インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

視覚を通さずに絵を見る

最近ジムでトレーニングをするときに、よくYouTubeで台湾の作家・蔣勲氏の講演を聞いています。氏の講演映像はたくさんあるうえに、だいたいは一時間以上と長いので、聞きっぱなしでいるのにちょうどいいのです。しかも話の展開が巧みで面白い。いろんなことに造詣が深くていらして、しかもときどき日本のこともお話しになるので、楽しいです。


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昨日は、二十四節気に関するこの講演を聞いていたら、夏至のところ(56:22から)で蒋氏がオランダ・ハーグのマウリッツハイス美術館レンブラントの「テュルプ博士の解剖学講義」を見たときの話が出てきました。


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%83%A5%E3%83%AB%E3%83%97%E5%8D%9A%E5%A3%AB%E3%81%AE%E8%A7%A3%E5%89%96%E5%AD%A6%E8%AC%9B%E7%BE%A9

蔣氏が友人とこの絵を見ているときに、ふと気づくとそばに犬がいたそうです。なぜ美術館に犬が……と思ったら、それは盲導犬で、そばには「ご主人」がおり、その人がじっとレンブラントの絵を見ていたというのです。蒋氏は「なぜ目が不自由なのに絵を見ているのか」と思ったそうですが、すぐに気づきました。となりにその人をサポートする別の人がいて、とても小さな声で絵の内容を解説していたのです。

蒋氏はこの体験から、そもそも私たちが当たり前のように使っている視覚とは何なのか、そしていわゆる「健常者」と言われる人々は視覚に頼りすぎて他の感覚を覆い隠しているのではないか、という気づきを得ます。そして、例えばドラマを見るときに字幕に頼りすぎて*1俳優の演技を深く味わっていないのではないか、あるいは嗅覚はどうか、空気中にただよう多種多様な香りや匂いを、もはや我々は感じ取れなくなっているのではないか……などと話を進めていきます。

そして二十四節気というものは、その循環の中で折にふれて我々に、もはや我々の身体から失われつつある感覚を蘇らせる、そんな気づきを与えてくれるものではないか……とおっしゃるのです。新暦を採用している日本の我々は、もとより本来の二十四節気と結びついた季節や気候の移り変わりを感知できなくなっています。それでも美術館での視覚障害者との出会いから始まる蒋氏の五感についてのお話はとても興味深いと思いました。

そしてこれはまた不思議なシンクロニシティなのですが、蒋氏のお話を聞いたその前の日に、私は通訳用の教材を探していてこんな動画に行き着いていました(ですから次の日に蒋氏のお話を聞いてびっくりしました)。全盲の写真家・李娜氏のお話です。李氏もまた、自分が撮影した写真を別の人に詳細に解説してもらうことで、そこに写し取られた光や形や色彩を感得できるとおっしゃっています。これまた私たちの視覚に対する認識を大きく改めてくれます。


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*1:中国語圏のドラマやテレビ番組では中国語の字幕がついていることも多いです