インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

年齢に関係なく働く

東京は青山のスパイラルビル5階に「Call」というお店があります。デザイナー・皆川明氏のブランド「ミナ・ペルホネン*1」が展開している服飾や雑貨のお店で、食品販売コーナーやカフェもある面白い空間です。

スパイラルといえば、私が学生時代に竣工したおしゃれな空間で、展覧会や演劇などのアートイベントをよく見に行きました。バブル時代に作られたいわゆる「バブリー」な建物ではありますが、同時代の他の奇を衒ったような建物とは一線を画していた上品さゆえか、いま訪れてもちっとも古びた感じがしません*2*3

それはさておき、Callというお店で働いておられる方々は様々な年齢層、というかご年配の方が多いです。それがお店の空間にも一種独特の落ち着きをもたらしているような気がするのですが、この点について皆川氏へのロングインタビューをまとめた『Hello!! Work 僕らの仕事のつくりかた、つづきかた。』という本に、氏の考え方が語られていました。

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Hello!! Work 僕らの仕事のつくりかた、つづきかた。

皆川氏はこのお店を開くにあたって、スタッフの募集時に年齢を「100歳まで」としたそうです。「働くことがなぜ年齢で区切られているのだろうという疑問を持っていた」からだとか。

60歳以上のスタッフを、僕らは「先輩」と呼んでいますが、中には80歳を越えた方もいます。彼らの生きる知恵やマニュアルではない言葉によって、ショップによい空気が漂っている。とても嬉しいことですね。(72ページ)

たしかに、私などアパレルショップと聞くだけでちょっと身構えてしまうようなところがあって、正直とても苦手な空間です。だから服は(あまり新調しませんけど)ネットショップか、ユニクロみたいにスタッフさんとまったく話さなくていいお店(最近のユニクロはレジもセルフです)でしか買わなくなりました。あの「っせー」「したー」的なお若い方の接客も気になりますし。

qianchong.hatenablog.com

見ていると、近い年齢の人たちだけで働いている仕事場に比べて、先輩が後輩に教えていることもあれば、後輩が先輩を助けていることもあります。それが自然に行われているのはいいですね。
若いスタッフが先輩たちから社会的なことを教わり、先輩たちが若い人の指示に耳を傾けている様子を目にすることも少なくありません。
“人生=命”の知恵を重ねてきた年配の人から、若い人が学ぶことはたくさんあるし、“人生=命”を延ばしていく若い人から、年配の人が気づきをもらうこともあるのではないでしょうか。(75ページ)

ああ、いいですねえ。こういう働き方がどんな業態や業種でも可能とは言えないでしょうけど、例えばアパレルだったらどんな年代の人もお客さんになりうる(服を着ない人はいないわけで)ので、接客する側の年齢も多様であってちっともかまわないですよね。こういった試みを企業側がみずから提案していくというのはとてもいいことだと思います。私もこういう場所で働き続けることができたらいいな。というか、いま身を置いている職場でも実践できることですよね、こうした考え方は。

*1:「ミナ・ペルホネン」はフィンランド語から取ったそうです。ミナ(minä)は皆川氏のミナであると同時に「私」という意味、ペルホネン(perhonen)はちょうちょの意味です。フィンランド語学習者からすると、主語の“minä”のあとに動詞がなくていきなり“perhonen”が来るのは奇妙ですけど、まあそんな無粋なことは言っちゃいけません。ホームページの解説によると、同ブランドが洋服から暮らし全体のデザインへと展開していくようになったのを契機に、ちょうちょが美しい翅を広げるイメージを込めてつけたのだそうです。

*2:設計は建築家の槇文彦氏。余談ですが、後年出版社で働いていたとき槇氏にインタビューする機会があって、スパイラルのファサード(正面の外観)に話が及び、私が「裏側はどうなっているんですか」などとバカな質問をして、槇氏が困惑されていたことを思い出しました。側面と裏面は他の建物に囲まれているので、建築デザイン的には特に何も施されていないんですよね。

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