インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

能楽を外語で発信することについて

一昨日は休日だったので、東京は千駄ヶ谷国立能楽堂お能を観に行きました。能楽堂へ向かう途中、交差点で何やら困ったご様子で佇む海外からの観光客とおぼしきご婦人が。「あ、これはたぶん……」と思って声をかけたら、予想通り能楽堂へ行く道が分からないとのことでした。ブラジルから初めて日本に来られたそうです。お国では劇場関係の仕事をしているので、日本の能楽堂や能の公演にも興味を持っておられるよし。

チケットは購入済みとのことでしたので、能楽堂の入口までお連れして別れたのですが、ちょっと気になってチケットの「もぎり」の場所で待っていたら、これも案の定受付のところで困っておられるご様子。聞けば、なんと別の日のチケットを取っていたとのことでした。けっこう「うっかりさん」ですね。それで受付の方に相談したら、当日券があるとのことで譲っていただきました。

席は私のすぐそばだったので、休憩時間中にいろいろお話したのですが、能の内容を英語で説明するのに骨が折れました。だって私の英語は中学校1〜2年生くらいの習熟度ですから。それでも私たちが座っていたのが脇正面の橋掛かりのそばで、その日の演目はちょうど脇正面から橋掛かりのあたりで激しいバトルが繰り広げられる内容だったので、そのブラジルのご婦人はいたく感激してらしたようでした。

能に関して、ポルトガル語は無理でもせめて英語のパンフレットがないかしらと館内を探してみましたが、見つけられませんでした。以前の国立能楽堂には英語のパンフや解説がよく置かれていたものですが、昨今は見当たらないんですよね。文化予算削減の折から、そういうところにかけるお金が減っているのかもしれません。まあスマホで検索すれば、それなりの情報は得られるんでしょうけど。

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https://www.irasutoya.com/2018/10/blog-post_83.html

その日の公演パンフに、「スポンサーやサポーターを募集いたします」というチラシが折り込まれていました。その中の文章に、こんなくだりがありました。

近年、能をたしなむ方々の高齢化や、趣味の多様化などのため、謡や能を学ぶ方々や観客が大幅に減少してきています。しかも国指定の重要無形文化財でありながら、国からの補助や助成はほとんどなく、各流派とも自助努力で次世代への継承に力を尽くしているのが現状です。

歌舞伎などはその興行方式が比較的充実していて、ファン層も幅広いと思いますが、それ以外の伝統芸能はいずれも厳しい状況にあるようです。もちろんそれぞれの担い手のみなさんが、様々な趣向をこらして観客層の掘り起こしをされています。ただ能楽は、鑑賞するだけではなく自らもお稽古ごととして演じる素人層の存在がけっこう大切で、単に興行的に成功すればそれで良しとはいえない部分があります。

実際、明治期に能楽師武家の扶持を失い、能楽が存亡の危機に立たされた際、それを救ったのは謡や仕舞などを稽古していた分厚いファン層の存在だったといわれています。現在ではそういう「分厚いファン層」はなくなりつつありますよね。昔は結婚式や上棟式などで謡を披露するおじさんなんかがいたものですが、最近の結婚式では「高砂や〜」などと謡っている方をとんとお見かけしなくなりました。

じゃあどうするのか。先日某所でうかがったのは「芸術に理解のある富裕層にどん! とバックアップしてもらう道を模索するほうが実効性があるのではないか」というご意見でした。確かに、これぞと惚れ込んだアーティストの作品をお金に糸目をつけず購入する富裕層はいますよね。もちろんそれは投資や投機という目的もあるのでしょうけど、そして能楽が投資や投機の対象になるのか、そもそもなっていいのかという問題もあるでしょうけど、能楽の魅力を分かってくれる富裕層にどん! とお金を出してもらうほうが「手っ取り早い」というお気持ちはよくわかります。まあもともと能楽は、そういうパトロンがいて成り立つ(ある意味で贅沢な)芸能でもあったわけですし。

例えば経済成長著しい中国にはとてつもない富裕層が日本とは桁違いにいそうです。そして能楽はもともと中国の古典と縁の深い芸能で、中国の知識階級ならとても興味をそそられそうなコンテンツが満載なのです。でもその事実ーー日本の伝統芸能である能楽が古代中国の文化と深くつながっているというーーをご存知の中国人はほとんどいません。そして能楽と中国の古典との関係を知って大いに驚く方も多いのです。そこに働きかけていくという「戦略」はあながち的を外してはいないんじゃないかなと思いました。

そのためにも、きちんとした外語での発信ができるようにしておかなければならないですね。