インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

あらためて教養とは

しつこく教養つながりで、村上陽一郎氏の『あらためて教養とは』を読みました。のっけから「日本人がディーセンシーを失った中には、やはり戦後のいわば民主化あるいは民主教育というものの持っていた、ある一面が関わってるはずです」と、これは大江健三郎氏を批判する文脈の中で、戦後教育批判が行われています。あ、ディーセンシーというのは「慎み」とか「分を弁える」といったような意味だそうです。

要するにみんな平等で、個々人がやりたいことをやるべきという戦後の「欲望に忠実な」教育のありように疑問符をつけるということで、村上氏はこれを「規矩(きく)」という言葉で表現します。

このような「分を守る」という考え方は、戦後教育の中で全く無意味なこととして、否定され続けてきました。「分」とはある意味では自分に課した「規矩」のことです。こうしたいけれども、それは自分の規矩に反するからやらないと考えて、自分を律すること、あるいは自制すること。「分に過ぎた」ことはしない、というのが「規矩」であり、それに従っていることが「ディーセント」でしょう。(18ページ)

私自身「分を守る(あるいは分を弁える)」とか「自律」といった言葉はけっこう好きで、このブログでもちょくちょく使っているような気がします。また「規矩」についても中国語に“規矩(guījǔ)”という言葉があってけっこうおなじみ、かつ好きな言葉でもあるので、村上氏の主張につい頷きたくなるのですが、「戦後教育の中で全く無意味なこととして、否定され続けてきました」ってのはどうかなあ。よくある保守派のじいさんたちの主張ですけど、その戦後教育にどっぷり浸ってきた当の私からすると「それは言いすぎじゃないかな」と思います。

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あらためて教養とは (新潮文庫)

頭にかすかに疑問符が浮かびつつ、とりあえずどういう立場の人かは知らないままにして読み進めると、ヨーロッパがイスラムを通じてギリシャの学問を知り「学問」が誕生していったという話や、言葉をその語源にさかのぼって本来の意味を解説するところ、また母語教育としての「国語教育」や母語と外語の繋がりについての話など、とても面白い記述がたくさん出てきます。とにかく脱線(しかし面白い)が多く、氏の博学・博識がにじみ出る感じ。

しかし村上氏は、教養は必ずしも知識ではないと述べます。そのベースには「規矩」が不可欠であるとして、ドイツ語の「ビルドゥング(Bildung)」をひきつつこう語るのです(ちなみにこの「ビルドゥング」やそこから派生した「ビルドゥングスロマン」についてはこれもまで読んできた「教養本」の著者すべてが触れていました)。

自分というものを固定化するのではなく、むしろいつも「開かれて」いて、それを「自分」であるとみなす作業、そういう意味での造り上げる行為は実は永遠に、死ぬまで続くわけです。もしかすると死んでからも続くかもしれない。その中で、一生をかけて自分を造り上げていくということにいそしんでいる、邁進している。それを日常、実現しようと努力している人を、われわれは教養のある人というのではないか、そう私は思っています。(187頁)

「死んでからも続くかも」という部分はちょっとよくわかりませんが、これは『教養の力』で斎藤兆史氏がおっしゃっていた人格と深く結びついた教養のありようーー「善」あるいは「つねに『善くなろうとする祈り』」ーーとか、『これが「教養」だ』で清水真木氏がおっしゃっていた「意見の分かれる問をあえて問い、可能な限り合理的な答をその都度丹念に探し出す能力」、あるいは戸田山和久氏が『教養の書』でおっしゃっていた「自分をより大きな価値の尺度に照らして相対化できること」というのと基本的に同じことを言っていますよね。

村上氏のこの本では、巻末にご自身の「規矩」が「教養のためにしてはならない百箇条」として載せられています。それらは「流行語を使わない」とか「略語を使わない」とか寿司屋で「ゲソ」だの「ギョク」だのというような「よその業界用語を使わない」とか「どんなに空いていても、電車の七人掛けのシートに、六人掛け以下のような座り方をしない」といった細々とした私的ルールで、そうしたことを書くこと自体が「まことに教養なき業」としながら、最後にこうまとめています。

まだまだ挙げたいことは沢山ありますが、挙げれば挙げるほど、自分が「教養」というものに逆らっていることになる、という思いが増します。結局、自分の規矩は決して崩さず、しかしそれで他人をあげつらうことも、裁くこともなく、声高な主張から一切離れ、何かを書き、言うこと自体が、すでに「恥」である、という自覚を持ち、ただ静かに穏やかに自分を生きること、世間を蔑んで孤高を誇るのではなく、世間に埋もれながら自分を高く持すること、それを可能にしてくれるのが「教養」ではないか、と私は考えているからです。(299ページ)

うーん、マウンティングやマンスプレイニングや匿名での罵詈雑言にあふれたSNSにうんざりしている私としては、つい諸手を挙げて賛成してしまいそうになりますが、失礼ながらちょっと煮詰まりすぎてしまっているような気もします。ひとりひとりの「規矩」は大切ですけど(孔子も「七十にして心の欲する所に従えども矩を踰えず」って言ってますよね)、人間はもうちょっと弱く・だらしなく・それなりに依存したりされたりしながら、あるいは迷惑をかけたりかけられたりしながら社会の中で生きているんじゃないでしょうか。

この本の終章にはご自身の読書遍歴が紹介されていて、さまざまな「推し」の作家の一人として池波正太郎氏が挙げられています。そこに「この著作に限っていくつか違和感があります。知性とダンディズムが緩んで(一例を挙げれば、原子力発電に関して奇妙な話を信じて悲観している箇所)しまっているところや……」という記述があって、おやっと思いました。それで調べてみたら、村上氏は「科学史家・科学哲学者」で(Wikipedia)、原子力安全・保安部会の部会長を長く勤めた方だったんですね。福島第一原発事故の直後にも、こうした発言をされています。
toyokeizai.net
調べてみたところ、村上氏は2002年から約八年ほど原子力安全・保安部会の部会長を勤めておられます。福島第一原発事故の直前までなんですね。それなのに、事故に際してのこの「どこか他人事感」は大いに疑問です。こうなると氏のおっしゃる「自分の規矩は決して崩さず、しかしそれで他人をあげつらうことも、裁くこともなく、声高な主張から一切離れ……」という教養の定義が結局は「逃げ」の姿勢にしか映らなくなります。なんとも後味の悪い読後感となってしまいました。