インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

MINAMATA

ジョニー・デップ氏主演の映画『MINAMATA』をみてきました。以前、映画評論家の町山智浩氏が語るこの映画のお話をとても興味深く読んでいたので、セルビアモンテネグロでロケをしたという部分の違和感などもさほど気にならずにみることができました。

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町山氏が語っているように、映画のストーリーは史実とは違っている部分もある……というより、史実のほうがもっと強烈な展開をたどったのですが、それは脇においても、当時の記録映像も織り交ぜたこの作品は、あらためて水俣病事件を人々の記憶に呼び戻す一定の役割は果たすだろうなと思いました。

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私は若い頃に五年間ほど水俣に住んで、水俣病センター相思社というところに勤めていました。私が水俣に住んでいたのはこの映画が描く時代よりもっとずっと後で、もちろん当時も(そして現在に至るまで)未認定患者運動は継続されていて、裁判などの支援もしましたが、私たちが取り組んでいたのはむしろ水俣病事件を起点にして、水俣病を生み出してしまったような社会のあり方そのものを問い直すという方向の活動でした。

だからこの映画に出てくるチッソとの交渉場面や裁判(このあたり、水俣現地の抗議活動と東京のチッソ本社での交渉がひとまとめになっています)などは、当時の私でさえすでに記録映画などでたどる「歴史」の一部でした。それでも水俣病患者の生活支援や聞き書き、資料収集などでお目にかかった人々が映画に登場して、当時のことをいろいろと思い出しました。

当時相思社が、この映画の主題にもなっているユージン・スミス氏とアイリーン・スミス氏の写真集『MINAMATA』の復刊を働きかけていた頃で、たぶんその一環だったと思いますが、相思社所蔵だった上村智子氏とお母さんの例の写真を用いて私が「講演」のようなことを行ったのを思い出しました。

思えばあれが初めて人前でまとまった話をした経験でした。前日に当時のパートナーの前で講演のリハーサルしたことも何十年かぶりに思い出しました。聞いていた人からは「若い人が一生懸命話しているというだけでも何か伝わったような気がする」と、なかば慰めのような感想をいただきましたが、まあ講演としてはとても浅い内容で話し方も拙かったのだろうなといまにして思います。

映画に出てきたモンテネグロの海岸は、水俣の街が面している不知火海の風景にとてもよく似ていました。それでも建物や列車や樹々の植生など、それにチッソの工場も実際とはかなり違っています。特に水俣駅を降り立つとすぐ駅の前にチッソの正門があるという実際の構図は、ぜひこの映画でも取り入れてほしかった……。この映画を水俣現地で撮れなかったのは残念でしたが、でも現地の人々の気持ちを考えるとしかたがないかなとも思います。

当時の私たちもそうでしたが、よそから水俣にやってきて、それもどこかで聞きかじったような社会正義を振りかざして(自身は振りかざしているという気持ちはなくても)街が騒々しくなるのは、あまり地元の人々の望むところではないと思います。もちろん水俣病がいまの私たちに教えてくれる教訓は当時と少しもその重みを減じていないとはいえ。

ジョニー・デップ氏主演の映画とはいえ、漏れ聞いた話によると、興行成績はそれほどよろしくはない模様。私も上映館を探して数少ない上映時間に合わせて観に行くのがちょっと大変でした。ぜひロードショー公開されている間にご覧いただきたいと思います。