インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

英国一家、日本を食べる

数年前、ヘルシンキで寿司を食べたことがあります。寿司店に行って食べたのではなく、民泊で借りていた家の近くにテイクアウトの寿司店があったので買ってみたのです。

海外における寿司人気はもうずいぶん前から伝えられていますが、同時に寿司の「現地化」ぶりがぶっ飛んでいる(つまり日本の寿司からはかなりかけ離れている)というのもバラエティ番組などでは定番のネタです。でもヘルシンキで買ったこの寿司のパックは、とても「フツー」でした。日本のスーパーやコンビニで買ったと言っても違和感がないほど(でっかいワサビのお団子がご愛嬌ですが)。フツーの寿司が北欧の街でもフツーに売られる時代になったのかな、そこまで普及したのかなと思いました。

先日読んだマイケル・ブース氏の『限りなく完璧に近い人々 なぜ北欧の暮らしは世界一幸せなのか?』が面白かったので、氏とそのご家族が三ヶ月間日本の食べ物とわたりあった食紀行『英国一家、日本を食べる』も読んでみました。有名な一冊で、評判は聞いていたのですが(アニメ化もされているそうです)読んだのは初めてでした。


英国一家、日本を食べる

あっという間に読了してしまうほど面白かった(北欧本で感じたちょっとニヒリスティックな筆致も健在)ですが、正直に申し上げると北欧本ほどのキレは少し足りなかったかな、と感じました。でもこれは仕方のないことで、北欧を扱った上述の本は氏が実際に住んだ上での考察(お連れ合いはデンマーク人で、一家はコペンハーゲン在住だそうです)であるのに対し、この本は三ヶ月間の旅行記だからです。

それでも氏が昆布から、鰹節から、味噌から、豆腐から、その他さまざまな日本食の側面から日本の文化と日本人的な精神を切り出していく腕前はさすがだなあと思いました、氏ご自身が料理学校で学び、レストランで働いたこともあるという経験がそれを裏打ちしているのでしょう。とくに私は、すでに日本食と言っても過言ではないラーメンについてのこんな描写に共感しました。

それでも、これだけいろいろな麺があるというのに、この国で空腹を満たすものはラーメンなのだ。時間がないとき、汁ものが食べたいとき、温まって満たされたいとき、何もかも忘れて丼鉢の中身をズルズルとすすりたいとき、日本人の頭に浮かぶのはラーメンであって、鮨や天ぷらといったごちそうじゃない。ポリエチレンの容器にお湯を入れて作るインスタント麺だろうが、電車に飛び乗る前に立ち寄るカウンターの立ち食いだろうが、実直な大将が丹精込めて作った逸品だろうが、とにかくラーメンを選ぶのだ。(230ページ)

一家が日本を訪れたのは2007年だそうで、いまの状況とは少々異なっているところもあります。加えて、当時から十数年たったいま、あの頃と比べてもさらに元気を失いつつある私たちが救いを求めるような気持ちで飛びつきがちな「日本スゴイ」的メンタリティが沸き上がってくるようなところがあり、個人的には読んでいて少々むず痒さも感じました。

ともあれ、続編の『英国一家、ますます日本を食べる』も買ったので、これから読もうと思っています。