うえやまとち氏の『大字・字・ばさら駐在所』というマンガがあります。確か『クッキングパパ』の連載開始と相前後して描かれていた作品で、単行本が第4巻まで出ています。うえやまとち氏が一時住んでおられた福岡県の農村を舞台にしていて、博多の警察署勤務だった主人公が突然山村の駐在所勤務を命じられて慣れない田舎暮らしをはじめる……という物語。
もう30年、いや40年近く前に発表されたこの作品を、私は愛読していました。というのも、当時自分も東京から熊本の水俣に引っ越して農業のまねごとのようなことをしており、この物語に描かれている世界にとても親近感を持っていたからです。単行本はとっくに手放してしまっていましたが、先日ふとこの作品のことを思い出して、Amazonで検索してみたらいまでも電子書籍版で読むことができることを知り、久しぶりに懐かしく読み返しました。
現代の視点で読み返してみると、時代の変化を如実に感じます。当時の登場人物たち、特に男たちはその多くがところ構わず(警察署内で勤務中の警察官まで)常にタバコを吹かしています。また女性に対するアプローチもたぶん現代では「ちょっとコレはどうなの」と問題になるであろう表現がふんだんに見られます*1。それを踏まえてか電子書籍版の奥付には「収録されている内容は、作品の執筆年代・執筆された状況を考慮し、コミックス発売当時のまま掲載しています」との但し書きがあるほどです。
そうやって時代の違いを踏まえつつも、この作品に流れるある種の温かみに改めて心動かされている自分を数十年ぶりに発見して、かつてこういう世界への憧れと共感が自分のなかにも確かにあったんだよなと、しばし追憶にひたりました。都会で生まれ育ち、都会とはまったく異なる田舎の地域社会に溶け込もうと努力し、結果それが失敗してまたまた都会に舞い戻ってきた自分ではあっても。
私もちょうどこの主人公と同じくらいの年齢の時に、それまでの暮らし方とはまったく異なる地域社会に入って、そこに溶け込もうと努力していました。けれどマンガの世界と違って、現実にはあまりにも閉鎖的な田舎の環境に耐えきれず、私はそこから逃げ出してしまったわけですが、当時同じように都会から移り住んで、いまでもかの地に根を下ろして暮らしを営んでいる人たちはたくさんいます*2。
長い間私は、自分が田舎暮らしに溶け込めなかった理由を外部環境に求めていたのですが、それは逆で、自分の方にその資質が欠けていたのだといまにして思います。若かったということもあるし、人としての練度みたいなものが決定的に足りなかったのだと。何十年かぶりにこの作品を読み返して、いっそうその思いを強くしました。