インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

童夢

高校生のときのクラスメートにM君がいました。漫画研究会に所属していて、素人目にも「うまい!」と思えるようなマンガを描いていました。M君は大友克洋氏の大ファンで、描くマンガの作風も大友氏に酷似していました。

確か高校一年生か二年生の頃に週刊誌で『AKIRA』の連載が始まって、その初回が掲載された号の発売日はMくんをはじめ漫研のみんながかなり興奮していたことを覚えています。「これから毎週二冊ずつ買って、一冊は『読む用』に、もう一冊は永久保存版にする」と言っていた人もいましたし、授業中に「ちょうどいま、東京で『新型爆弾』が爆発したんだぜ」とささやいていた人がいたことも覚えています。『AKIRA』の第一回は、1982年12月6日に新型爆弾が炸裂するところから始まるのですが、それが雑誌の発売日に設定されていたのでした。

M君からは大友氏のもうひとつの作品『童夢』も強くおすすめされました。それで当時発売されていた単行本を買って読んだのですが、確かにものすごいインパクトで、それから何度読み返したかわかりません。M君によれば「マンガのコマ割りがまるで映画のカットが切り替わるみたいなんだ」とのことでした。私はマンガの作画法についてはまったくの素人でしたが、それでも言っていることはなんとなく分かりました。確かに静止画であるマンガのコマに凄まじいスピードや重みを感じるのです。吉川がガラスを割るところ、チョウさんがコンクリートの壁に押しつけられるところ……。

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M君とは高校卒業後一度も会っていません。けれど、一浪したあと大学に入った春に一度M君の家に電話をかけたことがあります。なぜ電話したのか、その理由は覚えていませんが、お母さまが電話に出て(スマホはおろか携帯電話だってなかった時代です)、M君は不在であるむね告げられ、それきりでした。その後『童夢』の単行本はしばらく手元にありましたが、いつ頃だったか処分してしまいました。

昨年急に『童夢』のことを思い出し、もう一度読んでみたいなと思ってネットで探すと、単行本は絶版になっており、古本もプレミアがついて超高値になっていました。それであきらめたのですが、最近復刊されたことを知り、さっそく注文しました。3000円近くもする豪華本仕様です。旧版の単行本より判型が大きくなり、より細かい画面が楽しめるようになりました。すぐに劣化しそうなビニールカバーの装丁はやや疑問ですが、大友氏自身による解説もついていて、かなり楽しめました。

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童夢 (OTOMO THE COMPLETE WORKS)
大友氏によれば、この作品を一巻完結の形にまとめたのは「映画を意識していたから」なんだそうです。なるほど確かに一本の映画を見終わったあとのような読後感。そして「映画のよう」と言っていたM君の評価はさすが熱烈なファンゆえに的を射ていたのだなと改めて思った次第です。