自動運転車、ディープフェイク、無人兵器、自然言語処理、仮想現実(VR)に拡張現実(AR)に複合現実(MR)……AI(人工知能)技術の深化で未来に実現すると見られる様々なテクノロジーを解説した本です。量子コンピュータやAIによってもたらされる失業、さらにはベーシックインカムや貨幣のあり方といった経済の問題まで、取り扱っている領域は多岐にわたります。
しかもこの本がおもしろいのは、それらのテーマに関して、まず陳楸帆氏によるSF小説が置かれ、その後に李開復氏がそこで扱われているテクノロジーや概念などを解説するという作りになっていることです。陳楸帆氏は『折りたたみ北京』などの作品で有名なSF作家、李開復氏は元Google中国の社長で、中国のIT黎明期から最も存在感のある人工知能学者としてこれまた著名な人物です。
このおふたりが組んでAIの未来像を描き出してみせるというのですから、とても期待して読み始めました。そして結果としては確かにとても興味深く、一気に読み終えてしまったのですが、なんとも後味の悪い、いや後味が悪いのとはちょっと違いますね、一種の寂寥感のようなものを味わったのでした。AIが世界の有り様を変えてしまった未来というのは、なんとせわしなく、かつ温もりを欠いた世界なのだろうかと。
自分が社会に出てから今日までの数十年間で、情報技術の世界では少なくとも二つのブレイクスルーがありました。インターネットの登場と、スマートフォンの普及です。ですから、これからおよそ20年後の2041年までの間に、いまはまだ想像もできないようなブレイクスルーが起こって、またもや世の中が一変するかもしれません。当然この本で描かれ、予想されていることも起こりうると考えるべきなのでしょうけれど、どうにも「食が進まない」感じなのです。こんな世界に暮らすのは、正直に言ってイヤだなと。
もちろん解説を担当している李開復氏も、ここに描かれた未来が本当に実現するかどうかはわからないし、とくに負の側面については今から心構えをもって具体的な対策を講じていく必要があると何度も強調しています。だからこそいまこれを世に問うたわけです。そして私は、人類が一時的にAIが世界にもたらす波に翻弄される局面はあっても、きっとそこからより良き方向へ修正していけるだろうと楽観もしています。それでも……。
こういう話に「ついていけない」という感覚を持ち始めたら、それこそ老化の始まりかもしれません。その意味ではこの本に教わったことをもとに、それぞれのトピックについての本をさらに読もうと思いました。ただ、実際の問題として、私はあと20年、つまりこの本で描かれた2041年まで生きているかどうかも怪しいんですよね。そう考えると、こんなにせわしない世界に振り回されずに、自分のやりたいことをやりたいようにやりたいなあと願うのでした。