インタプリタかなくぎ流

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電子書籍が「どうしてもダメ」な理由

私は電子書籍が苦手です。とはいえ、これまでにおよそ150冊くらいは購入してきました。これだけ普及しているのに電子書籍に手を出さないのも何だか固陋で頑迷な爺さんまで一直線のような気がしますし、使ってみれば新しい発見があり、自分も変わるかもしれないと思って。でもそれだけ読んでみた上での結論は「やっぱりどうしてもダメ」でした。

電子書籍は、何冊持っていても場所を取らないし、いろいろな端末で読めるから持ち歩く必要もないし、持ち歩くとしても軽量で疲れないし、その場で検索したり調べたりすることもできるし、いまさら私が言うことでもありませんが、とにかくいいことばかりのはずなのです。なのにどうしてこんなに「ダメ」なのか。

まず、電子書籍は読んでいるときの「手応え」がとても希薄なのです。最初は単に慣れの問題かとも思っていたのですが、電子書籍を読み始めてもう七〜八年は経とうというのにまだ慣れません。ずいぶん以前に内田樹氏が『街場の文体論』という本で、人は本の厚みを感じながら読書をしているというようなことを書かれていて、とても共感したことを思い出しました。たしかに私も、紙の本を読みながらときどき本の小口を見て「あと1/3くらいかな」などと確認したりしています。

内田氏は、読書というのは「いま読みつつある私」と「もう読み終えてしまった私」の共同作業だと言っています。読了するときの、何かがかちっと音を立てて合わさる時みたいな爽快感や達成感を念頭に置いて読み進むから「わくわくどきどき」するのだと。

電子書籍で困るのは、「もう読み終えた私」の居場所がないということです。どこで待っていていいのか、わからない。だって残り頁数がわからないんですから。極端に言えば、自分が二頁で終わるショートストーリーを読んでいるか、二〇〇〇頁ある『戦争と平和』みたいな長いものを読んでいるのか分からない。もちろん、デジタル表示で「残り何頁です」ということは見れば分かります。でも、頁数をチェックしながら、あと残り何頁だからそろそろ読み方を変えないといけないなとか、そういう面倒なことは僕たちはできないんです。実際には、手に持った本の頁をめくりながら、手触りや重み、掌の上の本のバランスの変化、そういう主題的には意識されないシグナルに反応しながら、無意識的に自分の読み方を微調整しているんですから。その作業は微細すぎて、読んでいる本人の自分が何をしているのか、気がつかない。(58ページ)

qianchong.hatenablog.com

それから、私は本を読み終わったあと、内容をもとに文章を書くことがありますが、そのときにも電子書籍は意外に不便だなと感じています。ただこれはパソコンなどの環境にもよると思います。私は本をそばに置いてノートパソコンで文章を書きますが、ただでさえ狭いノートパソコンの画面に電子書籍のアプリとWordなどの文書作成ソフトを開いておくのが面倒で。Kindle専用のデバイスも持っていたのですが、あまりに使い勝手が悪い(反応が遅い)ので手放しました(現在では改善されているかもしれません)。

また電子書籍は付箋を貼った位置にすぐ飛べるので便利ですが、なぜかちっとも心に引っかかってこないのです。自分で付箋を貼ったはずなのに「なぜここに貼ったのだろう」と思うことも多くて。いや、貼ったのはこの文章のこのフレーズや言葉だ、というのは分かるんです。でもその脈絡というかそこに「!」ときた時の心情が再現されない。

自分でもなぜなのかはよくわかりませんが、これも電子書籍の「自分が一冊の本のどの辺りにいるのかが分かりにくい」という特性に関係しているような気がします。付箋を貼った時、私の場合は本の見開きの右側だったか左側だったか、またページのどの辺りだったかという位置情報が記憶に絡んでいるような気がします。でも電子書籍は文字の大きさなどを変えると、情報の位置がフレキシブルに変化しますよね。

さらに紙の辞書と同じで、ぱっと全体を見通せない(一覧性が低い)ことも読書の記憶を追体験するときに不便だなと思います。例えば大きな版の書籍の場合(私は料理本などもよく買います)、Kindle端末やiPadやノートパソコンで全体を一覧するの、やりにくいですよね。できなくはないけれど、全体を表示すれば文字が小さすぎて読めないし、読むためにはズームする必要がある。それらの操作全体がストレスになります。

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https://www.irasutoya.com/2017/11/blog-post_482.html

もうひとつ、電子書籍で不便なのは家族と本を共有したいときです。妻はマンガというものをほとんど読まない人なのですが、年末にテレビドラマ『きのう何食べた?』にハマり、私が全巻持っているコミックスを勧めたら興味を示しました。ところが私はマンガはまず紙の本で読んだあと、どうしても手元においておきたいものは電子書籍版で書い直しています。もったいないけど、マンガというものは書棚のスペースを異様に占めるものなので。

きのう何食べた?』も最新の数巻を除きすべて電子書籍を再購入して持っているのですが、電子書籍は簡単に人に貸せないんですよね。私の端末を貸せばいいんですけど、そうするとこちらは読書や作業ができません。同じアカウントで違う端末から見ることはできるのですが、それだと他の人が私のライブラリをすべて見ることができてしまいます。

ebook-trend.com

いや、別に他人に見られて困るような本を買ってはいないですけど、ライブラリを全部オープンにしちゃうのはちょっと抵抗あるんですよね。というわけで電子書籍は本を気軽に他人へ貸すこともできないので、これも不便だなと思うんです(いまのところ。そのうち任意の一冊を選んで共同で閲覧できるとかの機能ができるかな。もうできているかな?)。

というわけで、時代遅れだとか古い人間だとか言われても一向にかまわないので、私はこれからも紙の本を手放さないと思います。マンガと料理本はこれからも電子書籍を使うかもしれませんけど。料理本を見ながら料理するときは、電子書籍が楽なんです。将来「ぺらっ」とした薄い端末ができて、マグネットかなんかで冷蔵庫にぺたっと貼れるようになったら最高です。

あ、『きのう何食べた?』は結局、もう一度紙の本を全巻買い直して妻にプレゼントしました。私は都合三回これらの本を買ったことになります。