インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

推しに萌えて尊いと思う

日本の文化は、わび・さび・萌え。落語家・柳家喬太郎氏のネタです。ところが最近はこの「萌え」がすでにして古い言葉になり、いまは「推し」であるよし。なるほど、確かに「萌え」をあまり聞かなくなった一方で「推し」はよく聞きますし、目にしますね。私の周辺にいる外国人留学生もよく「推し」の話題で盛り上がっています。でも私自身は「萌え」も「推し」も普段あまり使いません。能の「頼政」萌えとか、フィンランドの「アルヴァ・アアルト」推しとか、何だか言葉の座りが悪い。

そう思ってネットで検索してみたら、「働く女性のWebメディア」Oggi.jp に簡潔な説明がありました。

「推し」とは“一推しのメンバー”の略語“推しメン”をさらに短縮させた言葉です。以前から使われていましたが、AKB48が一世を風靡した際に、一般にも広く知られるようになりました。最近ではアイドルだけではなく、アニメキャラクターやゲームのキャラクター、球団などのチーム、そして食べ物に対しても使われるようになりました。現在では、そのジャンルの中で「特に好きな」ものを指す言葉として使われています。

oggi.jp

なるほど、最初は「アイドルグループの中でイチオシのメンバー」という核があって、それが徐々に「特に好きなもの」という派生義を生んでいったと。そういえば「萌え」も同じような経過をたどりました。そして私はといえばそういうアイドル文化にまったく食指が動かないタイプの人間でありまして、だからそんな自分が無理に使っても言葉の座りが悪く感じるのですね。

自分では使わない「推し」ですが、「推し」が内包している、なんと言いますかこの「きゅ〜ん」とする感じ、言いかえれば「尊い」という感じですか、それは分かります。ですから先日たまたまネットで見つけたマンガ『目の毒すぎる職場のふたり』を読んで爆笑いたしました。

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目の毒すぎる職場のふたり 1 (クリエコミックス)

地方(北海道らしい)の会社で経理事務をしている主人公の等々力乙は、同じ事務所の年下社員・小川大知と、同年代の本郷係長の二人に等しく萌えており、もとい、二人を等しく推しており、日々二人のBL的関係を妄想しては「仕事に身が入る」毎日。推しが身近に二人もいたら「仕事が手につかない」のではと思いきや、おなじ「趣味」の後輩・山脇しずくと情報を共有しつつ、結構真面目に仕事をこなしている様子です。

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その推しに萌える等々力の、表面上は冷静なところ(とはいえ感情ダダ漏れで山脇に気づかれてしまうわけですが)と内面のギャップが面白く、それをときおり作者が「ちびまる子ちゃん」のナレーターよろしくいちいちツッコミ気味に解説してくるところがまた笑えます。こんな職場で働けたら楽しそう。

私事で恐縮ですが、先日ジムのパーソナルトレーニングで、休憩中にトレーナーさんと「筋トレがいかに地道で泥臭い作業であるか」という話になりました。語学の「一週間でペラペラに」同様「一週間でマッチョに」がありえない世界。そのトレーニングの日々の末に手に入れた健康なり筋肉なりが「尊い……」と私が言ったら、トレーナーさんはちょっと引いてました。

でも「推し」に「萌え」て「尊い」と思う感覚って、そういうことじゃありません? 簡単に手に入らないから尊いんでしょ(ぜんぜん違う?)。……とまれ、このマンガ、いまのところ第1巻しか出ていないようですが、キャラ立ちが優れているのでぜひ続編を希望いたします。