茂木敏充外務大臣が先日の記者会見で、ジャパンタイムズの記者の質問に対して英語で聞き返し、さらには答えをはぐらかした上に「日本語、分かっていただけましたか」などと発言して批判を集めていました。外務省のウェブサイトにはその会見記録が載っています。きちんと載せているのは素晴らしいけれど、こうした当たり前のことを「素晴らしい」と思ってしまうほど今の政府に信用を置けません。ともあれ、やりとりは以下のようだったそうです。
【ジャパンタイムズ 大住記者】2点お伺いします。入国規制が、外国人を対象にした入国規制が緩和される方向であるというふうに伺っているんですけれども、その方向性の中には、在留外国人は日本人と同じような、それに似たような条件で入国が認めるようになるかというその方向について、それは1点で、2点目はそもそも論として、この在留外国人を含めた規制は、特に在留外国人を対象にした入国規制は、どういった、その背景になった科学的な根拠を具体的に教えてください。
【茂木外務大臣】まずこういう在留資格を持つ方々、今、日本にいらっしゃる、もしくは在留資格を持っていったん海外に出られている方、そういった方々の入国もしくはその再入国を認める方向で、今、最終調整をしているところであります。
そしてこれは、日本に限らずあらゆる国が、今、新型コロナウイルスの中で、水際措置、これをとっている状況であります。それぞれの国によりましてやり方は違ってくるわけでありますけれども、まさにそれは各国の感染症対策であったりとか主権に関わる問題でありまして、各国がとっている措置、日本としても適正な措置をとっていると考えております。
【ジャパンタイムズ 大住記者】すみません、科学的な根拠について。
【茂木外務大臣】What do you mean by scientific?
【ジャパンタイムズ 大住記者】日本語でいいです。そんなに馬鹿にしなくても大丈夫です。
【茂木外務大臣】馬鹿にしてないです。いや、馬鹿にしてないです。全く馬鹿にしてないです。
【ジャパンタイムズ 大住記者】日本語で話しているなら、日本語でお答えください。科学的な根拠の、同じ地域から日本国へ、日本国籍の方が外国籍の方と一緒に戻られて、全く別の条件が設けられ、その中には例えば事前検査だったり、同じ地域に住んでいるところから、全く別の条件で入って、入国が完全に認められないケースもあったんですね。それに関しては、その背景に至ったその違い、区別を設ける、その別の条件を設ける背景になった、背景にある科学的な根拠をお聞きしています。
【茂木外務大臣】出入国管理の問題ですから、出入国管理庁にお尋ねください。お分かりいただけましたか。日本語、分かっていただけましたか。
併せて動画も見ましたが、確かにこれは本当に失礼な対応です。そしてまた、ここには日本語母語話者の多くに広く見られる、非日本語母語話者に対する典型的かつ差別的な心性が現れているようにも思えます。さらにこの心性は、日本語母語話者がその言語的特殊性から、なかなか脱却することができない「外語に対するナイーブな感性」あるいは「外語に対するコンプレックス」が露呈しているようにも思えます。
非日本語母語話者に対する典型的かつ差別的な心性というのは、日本語母語話者の多くが少しでも発音や統語法に違和感のある日本語に接すると、急に「上から目線」になる傾向、あるいはことさらに厳しくその瑕疵をとがめる傾向のことです。とはいえ実はこれ、どの言語の母語話者にも多かれ少なかれ見られる現象で、私もつたない中国語や英語で話している際に同様の圧力なり差別的な扱いを感じたことはあります。
ただ日本語の場合、この巨大言語(話者が一億人以上いる言語は世界中で十ほどしかありません)が主にこの日本列島という範囲にぎゅっと凝縮して使われているという言語的特殊性のため、私たち日本語母語話者は英語や中国語のように様々なバリエーションのある日本語を想像できない、あるいはそれへの許容度が低いという傾向が強いように思います。コンビニなどで働いている外国人労働者の日本語に対して、ことさらにそれを咎め、あげつらい、「日本人に変われ!」だの「きちんとした日本語を話せ!」だのとクレームをつける人が多いというのは、以前から指摘されてきたことです。
私が日々向き合っている外国人留学生からも、コンビニのバイト先で仕事の説明を受けるときなど、日本人の先輩や店長などがダダダダーッと日本語で説明して、しかもその日本語が曖昧模糊としていているので、何度も聞き直したりしていると、すごく嫌な顔をされ、かつ英語で「ドゥユーアンダスタン?(Do you understand?)」などと聞かれ、「心が折れる」と言っていました。こうして相手の日本語の拙さにつけこんで、上から目線の英語で難詰する(相手の母語が英語かどうかに関わらず)というのは、今回の茂木氏の“What do you mean by scientific?”と全く同じ態度ではないかと思います。
茂木氏は外務大臣という職にありながら、日本語を話す外国人という存在、あるいは非日本語母語話者が日本語を話すということについて、ほとんど何も想像力が働いていないように思えます。このブログでも何度も申し上げていることですが、外国人、あるいは非日本語母語話者という存在、さらには外語や多言語環境、つまり「マルチリンガル」というものに対して、とてもプリミティブ(粗野)な知識しか持ち合わせていないのではないか。つまり違う言語の人たちにどういうスタンスで向き合えばいいのかがよくわかっていないのではないかと思うのです。
茂木氏は海外への留学経験もおありで、英語も堪能だそうですが、留学もして、そこそこ語学も極めた人物にしてこのプリミティブな言語観、世界観はどういうことでしょうか。いったい海外で何を学んできたのでしょうか。同じ外語学習者の端くれとしてはそこが非常に不可思議かつ憤ろしいですし、また一人の日本語母語話者として恥ずかしく思うところです。
追記
ある言語Aの非母語話者が、その言語Aを使って記者会見で質問することについて、私は以前にこんなことを書きました。台湾の蔡英文大統領(総統)が当選した際に、日本のあるメディアの記者がつたない中国語で質問したことに対する疑問です。
私はここで、表面的なこととはいえ、拙さ全開の中国語で質問する映像が世界に配信されることは日本の国際的イメージや「国益」に影響するのではないか、と少々「生臭い」ことを書きました。そして、「誠意があれば伝わる」は美しい考え方だけれど、残念ながら国際的なやりとりの場では幻想であり、私たちはもう少し「表面的なイメージ」にも注意を払うべきだとも。
しかし今回のジャパンタイムズの記者氏は(氏の母語が何であるかは分かりませんが)、ところどころたどたどしい(言い直しなど)部分もありますが、とても分かりやすい日本語で内容のある質問されていました。そして質問に対する答えが噛み合っていないので、その点をさらに追求されています。それに対してきちんと答えず、英語で返したり、木で鼻をくくったような回答の末に嫌みのように「日本語、分かっていただけましたか」と付け加えたりした茂木氏は、やはりとても失礼であり、公人として不誠実のそしりは免れないと思います。
https://www.youtube.com/watch?time_continue=316&v=zdlt9n5FDUU&feature=emb_logo