インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

ゲノム編集と遺伝子組み換え

遺伝子組み換え食品についての基本的な知識を得たいと思って、松永和紀氏の『ゲノム編集食品が変える食の未来』を読みました。


ゲノム編集食品が変える食の未来

私はこの件についてまったくの素人で、これまで「ゲノム編集」と「遺伝子組み換え」の違いも分かっていませんでした。またそれ以前の基礎的な知識についても、そのごく基本的なところはこの本で学ぶことができました。以下、まとめてみると……

「ゲノム」とはDNAのすべての情報のこと、そして「遺伝子」とは、DNAのうち、生物が持つすべての機能や活動をコントロールするための指示が並んだ部分のことです。DNAのごく一部が遺伝子として働いているのですが、ではDNAのその他の部分がどういう役割を果たしているのかというと、それはまだ完全には明らかになっていないのだそうです。

そして「ゲノム編集」とはその生物が持っている遺伝子を変える技術です。具体的には、すでにその働きが分かっている遺伝子を狙って切り、そのあと生物本来の機能によって修復されるときに起こる修復ミスを期待して改変を実現します。修復ミスはまれにしか起こらないので、けっこうな手間がかかりますが、それによってたとえば血圧上昇を抑えるなどの効果があるGABAの含有量が多いトマトを作るとか、収穫量のより多い米を作るなどが可能になります。

どうやって正確に狙った場所を切るかというと、これには2020年にノーベル化学賞を授与された、ジェニファー・ダウドナ氏とエマニュエル・シャルパンティエ氏らが開発した「CRISPR-Cas9」(クリスパー・キャスナイン)という技術を使います。ここはかなり興味深いので、次はこれを読んでみようと思っています。


ゲノム編集の世紀: 「クリスパー革命」は人類をどこまで変えるのか

いっぽう「遺伝子組換え」とは外から新たに遺伝子を挿入する技術です。具体的には、その生物がこれまで持っていなかった性質が加わることで、例えば農薬が少なくても育つとか、長期保存に耐えるなどの性質が生まれます。あれ、ゲノム編集も遺伝子組み換えも結局は遺伝子を変えるんだから同じなんじゃないのと思いますよね。私もそう思いました。でもこれが異なるのだそう。

要するにゲノム編集はその生物がもともと持っている遺伝子を変える技術で、遺伝子組換えは外から新たに遺伝子を挿入する技術ということになるのですが、これは素人にはなかなかスッキリ理解しにくいです。この本ではその複雑さゆえ、またマスコミなどのミスリードによって、この二つが混同されていること、その結果としてどちらもすべて拒否ないしは反対するという動きが消費者に起こってしまっていることが問題視されています。

ゲノム編集の結果として起こる、DNAが切れて遺伝子が変化するという現象は、自然界でもよく起こっています。ゲノム編集はそれを効率的・目的意識的に行うことができる技術ですから、従来の交配や品種改良に比べて実用化までの時間やコストが大幅に下がるというメリットがあります。例えば世界の人口増とそれに伴う食糧危機への対策としては、とても有効な技術になるのでしょう。

ただゲノム編集にもいくつかの種類があって、上述した「特定の遺伝子を切って、後は生物本来の修復時におけるミスに任せる」というものは、従来の品種改良と同じで安全性に問題はないと国(厚生労働省)は言っています。でもそれ以外のゲノム編集にはいったん遺伝子組み換えの技術を使って外から遺伝子を導入し、改変が終わったらそれを取り除くというタイプがあり、ここが素人にはとってもややこしく感じる部分です。このタイプのゲノム編集も最終的には外から導入した遺伝子が残らないのに対し、遺伝子組み換えの方は残り続けるということで、ここが両者の大きな違いということになるのですが……。

私はこの本で、ゲノム編集と遺伝子組み換えについてはかなり認識が変わって、我々にとって大きなメリットがあるということは理解しました。それでもまだいささか「もやもや」としたものが残るのは、科学的に正確な理解が追いつきにくいこともさることながら、国(行政)に対してやはり全幅の信頼を置けないというのもベースにあると感じています。そういう国と国民の関係というのは、いささか不幸なことではありますが。

ちなみに、この本とほぼ同じことが農林水産技術会議のこのウェブサイトに書かれています。本は買わなくても、こちらのサイトだけでも十分に学べるかもしれません(著者の松永氏、出版社さん、ごめんなさい)。

www.affrc.maff.go.jp