インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

留学生の通訳訓練(日本語方向編)

留学生の通訳クラスで、外部から講師をお招きして講演会を開き、その内容を訳すという通訳実習を行いました。この学校の通訳クラスには英語クラス(日英・英日)と中国語クラス(日中・中日)があります。学生さんの中には母国ですでに日本語を学んでいた人も多く、その後来日して日本語学校で一年から二年ほど学び、さらにうちの学校に入ってきて二年近く学んでいます。というわけで、みなさん日本語は相当流暢になっています。

実際、授業で「1分間スピーチ」などをしてもらっても、日本語でかなり上手に自分のことを話すことができます。またその内容を別の人にそっくりそのまま再現してもらうタスク(これは通訳訓練の一環として行っています)も、相当上手。アルバイトなどで日本人との付き合いがある人も多く、日常生活において日本語で困ることはまずないといってもいいレベルだと思います。

授業では「日英・英日」と「日中・中日」の双方向を訓練しますが、講師を招いての通訳実習では、これまですべて日本語話者が話して、それを英語や中国語に訳す、つまり「日英」と「日中」ばかりをやってきました。英語や中国語の母語話者の講演者を見つけるのが少々難しいという理由からです。そうした訓練では、留学生のみなさんはけっこう上手な通訳をしていました。畢竟「母語方向への訳出(英語クラスには非母語話者も多いですが)」ですし、日本語の理解が正確であれば、訳出言語の運用にはそれほど苦労しなかったのです。

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▲訓練なので、通訳者が一番前に座っています。後ろに大勢の聴衆。訓練回数を増やすため、パナガイドを使って6チームが同時並行的に訳出を行いました。

ところが今回、いろいろなつてを頼って英語母語話者と中国語母語話者の講演者を探し、それぞれご専門の言語学関係のお話をしていただき、留学生のみなさんには「外語(日本語)方向」への通訳をしてもらいました。そうしたら、みなさんかなり「馬脚」を現してしまったのです(ごめんなさいね)。実は、それをある程度予測してこの実習を組んでみたのですが。

ふだんあれだけ自分のことを日本語で話すことにかけては能弁かつ流暢で、さらに他人のことでさえ日常生活レベルならとても上手に再現できる(授業での1分間スピーチなどは、おおむね日常の出来事に話題が限定されています)のに、今回のような専門的で高度な内容になると、訳出がかなり「ボロボロ」になってしまう。もちろん数週間前からこの実習に向けて、講演者からスライド資料を提供してもらい、背景知識などを学び、グロッサリーを作るなど、予習に時間をかけてはきたのですが。

いくつかの総括ができると思います。

まずみなさん、自分のことを話す、日常生活レベルの会話をするなど、「おしゃべり」レベルの日本語(のアウトプット)は達者です。けれどもそれより高いレベルの、高度で、複雑で、ときに抽象的な表現も頻出する専門的な内容、それも他人が述べているそれを日本語方向へ通訳することについては、まだまだ課題が多いということですね。

日本語学校で長年教えてこられた先生に聞いたところでは、日本語学校で行われる発話(音声によるアウトプット)の練習は、ほとんどが自分のことを話す、あるいは自分の国や背景のことを話すというもので、今回行ったような他人の考え、それも高度な内容を「代弁」するというのはまず行われないとのこと(まあ当然ですが)。

その意味では、通訳や翻訳の訓練を通して日本語の力を向上させていくというコンセプトの、うちのような学校もそれなりに存在意義があるのではないかと思いました。特に日本や母国や、あるいは第三国で、日本と関わりのある企業や団体で仕事をしたいと考えている留学生のみなさんにとって、日本語学校で学んだ日本語の基礎の上にさらなる日本語力を積み上げて、日本社会・日本企業とを結びつける橋渡しの役割を果たせるのではないかと。専門学校の役割はそこにあると改めて感じました。

それから、今回の実習ではみなさんおしなべて声が小さくボソボソとしていて、滑舌も悪く、発音が溶けているようでした。高度な内容の日本語方向への訳出ということで、語彙や表現に自信が持てず、自然とそうなっていったようです。が、「お客様の耳に声を届けてなんぼ」というサービス業としての通訳者のありようは、まだじゅうぶんに理解されていないなと感じました。まあパナガイドを使った通訳なので、それほど大きい声を出せないという制約もあるのですが。

もうひとつ、今回は登壇された講演者の話し方が、比較的ローテンションで平板な感じだったので(まあ、学術的な内容をことさらエンタテインメント的に話すことはできないでしょうけど)、それにつられて訳出も平板で暗い音声になってしまったようでした。あるいは雰囲気に呑まれてしまっていたというか。もちろん話者のテンションを大きく超えて、誇張したり無理に明るく話したりする必要はないのですが、少なくとも「いきいき」とした感じである程度の音量を持って話さなければ、聞いている方がつらくなります。訳出の音声に飽きて、眠くなり、疲れてしまうのです。

ともあれ、今回の実習は留学生のみなさんにとっても大きな反省材料になったと思います。来週からの授業では、こうした点をフィードバックして、さらなる日本語力の向上を促したいと思っています。それにしても、自分でこうした実習を組んでいながらこんな事を言うのもなんですが、こんなに思う存分語学の訓練ができるなんて、留学生諸君、うらやましいぞ。社会人になったら、こんなにギューギューと語学を訓練してもらえる機会を得るのは本当に難しいんですから。