インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

独学大全

読書猿氏の『独学大全』を読みました。800ページほどもある、ずっしりと重い一冊です。55種類にわたる独学の技法を紹介したこの本は「大全」の名の通り、百科事典的に必要な項目だけを選んで読むこともできます。ですが私は、面白くて結局最初から最後まで一気にすべて読んでしまいました。通読してみると分かりますが、55の技法は独立したテクニックというよりはお互いに関連し合っているものが多く、最終章ではそれらを組み合わせながら独学を行うケーススタディも付されています。

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独学大全――絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法

大部の本ですが、そこに通底する考え方は、もしかするとただひとつなのかもしれません。それは、倦まず弛まず諦めずに学び続けよう、一歩ずつでも半歩ずつでも毎日先へ進もうということです。言うなれば「継続は力なり」を800ページかけて語り倒しているようなとんでもない(ほめことばです)本なんですね。

最初の方に、その「継続」を真正面から捉えた一章が据えられています。いわゆる「中級の壁」についても述べられていて、語学関係者としては思わずひきつけられるのですが、そこには「学ぶことは結局のところ、自分のバカさ加減と付き合うことだ」と書かれています。

より長く学ぶことは、それだけ長く自分の頭の悪さに直面し続けることだし、より深く学ぶことは、それだけ深く自分の間抜けさと向かい合うことだ。〈中級の壁〉を越えて向こうへ進む奴の多くは、費やす努力に〈見合う〉ものが手に入らなくても、他にもっと楽で得な選択肢があったとしても、もうそれを学ぶことをやめられないバカだとも言える。才能の限界が見えようと、スランプに陥ろうと、若輩者がどんどん自分を追い抜いていこうと、病気や事故や何かでそれまで得たたくさんのものを失おうと、もうそれを学ぶことなしにはいられないから続けるんだ。コスパの勘定ができないからバカだし、繰り返しバカであることを自覚させられるから(謙譲抜きに)自画像的にもバカだろう。だが〈中級の壁〉を越えて、ずっと先まで行くのは、そういうバカだ。(136ページ)

ここはこの本の白眉でも何でもないとは思いますけど、私は妙に心ひかれた部分でした。ロシア語の黒田龍之助氏が『外国語の水曜日』でおっしゃっていた「外国語学習にとって最も大切なこと、それはやめないこと」とも通底する話です。どんな学びにも「中級の壁」というのはありますけど、それを越えて学び続ける人というのは、あるいはもっと根源的に学びそのものが成立するというのは、実はこういうことなんじゃないかと。

qianchong.hatenablog.com

例えば自分が学んできた中国語に関して言えば(まあ私は「中級の壁」を越えたかどうかも怪しいのですが)、学び始めたとき、さらには学んでいる最中に「楽で得な選択肢」を探そうとは思いもしませんでした。「才能の限界」なんて何度も、そしていまも感じていますし、どんどんまわりに追い抜かれ、「達人」を眩しい思いで見上げ、病気やトラブル(失業とか)で中断もしましたが、それでも学び続けてきて楽しかったといまでは思えます。

私が中国語を学び始めたのは、ちょうど中国の経済成長が加速し始めた頃でしたが、正直に申し上げて「これからは中国語の時代だ」などと考えたわけでは全然ありませんでした(少しは考えればよかったかも)。その意味じゃ「コスパの勘定」など皆無です。だいたいコスパを勘定できるような人間なら、いま学んでいるフィンランド語なんて選ばないと思います(先生方、ごめんなさい)。

読書猿氏のTwitterによると、この本はすでに7刷10万部まで到達しているそうです。みなさんどれだけ学びに飢えているのかが分かろうというものです。そしてその学びを妨げている(ように思える)日常の現実をなんとか克服したいと願っている人が多いのだということも。私もこの本を読んで、暮らしのあちこちの改善に取り組み始めました。副題となっている「絶対に『学ぶこと』をあきらめたくない人」にお勧めの一冊です。