨日、近所のスーパーへ夕飯の買い出しに行ったら、出張販売コーナーでドーナツを売っていました。フィンランド発の“Munkki(ドーナツ)”屋さん、Arnolds(アーノルド)です。へええ、なぜこんな普通の住宅街のスーパーで? フィンランドのサンナ・マリン首相が来日中だから? んなわけないでしょうけど、めずらしいのでいくつか買って帰りました。
arnolds.fi
フィンランドではメジャーなドーナツとコーヒーを中心にした軽食のお店だそうですが、日本に進出していたんですね。日本語のウェブサイトもありました。
www.arnolds.co.jp

お味はまあ、正直申し上げてそれほど「おお!」というインパクトはありませんでしたが、ピスタチオとチョコレートのグレーズが惜しげもなくたっぷりかかっていて、気前がいいなあという感じ。あと、全体に甘さ控えめなのも私としてはうれしいです。

それにしてもピスタチオ(320円)とシナモンシュガー(200円)を妻のぶんとふたつずつ買ったら1000円を超えてしまいました。材料や製法にこだわっているそうですから当然なのかもしれませんが、けっこう値が張りますね。

そう思いながらフィンランドご本家のウェブサイトを見にいってみたら、シナモンシュガーでも3.90ユーロ(約540円)もしています。消費税のお高い国ですからそんなものですか。外国の方に日本は物価が安いねとよく言われるんですけど、私たちの若い頃と比べると隔世の感があります。

ホールフード

先日読んで非常に面白かった『科学者たちが語る食欲』に触発されて、なるべく「超加工食品」に手を出さず、一方で「ホールフード」の摂取を増やそうと思い立ちました。といっても、それほど大したことでもなく、以前はふつうにやっていたものの最近忙しさにかまけて怠りがちだった炊事や弁当作りをていねいにやろうという程度のものです。

私はもともと野菜の皮などもできるだけ剥かず、可能な限り全部食べるようにしてきたのでそれほど大きな変化ではありませんが、以前ずっと続けていたスムージーをまた作り始めました。スムージー用のブレンダーはこれ。使用後のお手入れが簡単なのと、きれいに混ざったら自動で止まるモードがついていて便利なのがとてもいいです。


Zwilling ツヴィリング 「エンフィニジー パーソナルブレンダー 550ml 」

ところで、上掲の本に出てきて私もうっかり使ってしまった「ホールフード」という言葉ですが、よくよく調べてみると人によってかなりその意味するところが違うみたいです。「ホールフード」で検索すると一番最初に出てくる一般社団法人ホールフード協会のウェブサイトにはこうあります。

「Whole Food」というと皮をむかない料理スタイル?
野菜をまるごと使うベジブロス?
白米はダメで玄米食べること?
肉も乳製品も食べていいんだって?
どれも違います。

単に食品のカテゴリーだけでなく、「自分の健康と同じように土や森の健康川や海の健康、今、生きている私たちだけではなく、次の世代、その次の世代までできるだけ広く、遠く、未来まで考えていく暮らし方を表現する言葉」なのだと。なるほど、それは理解できましたが、同協会の定義では「肉や乳製品」はこの概念に含まれないんですね。

ということは、いわゆる「ヴィーガン」に近い考え方なのでしょうか。でも同協会が主催している「ホールフード基礎コース」という講座では「肉と乳製品、卵の選び方」という項目もあります。またアメリカの有名なスーパーマーケットチェーン“Whole Foods Market”では、飼育方法を調べた上で基準を満たした食肉などが売られているよし。なんだかよくわからなくなってきました。

私自身はベジタリアンでもヴィーガンでもなく、どんな食材でも食べる(食べ物の好き嫌いがまったくありません。人の好き嫌いはあるけど)雑食人間なので、ゆるく楽しく、でもなるべく「まるごと」を意識しながら食べていこうと思います。

魑魅魍魎と有象無象

職場の学校で、同僚が「この間、知り合いと話していたら『魑魅魍魎のような』と言われて、辞書を引いちゃった」と言っていました。初めて聞いた言葉だそうです。他の同僚も初めてだと言っていました。私が「ええ〜、わりとよく使いませんか? 有象無象とかも」と言ったら、有象無象もみなさん初めて聞いたそうです。

これまでにも「隔靴掻痒」や「宿痾」や「人口に膾炙する」などを使って引かれた、というか「固まられた」ことがありました。ああ、ただでさえ歳を取って周囲との不適合が顕在化する傾向が強まっているというのに、これではますます周囲から浮き上がってしまうではありませんか。むかしから「衒学者」の称号をほしいままにしてきた私ですが、ついにこの境地に至ってしまいました。


https://www.irasutoya.com/2017/07/blog-post_64.html
▲「いらすとや」さんに鵺のイラストがありました。ホントに何でもありますねえ。

粒度と解像度

最近、いくつかの場所で「粒度」と「解像度」という言葉がよく使われていることに気づきました。「粒度を細かくしていく」とか「もっと解像度を上げていきたい」といった使われ方をしていて、要するに物事を大雑把ではなく、もっと細かく正確に捉えていきましょう、といった意味でした。

私自身はあまり使わないので興味を持ったのですが、ネットで調べてみたらけっこう以前から使われている言い方みたいですね。例えばこちら。コンサルティング業界独特の言い回しだそうですが、粒度とか解像度というのはデジタル写真やプリントアウト時の“dpi(dots per inch)”あたりから出てきた比喩なのかしら。いずれにしても、パソコンやデジカメやスマートフォンなどが普及した結果生まれた表現のように思えます。
www.kanataw.com
私は根っからの「文系人間」なので、こういう理系というか、科学技術用語由来の用語や言い回しが新鮮に感じます。以前プラントで働いていたときに知った「サチる」というのもそうです。英語の“saturation(飽和)”から生まれた言葉で、「いっぱいになる」とか「限界に達する」みたいな意味で使われていました。

とはいえ自分のなかであまりしっくりこない分野であるためか、そこまで実感を持って使えないので、下手に真似ないようにしようと思っています。


https://www.irasutoya.com/2016/11/blog-post_263.html

科学者たちが語る食欲

食欲とは、すなわち「タンパク質欲」だったーー人間を含む動物における「食欲」のメカニズムについて、衝撃的な研究成果を紹介している一冊です。とにかく面白くて、一気に読み終えてしまいました。


科学者たちが語る食欲

全部で367ページとそれほど大部の本ではありませんが、この本はなぜか目次がともて細かいので(私が買った単行本版で16ページもあります)、とりあえずAmazonの「試し読み」で目次を眺めるだけでもその面白さの一端がわかると思います。

前半では目のさめるような動物観察の成果が示され、後半ではちょっと胸が苦しくなるような加工食品や大手加工食品メーカー、あるいは政府の現状が示されます。バッタなどを対象にした、気の遠くなるような地道な研究からわかった、タンパク質欲に支配された動物の食欲のありよう。三大栄養素であるタンパク質、炭水化物、脂肪のバランスに秘められた謎を追ううちに、健康と長寿、肥満の原因、現代の食環境の問題などを学ぶことになります。

動物はタンパク質欲を満たすために食べる。ということは、タンパク質の含有量が少ない食事では、それだけ炭水化物や脂肪の摂取を増やすことになり(少量含まれているタンパク質が「目標量」に達するまで食べてしまうから、結果的に糖質や脂質の摂取量が増える)、これが肥満につながるというのはなるほどと思いました。でもその一方で、タンパク質を摂りすぎると、老化を早め寿命を縮める生物学的プロセスが作動するという研究結果は、昨今の筋トレブームにわく私たちに食生活の再考を促すことになるかもしれません。

そしてもうひとつ、この本では「食環境」という概念が提唱されていて、その食環境が現代ではかなり危険な状況に直面しているという警鐘も鳴らされています。この部分も個人的にはとても納得感のあるものでした。もっともこれは、もうすでに何十年も前から指摘されている、加工食品や食品添加物などの問題をあらためて私たちに突きつけたにすぎません。ただそれを、食欲のメカニズムを鮮やかなまでに詳らかにされたあとに読むと、そのリアリティもひとしお。望ましい食生活・食環境とは、結局のところこういうシンプルな結論に行き着くのですね……。

最近あまりの忙しさにかまけて、特に昼食は、以前なら手を出さなかったコンビニ食や冷凍食品などでごまかすことが多かったのですが、これではいけません。とりあえずホールフードの摂取、とりわけ食物繊維の摂取を増やそうと、またスムージー用のブレンダーを使い始めました。なんて単純な、と笑われるかもしれませんが。