インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

未来の食卓

1985年に公開されたテリー・ギリアム監督の映画『未来世紀ブラジル』に、とっても気持ちの悪い「料理」が登場します。いかにも不味そうな色と形状をしたペースト状のもの。添えられているのは、食材の成分的にはこれと同じですよと言っているような写真です。


https://youtu.be/6dMUksOfIPg

この本を読みながら私は、このディストピア感満載な水色のペーストを思い出していました。読んだのは、ジョシュ・シェーンヴァルド氏の『未来の食卓』です。


未来の食卓

副題に「2035年 グルメの旅」とあるように、この本は今から十数年後の世界の食事情がどうなっているのかを、様々な食の産業や研究者に取材して展望しようというものです。それは、とりもなおさずいま現在の私たちの食のありよう(実際にはこの本が出版された2012年の、かつアメリカを中心としたものになりますが)を検証しなおすことが含まれます。

最初は『未来世紀ブラジル』のような近未来SFに接するような好奇心で読み始めました。その予想はある程度までは当たっていて、この本ではいわゆる「培養肉」や、完全に内陸の屋内で養殖(というよりほぼ「製造」)される巨大な魚、はては人間に必要なカロリーをすべてまかなえるという代用食や、ナノテクノロジーを使った万能薬といった話題まで登場します。

でも私がいちばん興味をひかれたのは、遺伝子組み換え食品に関する一章でした。遺伝子組み換え食品といえば、その安全性をめぐって長く論争が続いています*1。さらに食べ物そのもののあり方として、そも遺伝子を組み替えるということそのものが(それも動物の遺伝子を植物に組み込むなど)倫理的に正しいのかという議論にまで発展し、門外漢にはきわめて理解が難しい分野のひとつです。

筆者は「フランケンシュタイン食品」とも揶揄されるこの遺伝子組み換え食品について取材するうちに、もともとの懐疑的な立場から支持する立場へと「転向」します。その経緯や理由については本書を読んでいただきたいのですが、冒険を承知でごく大雑把に要約すると、この技術を応用しなければ人類はいまの規模の人口を養えなくなるし、殺虫剤や除草剤など農薬の使用量も減らすことはできず、環境への負荷はどんどん大きくなるーーということのようです。つまりサスティナビリティ(持続可能性)を考えるのであれば、この技術の応用は不可避なのだと。

もしわたしたちがGMO(引用者注:遺伝子組み換え作物)に汚名を着せるのをやめたらーーもし、わたしたちが科学的、理性的、実利主義的な見解を持ち、遺伝子工学有機農法は不倶戴天の敵ではないと認識できるならーーわたしたちは、人類史上一度も果たせなかった偉業を達成しうる。
すなわち世界全体を養い、地球を救うことができるのだ。(135ページ)

先日読んだ『フード左翼とフード右翼』では、サスティナビリティの観点から有機農法への批判について紹介されていました。

今後、有機農法の割合を増していくことは、健康的で美味しい野菜を求める地球上のトップ2パーセントの消費の満足度を増やすことにはなれど、世界の食糧事情を改善させてくれはしない。残りの98パーセントの人々には、なんら寄与しないどころか、生命の危機をももたらすことが明らかな食糧生産方式ということになるのだ。(151ページ)

しかもこの有機農法の弱点は遺伝子組み換え技術で補うことができるかもしれないと、同書では指摘されていました。たしかにこの問題、事実に基づかず感覚や気分だけで賛否を唱えるのは危なそうです。

qianchong.hatenablog.com

私個人としては、これらの本だけではまだ理解が足りないと思うので、さらに関連する書籍を読んでみることにしました。というわけでまずは松永和紀氏の『ゲノム編集食品が変える食の未来』と、『フード左翼とフード右翼』でも引用されていたマット・リドレー氏の『繁栄』から。これらの本は目次から見る限り「支持」の立場のようですから、逆の立場の本も探して読んでみようと思っています。

*1:それともうひとつ「ゲノム編集食品」というのもあって、これと遺伝子組み換え食品がどう違うのかもわかりにくい。これについては、農水省のこちらのページが参考になりました。 https://www.affrc.maff.go.jp/docs/anzenka/genom_editting/interview_1.htm