インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

繁栄ーー明日を切り拓くための人類10万年史

以前、およそ30年くらい前に取り沙汰された「41歳寿命説」についてブログに書いたことがあります。「21世紀初めには環境汚染の影響で日本人の平均寿命が大幅に下がる」というもので、若い頃の私はけっこうこれに傾倒していたのですが、幸か不幸か(幸ですね)その未来予想は外れてしまいました。

どんな賢人や明哲であっても未来予想はかくも難しい、というのもさることながら、その未来予想に寄りかかってやけに悲観的、かつなかば自暴自棄的にもなっていたかつての自分を省みて、いたたまれない気持ちになります。「自分だけが世界の真理を知っている」的な謎の高揚感に浸っていた自分を思い返すと、とりわけ。

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その後も例えば「酸性雨」とか「狂牛病」とか、悲惨な未来を予想する論争や出来事は数え切れないほどありました。もちろんそれらはいまでも単なる杞憂だったと片付けられるようなものではありませんが、少なくとも人類はそれらに対して一つ一つ粘り強く対策を講じ、克服してきたのでした。今次の新型コロナウイルス感染症にしてもそうです。

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今回読んだマット・リドレー氏の『繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史』は、そうした人類の歩みについて、「出アフリカ」から現代までを俯瞰した巨大なスケールで描き出したものです。なぜもっと早く読まなかったのかと思ったほど面白く、またいろいろなことを考えさせられました。


繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史

特に、人類が交易し、アイデアを蓄積して集合知として働かせるところにこそ、現代まで続く繁栄の秘密があるのだという、氏のベースにある主張を様々な事例から説明しているところに大きな説得力がありました。この部分については、TEDにとてもわかりやすく興味深い動画があります。


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そして、これまで様々な問題に対処しながら変わり続けてきた(変えてきた)人類が、これから先は変わらない可能性など皆無だとして、困難はあろうけれども必ずそれを克服していくだろうという「合理的な楽観」にも、なんだか救われるような思いがしました。世界は変わり続けるし、それこそが「人類の進歩の意義、文化的進化の意味、動的変化の重要性(下巻137ページ)」なのだと。

この本を読んだのは、遺伝子組換え作物について学ぼうとして読んだある本に引用されていたからですが、遺伝子組み換えのみならず、有機農法バイオ燃料再生可能エネルギー、さらには都市化の意味についても多くを学ぶことができました。私のような、自らの考え方の出自がいわゆる「カウンターカルチャー」に近いような人間にとってはどれも「不都合な真実」ですが、これは虚心坦懐に学ぶ必要があると思います。

原題は《The rational optimist: How prosperity evolves(合理的な楽観主義者ーー繁栄はどのように進化するか)》で、日本の書籍市場では売りにくいタイトルなのでしょうけれど、私はこっちのほうがいいなと思いました。未来は明るい。人類はこれからも様々な試練を乗り越えていくに違いないーーそれが単なる願望であれば無責任のそしりも免れないでしょうけど、この本はそこにもっと確かな納得感をもたらしてくれます。お若い方がこの本を読めばかなり前向きな気持になれるんじゃないかしら、と思いました。

ところで私はこの本を職場の大学図書館で借りたのですが、うちの図書館は借りるときに本の裏見返しに貼られた「貸出期限票」に日付のスタンプが押されます。2010年初版のこの本はというと……私が最初の貸出でした。つまりこの12年間、学生さんは誰ひとり借りていなかったのです。なんてこと!