語学講師や通訳者といった「人前で話す職業」に長年就いているというのに、いまだに人前で話すのが苦手です。そう言うと周囲の方からは「またまた〜」と突っ込まれるのですが、いや、これは謙遜とかそういうものではなくて、本当に苦手ですし、授業や会議などの「本番前」はいつも緊張します。
それでも長年やってきたことですから、いったん始まってしまえば落ち着きますし、決められた時間内でなんとかまとめる「勘」のようなものも備わって来たようには思います。でも、たまに自分が話しているところを撮影して見返してみると、とにかく「なっちゃいない」。滑舌は悪いし、冗語(「えー」とか「あの」などの不必要な言葉)は多いし、視線が泳いでいるし、頭を掻いたりしているし、そも話自体がロジカルでもないし……人前で話すのは本当に難しいなといつも思うのです。
私はYouTubeなど動画サイトが大好きで、語学の教材探しも兼ねてよく視聴するのですが、いわゆる「ユーチューバー」と呼ばれる方々の中には、ほれぼれとするような話し方をされている方がいます。日本語母語話者にはあまりお見かけしないのですが、中国語母語話者には上手な方が多いなと思います。もっともこれは、日本語が自分の母語だから日本語母語話者への評価が辛くなっているのかもしれませんし、そもそも私は中国語の動画を渉猟していることが多いのでサンプル数が少なすぎるからかもしれません。
ただ、中国語圏の“公眾人物(有名人・著名人)”には、人前でよどみなく堂々と話す方がけっこう多く、ああ、私もあんなふうに中国語が話せたらいいなといつも思っています。私は台湾の芸能人の発言を字幕にしたり通訳したりといったお仕事が多かったのですが、たとえそれが若いアイドルさんであっても、インタビューなどでの話し方が堂々としているのにいつも驚嘆していました。「若いアイドル」というカテゴライズで語っちゃうのもちょっと失礼ではありますけど。
先日は台湾の友人がこんな動画を紹介してくれました。“阿滴英文”という英語学習チャンネルの動画です。
ネットで調べてみましたら、この“阿滴”さんは都省瑞氏で、台湾生まれですが幼い頃シンガポールで暮らしていたそうです。英語と中国語でこうした動画を配信する人気のユーチューバーなのですが、ヘルシンキの街頭で話しながらインタビューしていくだけのこの映像、「だけ」とはいえ、お上手だなあと思います。比べるのもおこがましいですが、もし自分が同じことをやったとして、果たしてこんなふうに話せるだろうかと。
カメラ目線のアイコンタクトを取りながらも自然に話していますし、この動画は「自撮り棒」を使って撮っているのかな? それにしてはあまりブレたり揺れたりしていませんよね。英語も中国語も当然流暢ですけど、無駄な言葉がほとんどありません。だけど原稿を読み上げているわけでもない。この方に限らず、中国語圏の話上手な方はおしなべてこうした「立て板に水」のスタイルが多いです。立て板に水ではありますけど、聞き手を置いてけぼりにするような事務的な話し方でもありません。とてもロジカルで、かつユーモアもあって、聞いていて心地いい。どうやったらこんな話し方ができるようになるんでしょうね。
こうした動画は、よく観察してみると結構手が込んでいます。背景に小さくBGMが流れていますし、もちろん映像も編集してテンポよくつないでいます。字幕やテロップも入っていますし、街頭での撮影なのに会話がきちんと聞こえるように音声面にもこだわってる。単に撮って流すだけじゃないんですよね。YouTubeなどの動画サイトにはこうした自撮りの映像がごまんとあふれていますけど、人気のある映像は、コンテンツそのものが優れているだけではなく、それを下支えしている話し方や撮影の技術がしっかりしているのだなと気づかされます。細かいところに気を配り、動画の後ろで人には見えない努力を重ねているんですね。