インタプリタかなくぎ流

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簡単料理は簡単か?

料理研究家の有元葉子氏が「簡単な料理を教えてください」という依頼に端を発して、料理とはなにか、料理を含む暮らしとはなにか、とりわけ気持ちよく暮らすとはどういうことかを語った本。料理のヒントや簡単なレシピも載っていますが、これは料理本というよりは随筆と呼ぶべき一冊です。


簡単料理は簡単か?

出汁をひく、胡麻をする、鰹節をけずる、辛子をかく、調味料を手作りする……手軽さや安さに任せて既製品を使うのではなく、昔ながらのシンプルだけれどていねいな手仕事を復活させようという氏の主張には、ひとつひとつうなずけます。

忙しい暮らしの中でそこまでできない、結局は裕福な人たちのみが追求できること……そういう批判も聞こえてきそうですが、ひとつでもふたつでもできることから取り入れていくと、たしかに気持ちよく暮らせそう。

暮らしからプラスチック類を取り除いてみるという提案も、「原理主義」に陥るとかえって暮らしが窮屈になりそうですが、現在のような野放図なプラスチック依存の環境にあっては傾聴に値すると思うのです*1

私がこの本で一番共鳴したのは、「整理・整頓」を語るくだりで「どんな場所にも空間が欲しい」とおっしゃっているこの部分です。

人間もそうではないでしょうか。人混みの中になるべく入らない、みんなが行く方向へあえて行かない。伝染病がはやる前から、私は意識的にそうしています。そうしないと、自分の感覚で生きる力が弱まってしまうような気がする。(21ページ)

自分の周りに十分な空間があって、常に空気が淀まないようにしておかないと生きる力が弱まっていく。私は自分が中高年と呼ばれる年齢になって、これを強く自覚するようになりました。若いときはにぎやかな人混みが大好きだったのに、いまではほんの少しの人混みでもたちまち元気が失われていくのを感じるのです。

たぶん若いときはそれなりに体力があって、失われる元気と相殺できるだけの力を内側から出せるんでしょうね。それが歳とともに弱ってきたのではないかと。

私はもういまでは満員電車に乗れないし(それでかなり早朝から都心に出るようにしています)、旅行するにしても観光地や観光名所にはあまり行きたいと思わなくなりました。たぶん多くの人から発せられるリズムの複雑さに酔って、自分の感覚が麻痺してしまい、極端に疲れることがわかってきたからだろうと思います。有元氏のこの本を読んで、あらためてそんなことを考えました。

*1:そういう有元氏だって以前はラップフィルムやジップロックのたぐいを多用し推奨していたじゃないかというような批判をAmazonのレビューで読みましたが、人は時とともに考え方を変え、深めていくもの。そういう「変節」はあっていいと思います(変節したことを認めつつならば、ですが)。