インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

脱マスクに向けて

2022年もあと数週間でおしまいです。コロナ禍がまるまる3年も続くとは思ってもみませんでしたが、この調子だと来春4年めに突入しそうですね。いや「思ってもみなかった」というのは偽りで、このパンデミックが始まった当初から「この種の感染症の収束までには数年はかかる」とおっしゃっていた専門家はいたように記憶しています。だから多少の予想というか覚悟はあったつもりなのですが、それでもここまでの経緯を振り返ってみると「やっぱり長いよなあ、うんざりだなあ」というのが正直なところです。

テレビやネットのニュースでは連日感染者数やその増減が細かい数字とともに報じられていますが、もはやそれを聞いて一喜一憂している方は少ないのではないかしら。それくらいコロナ禍が日常化したんですね。私個人の興味はといえば、欧米諸国との比較でよく語られる「国民皆マスク」的な状況がいつ薄まり、消えていくのかです。

今年の5月頃に私は、もう往来では基本的に(極端な人混み以外では)マスクをしないと決めました。そしていくら同調圧力が高い本邦とはいえ、いや同調圧力が高い国柄だからこそ、周りがマスクを外し始めたら、一斉に雪崩を打って外すようになるのかもしれず、たぶんその変化は急激に訪れるだろうとこのブログに書きました。そのタイミングの街の光景を見るのがいまから楽しみだとも。でもいまのところそうした変化は街に見られません。

qianchong.hatenablog.com
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ただ、個人的にはその兆しが見え始めているような気はしています。これはあくまで東京都の都心部での状況ですが、以前は往来でマスクをしていない方は1%になるかどうかというくらい少ないものでした。政府が「屋外で人との距離がある場合には基本的にマスクは不要」と公式にアナウンスしていても、です。しかも、これはもう予断と偏見に過ぎませんが、そのときにマスクをしていない方は、どこか「ヤバい」雰囲気を醸し出している方がほとんどだったような。もっとも私だって他人からはその「ヤバい」奴認定されていたんじゃないかと思いますが。

それが最近は、1%が数%、いや5%くらいにはなってきているような感じです。しかも「ヤバい」雰囲気の方だけじゃなくて、ごく普通のまっとうな感じの方で脱マスクされている方を見かけるようになりました。ひどい書き方でごめんなさい。でも私はそこに、もう同調圧力には屈せず、必要な場面以外でのマスクは外そうという健全な意志のようなものを見出して、思わず心のなかで「同志!」と叫びたくなってしまうのです。

もちろんマスクをする・しないは完全に個人の自由であり、またコロナ以外の感染症、例えばインフルエンザの予防などでいまだ手放せずと判断されている方もいるでしょう。上述したように私も極端な人混みではマスクをしています。それに東京新聞のコラムで看護師の宮子あずさ氏がおっしゃっていたように「他者の行動に過敏にならない」というスタンスは、いま私たちに一番求められているものだとも思っています。

それでもーーマスクで表情がよく分からず、お互いがお互いを遠ざけ合っているような街の光景がこれ以上続くのはちょっと耐えられない、いやかなり気持ち悪いと思っています。そう、いま現在の東京都心の光景は気持ち悪い、気味が悪いのです。杞憂に過ぎないとは思いつつも、この気持ち悪さや気味の悪さに慣れきってしまったら、なんだか後々の社会のありように大きな禍根を残すような気がしてなりません。


https://www.irasutoya.com/2020/02/blog-post_566.html