インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

デジタル写真が存在しなかった時代

1990年代の前半に、私は熊本県水俣市で仕事をしていました。仕事をしながら農作業の真似事みたいなこともしていて、現代でいうところの「Iターン就農」みたいなのを30年前にやっていたわけです。結局私は田舎の閉鎖的な人間関係や因習みたいなものに嫌気が差して東京に舞い戻ってしまいました(時代が早すぎた+自分も若すぎた)が、暮らし方や働き方自体は割合「ゆるゆる」としていて、なかなか面白い体験ではありました。

今回、ひょんなことからそうした体験を某所で話すことになり、スライド資料を作っているのですが……。私は記念写真のたぐいを全くと言っていいほど撮らない人間で、当時の暮らしや仕事の写真がほとんどありません。加えて根っからの断捨離気質で、当時の資料もほとんど処分してしまっています。というわけで、スライド資料を作り始めてから、そこに盛り込めるような画像や映像がほとんどないことに気がつきました。

記憶を頼りにプレゼンしてもよいのですが、記憶というものは往々にして美しく盛られるものです。それで客観的な当時の写真資料はないかなとGoogleで画像検索するも、これがほとんど見つからないのです。私が住んでいた南九州の片田舎の風景や、働いていた場所の周辺、当時の人々の暮らしぶり……私を含めてまだほとんどの人がインターネットを使っておらず、もちろんスマホはおろかデジカメすらなかった時代です。新聞や書籍など公刊された写真ならまだしも、私的な写真のデジタルデータはネットに残っていないんですね。

自分自身も、当時は今にもまして貧乏で、カメラなんて持っていませんでした。レンズ付きフィルム(知らない方にとっては意味不明の名称ですね)の「写ルンです」みたいなのはあったけれど、DPE(これも死語ですか)のお店に出すのも高くて面倒で、結局当時の私的な写真はほとんど残っていません。さらにさかのぼって大学生や高校生の頃になると、これはもう皆無です。卒業アルバムのたぐいもすべて処分してしまいましたし。

もちろんこれは私が特殊なんであって、趣味が写真撮影だという方はたくさんいましたし、折に触れて家族の写真を残してアルバムにしている方も多いと思います。ただそれらをわざわざデジタル化してブログやSNSなどの形でインターネットに上げる方は稀ですよね。現代の自分の暮らしはスマホで撮影して気軽にネットに流していても、何十年の昔の写真はよほどその必要がない限りわざわざ上げたりはしません。つまりデジタル化された当時の映像資料は意外に残されていないのです。

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▲荒れた水田を手作業で開墾する私。農作業の写真はこれ一枚しか残っていません。

妻の父親が亡くなった時、実家には多くの写真アルバムが残されていました。妻はその中からほんの数枚程度、思い出の写真は手元に残しましたが、あとはすべて処分してしまいました。そこまでしなくても、たぶん多くのご家庭で本棚や押入れの奥に眠ったままになっているアルバムは多いと思います。そしてたぶんそれらのほとんどはご本人たちが鬼籍に入られるとともに処分されていく。

よしんば処分はされないにしても、それらがデジタルデータの形でネットに上がることはまず考えられません。現代の人々が他愛もない写真を次々に全世界へと発信している(失礼。私ももちろんその一人です)のとは極端なコントラストを成しています。インターネット時代以前に関する画像検索というのは、かなり偏りがある世界なんだなと思いました。

写真でさえそうなのですから、まして動画においてをや。100年、200年あとの歴史家たちは、1990年代半ばを境にした前後で、映像や動画のデジタル資料数が極端に変わることに戸惑いを覚えるのかもしれません。