イギリスでは保守党の党首選が行われ、当選した元外相のボリス・ジョンソン氏が首相に就任しました。海外の政治家など著名人の去就があった際、そのお名前を中国語でどう言うのかしら……というのが気になって、私はすぐに調べるのですが、ジョンソン氏は“約翰遜”もしくは“強生”と表記されているようです。前者は主に中国のメディアで、後者は主に台湾のメディアでです。
こうやって中台のメディアで表記が分かれるというのはよくあって、例えば米大統領のドナルド・トランプ氏も中国では“特朗普”、台湾では“川普”とされるのが普通です。中国での“約翰遜”や“特朗普”は、カタカナで無理矢理記せば「ユェハンシィン」とか「ターランプ」などとなって、英語の原音とはかなり違った感じがします。もちろん日本語の「ジョンソン」や「トランプ」みたいな母音をベタベタに押した音だって原音からかなり隔たっていますけど。
そこへ行くと台湾などで使われている“強生”や“川普”は、これも無理矢理記せば「チァンション」「チュァンプ」という感じで、カタカナだと五十歩百歩な感じがしますが、“Johnー”の部分を“強”、“Trumー”の部分を“川”の発音で充てるのは、英語の原音にわりあい近いんじゃないかと個人的には思います。ただ中国側のメディアが物量的に多いのと、いつも申し上げているように歴史的な経緯から(?)北京一辺倒が強い日本の中国語業界の特徴とで、日本の中国語業界ではどちらかというと“約翰遜”や“特朗普”のほうが知られているようです。
https://www.afpbb.com/articles/-/3236652
“約翰遜”の“約翰”はほかにも「ジョン」とか「ヨハン」とか「ヨハネ(キリストの十二使徒の)」といった名前にも使われ、いわば定番のパターンです。じゃあ中国では“約翰”一辺倒かというとそうでもないようで、例えば医療・衛生用品などで有名な「ジョンソン&ジョンソン」という会社がありますけど、あれは確か中国でも“強生”で、逆に台湾では“嬌生”だったように思います。あと「ジョンソン」だと“詹森”という表記もありますね。ケネディ大統領の暗殺後にジョンソン副大統領が後を継ぎましたけど、あの方は“詹森”(台湾での表記。中国は“約翰遜”)。
トランプ氏を“特朗普”と表記することについては、中国語母語話者の中でも議論があるようで、ざっと検索しただけでも多くのページが見つかりました。こちらの方は、自分が最初に“川普”を使ったのだとし、“特朗普”は発音的にもどーなの? と噛みついていますけど、「もっと前からあったよ」的なコメントもついていてよく分かりません。
一方、台湾の「聯合影音網」やアメリカの華人系メディア「大紀元」などでは、中華人民共和国では外国人名の表記に統一性を持たせるため、1950年代に新華社を中心として訳語の一覧を作り、それに従って使用しているという背景を紹介しています。この人名辞典は私も見たことがありますし、今でも中国メディアの人名表記は新華社が決定しているという話も聞いたことがあります。時の国務院総理・周恩来氏の肝入りで作られた「規範」であるだけに、その縛りからは逃れるのは難しいということなんでしょうか。
video.udn.com
www.epochtimes.com
ところで、広東語版ウィキペディアによると、広東語ではドナルド・トランプを“當勞侵”と表記するそうで、ミドルネームの「ジョン(Donald John Trump)」は“莊”としているよし。へええ。私は広東語の発音が分からないのでなんとも言えませんが、ネットであれこれ検索してみると「かなり英語の発音に近い」のだそうです。それにしても「侵略」の「侵」ってのはなかなかインパクトがありますね。広東語では他にも“杜林普”という表記や、“侵侵”というネット用語的な表記もありました。
“侵侵”ってのには何か特別な含意があるのかなと思って(例えば広東語の発音だと滑稽に聞こえるとか)香港の留学生に聞いてみたんですけど、単にカワイイ語感になるだけ(華人は子供の頃の名前:幼名によくこうした繰り返し系を使いますね)だと言っていました。ちなみにこの香港の留学生は“當勞侵”なんて知らないと言っていました。う〜ん、何だかよく分かりません。広東語にお詳しい方、ぜひご教示ください。
「ドナルド」の“當勞”は、例えばマクドナルド(McDonald)が“麥當勞”なので、なるほど「ドナルド=當勞」かと思いますけど、一方でドナルドダックは“唐老鴨”と「ドナルド=唐」だし、台湾でドナルド・トランプは一般に“唐納川普”で「ドナルド=唐納」だし、中国では“唐納德特朗普”で「ドナルド=唐納德」だし……結局何だかぐちゃぐちゃなのでした。外国人の私たちとしては、まあ、ひとつひとつ覚えていくしかないですね。