昨日Twitterで、こんな意見に遭遇しました。
もう、漢字が読めるのは日本人と台湾人だけですからね。
— 建築エコノミスト森山高至 (@mori_arch_econo) November 25, 2020
我々は、ホンモノの漢字を知ったうえで、中共の簡体文字を漢字の省略形と認識してますが、中国人は簡体文字を漢字と思い込まされており、学者や一部の高学歴者じゃないと漢字を知りません。
まあ私も、現在の中国政府(中国人じゃないですよ)に対してはとてもじゃないけど好感を持てないし、漢字に関する政策についても、かつて行われた簡体字の導入は愚かだったんじゃないかなあと思っているクチです。でも、だからといって返す刀で学者や高学歴者しか「ホンモノの(?)」漢字を知らないというのはちょっと言いすぎですよね。
庶民だって、例えばお店の看板とか名刺に繁体字(正体字)をあしらうなんてのはけっこうやっています。私が友人に聞いた範囲では、繁体字の方が正統っぽい、歴史の重みがありそう、あるいは単に普段目にしている漢字より画数が多くて(?)オシャレって感じなんですね。それに現代ではネットで台湾や香港のコンテンツに日常的に触れていて、“共匪”、“蔣匪”などと罵倒しあってたような時代はもうとっくの昔に過ぎ去ってるんです。ことはそんなに単純じゃないんですよ。
ちなみにこの「簡体字」や「繁体字」のお話、ちょっと語り始めると「繁体字じゃない、正対字だ」とか「『正体字』とか書いてる時点でちゃんちゃらおかしい。『正體字』だろ」とか「そも日本の漢字だって略してるじゃないか」とか、まあいろんなご意見が噴出してめんどくさい、もとい、たいへん活発な論争に発展しかねません。みなさんそれぞれ一家言持ってらっしゃる。私は専門家でもなんでもないので、学術的な無謬性の追求はこの際ご勘弁いただいて、以後「簡体字」、「繁体字」といたします。
で、この二つの文字が、一応ネット上でも並行して流通しています。ウィキペディアなんかでもこんな感じで、主に簡体字か繁体字か表記を選べるようになってる。
私は仕事でどちらも使用しますし、通訳学校でも意識的に両方の漢字を使った資料やレジュメを作り、教材に合わせて配っています。中国大陸の話者や筆者であれば簡体字でとか、台湾や香港のそれなら繁体字でとか。そもそも通訳や翻訳の現場に出れば、簡体字だ繁体字だなんて言ってられないですから。あと日本語母語話者として日本の漢字も使っているので、都合三つの字体を使い分けていることになります。これはもう長年やっているので、特に不便も煩わしさも感じません。
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それはさておき、東京の繁華街とか、日本全国の観光地なんかで、全く同じ中国語としての表記を「簡体字」と「繁体字」で併記しているところがあります。なにかいい例はないかしらとネットを検索してみたら、こちらのブログで面白い写真を拝見しました。簡体字の“参观路线”と繁体字の“參觀路線”が併記されています。
ただ私は、ふだん付き合いのある華人(チャイニーズ)の人々や留学生などと話をしていて感じるのですが、ご当人たちはそこまで「簡体字・繁体字」を気にしてないようです。看板など、サインシステムとしては煩雑になりすぎますし、ここはまあより広範囲の華人に分かってもらうってことで、繁体字一種類だけでいいんじゃないかと個人的には思っています。
二十年くらい前、私はとある中国語の新聞社に勤めていましたが、今よりよほど「イデオロギッシュ」だったと記憶している当時でさえ、日本で発行している華人紙はそうした「より広範囲の人へ」という理由で繁体字の紙面がほとんどでした。まあそうした新聞を積極的に読む層というのはおおむね高等教育を受けた人々で、高等教育では中国大陸の方も古典などで繁体字になじんでいるからとか、そんな背景もあったのでしょうけど。
現在、日本における多言語表記のサインシステムなどが「簡繁併記」になっているのは、そうしておいたほうがいろんな地域の華人にわかってもらえるだろうし、逆に「なんで簡体字(or 繁体字)がないんだ!」とクレームが来るのを避けるといった意味合いがあるんだとお察しします。でも、私個人は、ちと考えすぎじゃないかなと思っています。もちろん、うるさい方はいつの時代もいますけどね。そんなことをTwitterでつぶやいていたら、こんなリプライをいただきました。
から説明を始め、まずは繁体字のみの表記から始めて、慣れてきたら簡体字も表記するか、または最初から繁体字と簡体字の2種表記にするよう説いて回りました。人種(と敢えて言います)が違うと使用文字が違うというコンセプトは日本ではまだまだ一般的に普及していません。いまだに。
— sophie lee (@sophieleehk) November 25, 2020
なるほど〜。客層としては繁体字圏(?)である台湾や香港の方が多いのに、「チャイニーズだからあれだろ、なんか簡略化した例のあの漢字? アレを使っときゃいいんじゃね?」的な雑駁さを感じますね。お客様がどういう(文化)背景の方なのか、きちんと知ろうとするのは営業の基本だと思うんですけど、こと海外のお客様となると、とたんにナイーブ(うぶ)に、もしくは無神経になる方が多いみたいです。
そう考えるとやっぱり簡繁併記しておいた方がいいのかしら。この件についても私は、これまでにかなり多くの留学生に意見を聞いてきたのですが、そのつど「別に…」というつれない反応。まあみなさん日本で長く暮らしているから、漢字表記に関しては日本語の漢字も混ざってハイブリッド(?)な状況にあるので、気にもしてないという感じでしょうか。
同じ中国語の内容なのに簡繁併記ってのはデザインとしてもあまりカッコよくないと思いますけど、全国の鉄道事業者や電話会社などが共同で展開している「やめましょう、歩きスマホ。」キャンペーンのポスターは、簡繁併記に新たな切り口を見せてくれて、ネットでも話題になっていました。
https://www.kotsu.metro.tokyo.jp/pickup_information/news/subway/2020/sub_p_202009239323_h.html
ここでは簡体字で“不要在走路时使用手机。”、繁体字で“專心走好路,別當低頭族。”と異なる表現で併記されています。繁体字版の、字数を揃え韻を踏んだコピーはことに秀逸。こんな感じで、同じ内容を示しつつも互いに翻訳表現を競い合うようなのだったら簡繁併記もいいかなと思います。もっとも、駅などのサインシステムではそんな「遊び心」を忍ばせる余地などないわけですが。