インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

ペリリュー

都内の書店に立ち寄った際、偶然見つけた武田一義氏のマンガ『ペリリュー』を読みました。第5巻まで出版されており、現在も雑誌での連載が進行中の作品です。既に二年前から連載が始まり「日本漫画家協会賞」も受賞して話題になっていたというこの作品、今になってようやく知った不明を恥じているところです。


ペリリュー ─楽園のゲルニカ─ 1

タイトルからも分かるように、これは太平洋戦争末期の1944年にペリリュー島(現・パラオ共和国)であった日米両軍による戦闘と、そののち終戦後までも続けられた日本軍の残存兵によるゲリラ戦を描いています。このいきさつについては、以前NHKスペシャルで放映された『狂気の戦場 ペリリュー〜“忘れられた島”の記録〜』などでもその悲惨な戦闘の実態が伝えられていますし、また2015年に天皇と皇后がパラオ共和国を訪問された際、この島に立ち寄って慰霊を行ったこともよく知られています。

この作品はペリリュー島で起こった出来事を時系列に沿いながらつぶさに描いていきます。その悲惨さと非人間性はとてもではありませんが私の貧弱な語彙では表現しきれません。

でも、その悲惨で非人間的な現実の中で、登場人物たちがそれぞれの生を語るその語り口は、現代の私たちにも十分に理解できる問いであり悩みであり感慨であって、決して遠い昔の出来事のようには思えません。つまり、自分が同じ状況に身を置いたら、おそらく同じように苦しみ、怖れ、絶望し、あるいは生きたいという思いを振り絞っただろうなとリアリティを持って読めるのです。

作者の武田一義氏はこの作品を描くにあたって、「太平洋戦争研究会」や「近現代フォトライブラリー」、さらには戦後も続いたゲリラ戦でわずかに生き残り帰還した34名の方々で作られた「三十四会」をはじめとする元日本兵の方々、パラオ共和国の人々にも取材されているそうです。

武田氏のマンガにおける登場人物の造形は、一見こうした主題の作品には不釣り合いなほどの「キュート」なものですし、語り口もいたって現代風です。ですが、それがかえって戦場に身を置いていたのは特別な人々ではなく、自分と同じような人間なのであり(当たり前ですが)、しかも当時まだ20歳前後の若者たちが大半であった(そしてそのほとんどが命を落とした)という現実をもイメージさせ、不思議なリアリティを醸し出しています。

先般、台湾の離島のそのまた離島まで旅をした際、どの島にも先の戦争にまつわる日本軍の施設跡や日本統治時代の痕跡が見られ、そのつど「かつて、こんな遠い南の島のそのまた先まで出張ってきていた日本人」について考えが及び、粛然とした気持ちになりました。でも台湾どころではない、そのまたさらに南のフィリピンやパラオ諸島にまでも出張って、こうした歴史を作ってきてしまったわけです。かつての日本という国は。

この国の歴史を私たちはきちんと記憶にとどめ、今とこれからを考えるよすがにしていかなければならないと思います。