インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

サ道

何かを学んでいるときに「芋づる式」に次々と新しい世界が開けてくることってありますよね。

最近もそんな感じで、フィンランド語を学んでいるうちにフィンランドという国の歴史や文化に興味を持ち、「フィンランド魂」を表す “SISU(シス)” という言葉をテーマにした本を見つけ、そこからフィンランドのサウナ文化に関心が行って「サウナ・フォー・ビギナーズ」と題されたムックを読み、実際に近所の銭湯でサウナと水風呂を体験して恍惚の境地に(なんじゃそりゃ)……てな感じで興味の連鎖反応が起こっています。

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上掲のムックにはタナカカツキ氏による「サ旅」というマンガが掲載されていて、これもたいへん興味深かったので、さっそくタナカカツキ氏の本を買って読んでみました。それがこの『サ道』と『マンガ サ道』です。


サ道 心と体が「ととのう」サウナの心得 (講談社+α文庫)


マンガ サ道~マンガで読むサウナ道~(1) (モーニング KC)

どちらも薄い本で、文庫本の『サ道』も文章とマンガやイラストが半々くらいですから、すぐに読めちゃいます。そしていくつも「うんうん、そうだよなあ」と共感できる部分があり、すっかり「ととのって」しまいました。

「ととのう」というのは、タナカカツキ氏の著作に通底している思想というか感覚で、日本サウナ・スパ協会から「サウナ大使」に任命されている氏が考えるところの、サウナの効用の筆頭に置かれているものです。謎かけの「整いました」同様、パズルの最後のピースがぴったり嵌まったときのような、なんとも言えない充実感や達成感や爽快感を想起しますね。確かにサウナ(+水風呂)に入った後の感覚って、本当にそんな感じになるんです。

詳しくはぜひ氏の著作にあたっていただきたいと思いますが、なんだろうあの、心が満たされて誰にでも優しくしてあげたくなっちゃうような平和な気持ちは……。わざわざ「サ道(サウナ道)」と名付けたお気持ちも分かります。

文章やマンガにも独特の味わいがあって、その一種摩訶不思議でゆるい雰囲気はタナカカツキ氏ならでは。とくに私が一番膝を打って「そうそう!」と唸ったのはここでした。

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▲『マンガ サ道』p.29〜30

「温度の羽衣」。なんと絶妙な表現なんでしょう。そしてその繊細な羽衣が、後から水風呂に入ってきた方の起こす水流ではがれてしまうときの形容といったら。水風呂におけるあの感覚の、これ以上の言語化は思いつきません。そして、これもまた銭湯など公衆浴場ならではの味わいなんでしょうね。ご自身は「サウナ大使」任命の際に「サウナ歴は浅いし、素人同然」とおっしゃっていたそうですが、ここまで絶妙にサウナの魅力を形容されるんですから、日本サウナ・スパ協会は炯眼であったと言わざるを得ません。

ただそのいっぽうで、サウナに対して当初「なぜオッサンたちは好きこのんでこんな……」というイメージをお持ちだったという氏は、ご自身がサウナで出会った、ひそかに「導師(グル)」と仰いでいる「蒸しZ」氏について「蒸しZが、ただの男性趣味でありませんように」などとホモフォビアまがいのあまり笑えないオチをつけたり、お連れ合いを「嫁(ヨメ)」と表記しちゃったりしています。

さらに上述のムック所収のマンガ「サ旅」でも、「ムーミンマリメッコも北欧家具もとくに興味なし! サウナに入るためだけにフィンランドまでやってきたのサ!」とか「オーロラ? そんなのどうでもいいからはやくサウナに入りたい!」などとトガったことをのたまい、「結局、日本のサウナに入りたいのサ」とまとめちゃっているのです……。

う〜ん、このあたりは、ちょいとドメスティック思考で保守的な「昭和のオッサン」っぽい時代遅れ感満載で、無粋を承知で申し上げれば「大使」としてはいかがなものかしら、と思います。

先日行ってみた、「サウナー」のあいだではつとに評価が高いという三軒茶屋の「駒の湯」さんでも、サウナの中は「昭和のオッサン」的テイストな「ド演歌」がガンガンかかっていました。やっぱりサウナって、オッサン的な文化なんでしょうか。まあド演歌は私も好きですけど。