インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

『All Right!』という雑誌があった

あれは大学受験に失敗して浪人生活をしていた頃ですから、18歳か19歳だったと思います。当時住んでいた大阪府下のある私鉄駅前にあった本屋さんで、創刊されたばかりの雑誌を偶然見つけて買いました。

当時、若い男性向け雑誌として双璧を成していた『POPEYE』と『Hot-Dog PRESS』。それらに挑戦するかのように登場したその雑誌は『All Right!』といって、前者二誌よりもかなり意図的にアメリカントラッドやアメリカンカジュアルに傾倒した紙面づくりで、そうした文化に対する憧れがかなりストレートな形で前面に打ち出されていました。

その少し前に『オフィシャル・プレッピー・ハンドブック』を読んで、アイビーやトラッドに対する憧れを拗らせつつも、ほとんど縁のない生活を送っていた(主に金銭的な理由から)私は、この雑誌でより一層焦がれるような思いをアメリカという国に向けるようになりました。

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それでも、じゃあ英語を頑張って勉強して、アメリカに留学しようなどとは微塵も考えなかったのがいま思えばやや不可解です。たぶん当時の私はとにかく怠惰で勉強が嫌いで、そういう向上志向そのものが自分の中にはなかったのだと思います。ごくごく表面的な、浅いところで、自分が身を置いている日本とはまったく違った、なんだかオシャレな世界に憧れていたというだけで。

この雑誌で紹介されるのは、アメリカのアイビーリーグと呼ばれる名門大学に通う大学生の日常生活と、それにまつわるアイテム(ファッションや食べ物や車やスポーツ用品や……)の数々です。その他にも情報誌的な細々とした記事がたくさん詰まっているのですが、当時の日本の私たちからすればかなりハイソサエティで「どこにいるんだそんな人」、「どこにあるんだそんな暮らし」という感じでした。でもそうであるがゆえに憧れもいや増しに高まるのでした。

今でもよく覚えていますが、創刊号で紹介されていたアメリカの大学生の暮らしの中で、「ハーゲンダッツ」のアイスクリームの話が出てきました。まだ日本に同ブランドが入ってくる前で、誰も知らなかった頃です(だから後年、同ブランドが日本進出したときにはかなり感動しました)。高級アイスクリームといえば「レディボーデン」くらいしか知らなかった私は、それだけでもう気持ちが高揚したものです。

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この雑誌はしかし、圧倒的人気を誇る『POPEYE』と『Hot-Dog PRESS』の前にはまったくもって非力で、6号ほど出版されたところで廃刊になってしまいます。やはりちょっとアメリカ文化そのものへの傾倒っぷりが強すぎて、当時の日本の私たちからすれば世界が違いすぎ、浮世離れしすぎていたのかもしれません。

それから何十年、この雑誌のことはすっかり忘れてしまって、買いためていたその6冊もどこかへ行ってしまっていたのですが、先日ふと思い立ってネットで検索してみたら、その6冊がセットになって、古本屋さんで売られていました。値段もさほど高くなく、ついつい「大人買い」してしまいました。

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ページをめくると、何十年も前の感覚が「うわーっ」と蘇ってきます。そうそう、こんな写真があった、こんな文章があった……とそれらにつられて当時のいろいろなことを思い出しました。松山猛氏や片岡義男氏が健筆を振るっていて、安西水丸氏がイラストを大量に描いています。VANや、ソニーウォークマンの広告があります。デビューしたばかりの大江千里氏のアルバムが紹介されています。

パソコンやスマートフォンが一切出てこないキャンパスライフ。大学生たちがPOボックス(私書箱)でやり取りしているところなんかに時代を感じます。その一方で、男の子は女の子が好きという、ごくごく単純なジェンダー感ばかりが繰り返し登場するのも隔世の感があります。

……ああでも、現代の雑誌だってそう変わらないか。そういう意味では、こうしたごく単純なひとつの価値観だけで世界を物語るという雑誌の個性が(それが雑誌各々の読者層を獲得していたわけですが)、もうこの多様性を求め、尊重する時代の流れについていけていないのかも、だから雑誌も斜陽の時代に入ったのかも……などと考えました。「雑」誌だから、本来はいろいろな人の有りようが雑多に入り混じったものであるべきなのにね。